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ブロンコビリーのケーキの味をまだ私は知らない

 
 空腹ではなかった。
 寿司なら2皿、もしくはスタバでスコーン1個ぐらいでちょうどいいなぁと腹の具合を確認する。

 平日のショッピングモールは閑散として人気ひとけは少ない。久々に人と会う用事があってメイクをバチバチにしてきたのに、午前中で終わってしまった。

 せっかく来たのにすぐ帰るのももったいない。どこかで軽く食事でもしていこう、とレストランフロアを訪れた。


 くら寿司……は子どもたちといつも来てる。
 丸亀製麺、マクドナルド、上に同じく。

 今日の私はショッピングモールにひとり。つまり有閑マダムタイムなのだから、有閑なランチにしたい。フラフラとレストランを見比べて、はたと足を止めた。

『ブロンコビリー』
 聞いたことがあるが、目の前に「店候補」として現れたのは初めてだった。

『聞いたことはあるけど入ったことがない気になるお店』として、私の中で絶対的な王者に君臨していたのが『シェーキーズ』と『スイーツパラダイススイパラ』で、都会生まれの友人が「シェーキーズ中学生の時散々行ったわ」などと言うと、都会のJCを想像して目がくらくらしたものである。

 話は戻って『ブロンコビリー』が目の前にある。今を逃したら一生ブロンコビリーに入ることはない気がする。なぜかそう確信していた。これまでの人生で道端に一度も咲いていなかった花を初めて見つけたような、それが図鑑の中じゃなく現実にあることを知ったような、そんな錯覚に陥る。今この花を摘まなければ、今ここに入らなければ私とブロンコビリーはこれっきり。

 迷いはなかった。

 「いらっしゃいませ。何名様ですか」
 微妙に気だるそうなお兄さんが案内してくれた。なんかカウボーイみたいな格好をしている。

 一人である旨を告げると四人用のボックス席を案内された。もしかしておひとり様があまり来ないようなお店なのかもしれないとチラリ不安が顔を出す。

 しかし私はひとり〇〇なんのその。ひとカラ、ひとり焼肉、ソロしゃぶしゃぶ、全く余裕で行けるタイプである。空気は読まない読めない

 通された席に座り、荷物をおろす。斜め前はママ会をしているようで、つい癖で顔を確認してしまったが知り合いがいなくてホッとした。

 メニューを開いてブロンコビリーのシステムをようやく理解。メインにステーキかハンバーグを注文して、サラダなどはビュッフェスタイル。カウボーイ家族やビッグボーイみたいな感じね、オッケーオッケー。

 ここで自分が空腹ではないことを思い出す。一番ボリュームが少ないもの、となるとランチセットか。しかし……せっかく初めて来たのにあまりにもそれは置きにいってやしないか。ここはやはりステーキ?いやいや、ビュッフェの内容によっては食べきれないかもしれない。ふむ、どうする。脳内で孤独のグルメをひとしきりしてから、メニューをパタンと閉じた。
 初めて来たら店一番のおすすめを選ぶが吉。ここはランチハンバーグが正解だろう。
 

 今日の私はお腹を満たしに来たのではない。ブロンコビリーと一期一会の逢瀬に来たのだよ、フォレスト・ガンプ。と謎の言い訳をしていると、『初回アプリダウンロードで……』というシールが目に入った。

 ドリンクバーがサービスになるらしい。さらに、お誕生月の人にはケーキのサービスまであると書かれている。さっそくアプリをダウンロードし、ドリンクバークーポンを手に入れてから店員さんを呼んだ。

 カウボーイのお兄さんに、ランチハンバーグとドリンクバーを注文する。
「それと、私今月誕生日なんですけど、このケーキっていうのもいただけるんですか?」
 実に図々しい。

 お兄さんはほんの少し戸惑っていた。
「えっまぁ、ハイ。出来ま、すけど。」

「じゃあケーキもお願いします♡」
 空気は読まない。


 早速ビュッフェコーナーに行くと、サラダだけではなくパスタやスープまであって品数も充実している。

 気分が上がってきたので気になるものを次々に盛り付けて席に戻った。ふんふふーん🎵 ブロンコビリーと私、一期一会の始まりである。





 ──めっちゃお腹いっぱい。

 お腹空いてなかったんだった。やべーまだハンバーグ来てないのにすでに満腹。ドリンクバーいらなかった。欲をかいた自分を恥じる。

 ハンバーグと、ライスが届いた。

 ライスの存在!
 忘れてた。ライス。無しにしてもらえばよかった。時すでに遅し。ハンバーグがじゅうじゅう湯気を立てている。空腹ならこの湯気だけでお腹が歓喜するビジュアル。

 熱いうちに、とハンバーグとご飯を交互にいただく。なんだかんだ入っていくものである、胃は伸びるし。せっかく来たし美味しいし、美味しいし。

 結局ハンバーグとご飯を食べてから、ビュッフェコーナーでデザートまでいただいてしまった。せっかく来たし。 「せっかく来たし」を大義名分にし過ぎている気もする。


 それにしてもひとりランチというのは普段気にならないことまで気になってくる。

 このおじさん名前あるのかな……きっとあるだろうな。ハッ!ビリーじゃない?ブロンコビリーのビリー!あなたビリーなのね!とか。

 斜め前の席のママたちの会話とか。
 小さい子もいてわちゃわちゃしているのがほんの数年前の自分と重なる。ママ会はそろそろ終盤なのだろうか、なんとなく終わりの雰囲気を見せ始めていた。

 🎵〜ハッピバースデートゥーユー
 唐突に聞こえてくる歌声。
 店員さんが歌を歌いながら、ケーキを手に歩いてきた。ケーキには花火が刺さっていてバチバチバチバチとあたりを明るく楽しげな雰囲気で照らしている。

 ケーキはママ会の卓へと運ばれて、ワッと歓声があがった。
「えー! びっくりしたー!」
「おめでとー!」
「嬉しい〜! ほら、お誕生日お祝いしてくれたよー! ありがとう〜! 写真撮ろ写真!」
「「イェーイ」」
「ねぇこれどうやって食べよう! 花火消えるまで待つ!?」


 楽しそう。見てるこちらがニホニホしちゃうなぁ……ってちょっと待てよ。待て待て待て。誕生日ケーキって花火&歌セットなの?

 脳裏に蘇るカウボーイのお兄さんの戸惑う顔。「出来ま、すけど」
 あの「、」の意味がやっと分かった。

 やべーーー!ひとりなのに誕生日ケーキ頼んじゃったよ! あれをひとりで??

 無い。さすがに無い。いくら私がひとり〇〇の手練れだとしても、ひとり花火バチバチバースデーソングは経験ないな。歌い終わるまでどんなメンタルしてたらいいのよ。どうしよう。もうケーキ作り始めてるかな。やばい、あのママ会のあと私か? 私の番?

 慌ててXを開いた。ここには私の友人がいる。一人じゃない。大丈夫。

【誕生日ケーキ花火バチバチしてる!どうしよう!バチバチしてる!私ひとりなのに!】ポチポチ

【ウケる🤣】

 ウケるよね。笑うしかないよね。Xの中でなんとなくひとりじゃない気分になって顔を上げればほら。

おじさん


 どうしよう。おじさん、ねぇ、おじさん。おじさん私どうしたらいい? お腹もいっぱいだし、ひとりケーキバチバチに耐えられる自信がないよおじさん。ねぇビリー、そのタバコでバースデーケーキに火をつけるの?

 帰る……? いや、もしもすでにケーキを作り始めてたら申し訳ないし、でもケーキきたとしてもどうする? 店員さんと私、ふたりきり。気だるそうなお兄さんとメイクバチバチに決めた私、一対一でバースデーソング&ケーキはもう彼氏じゃん。気だるそうなお兄さん、彼氏じゃん。もしくは同伴じゃん。ホストじゃん。違うけど。

 どうする? どうする?

 鼻の下をびよーんと伸ばして厨房を覗き見る。なんか、たぶんだけどケーキ作ってないっぽい、ような気がする。そう思い込みたい。そして「あの卓そろそろ食事が終わるころだから誕生日ケーキ用意した方がいいかな」というような店員さんのチラチラ見てくる感じが無い。


 ──ガタ。

 
 帰ろう。本当に申し訳ないんだけど、私は、帰ろうと思う。そう、確か店員さんはハンバーグを持ってきた時にこう言っていた。

「ご注文はお揃いですか?」
「はい」

 そう答えた。私はそう答えたんだ。だから、帰ろう。

 伝票を手にレジへと向かう。
「ごちそうさまでした」
 伝票をレジに出すと、女性の店員さんが明らかに私を二度見した。間違いない。二度見した。華麗な二度見だった。そしてケーキのことには何も触れず「ありがとうございました」と笑った。

人数 1
アプリバースデー 1


 あの日食べられなかったケーキの味を、私はまだ未練がましく想像している。店員さんにも申し訳ないことをした。もしもあのケーキを堂々と食べられていたら、私は勇敢マダムになれただろうに。

 ママ会では堂々と辺りを照らしていたケーキから、その花火から、私は逃げた。

 あの日見た花火の眩しさへの感情の名前を、私はまだ知らない。


 



ブロンコビリーのバースデーソングはキッズ向けのサービスだそうです

後日譚


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