初めての乗り継ぎで迷子寸前|シカゴ・オヘア空港でパニックになった話②
成田からオハイオへ行くには、
シカゴでの乗り継ぎが必要でした。
オハイオまでの直行便はなく、
しかも州の中に空港がいくつもあると聞き、
「アメリカって本当に広いんだな…」
と、その時あらためて感じたのを覚えています。
◆乗り継ぎ時間、2〜3時間の不安
飛行機のチケットは無事に手配できました。
でも、ひとつだけ気になることがありました。
それは、
シカゴでの乗り換え時間が2〜3時間しかないこと。
予定通りなら問題ない。
でも、少しでも遅れたらかなりギリギリ。
その話を従姉にすると、こう言われました。
「乗り換え時間が短いと、
預けたスーツケースが間に合わないこともあるよ」
だから今回は、
機内持ち込みの小さなスーツケース1つにした方がいいと。
「もし服が足りなければ貸すから大丈夫」
そう言ってもらい、
私は必要最低限の荷物だけで出発することにしました。
約1週間の滞在。
本当ならもっと荷物を持って行きたい。
でも、荷物が届かないリスクは避けたい。
そう考えて決めた選択でした。
ちなみに、季節が夏だったのは
今思えば本当に救いでした。
◆初めてづくしの移動
今回の旅は、初めての連続でした。
・カリフォルニア州以外のアメリカ
・国内線への乗り継ぎ
・一人での長距離移動
そんな不安を抱えながら、成田空港へ。
いつも空港行きの長距離バスに乗るのですが、
この日はなぜか車内がかなり混んでいました。
途中から、隣にサラリーマン風の男性が座ってきました。
すると、その方から話しかけてきたのです。
聞くと、これから海外出張へ向かうとのこと。
そして、名刺までくださいました。
見ると、誰もが知る有名家電メーカーの方。
その時、ふと思いました。
従姉のご主人も世界中を飛び回る仕事をしていて、
とてもフレンドリーに人に話しかけるタイプ。
もしかすると、
海外で仕事をする人は、自然とコミュニケーション力が身につくのかもしれない。
そんなことを考えながら、
私は成田空港へ向かっていました。
◆12時間のフライトの先にあったもの
成田からシカゴまでは、約12時間。
いつもの西海岸よりも長く、
「同じアメリカでもこんなに遠いんだ」と実感しました。
そして、ようやく到着。
ここからが本番です。
入国審査を終え、
国内線へ乗り換えなければいけません。
でも――
空港が広すぎる。
◆オヘア空港、想像以上の広さ
事前に
「オヘア空港は広いよ」
とは聞いていました。
さらに、映画
「ホーム・アローン」
で迷子のシーンが撮影された空港だとも聞いていたので、
なんとなくイメージはしていたつもりでした。
でも実際は、想像以上。
ターミナルは1〜5まであり、
私はターミナル5に到着。
乗り継ぎはターミナル1。
その瞬間、頭の中は混乱しました。
「どうやって移動するの?」
日本の空港なら、
案内に従えば何とかなる。
でも、ここはスケールが違いました。
◆聞きたくても、聞けない
空港内を歩き回りながら、
案内表示や地図を探しました。
でも、焦っている時ほど見つからない。
さらに、
周りに日本人らしき人がほとんどいない。
カリフォルニアでは見かけていたのに、
ここではそれも難しい。
「日本人に聞こう」と思ってもできない。
日本の航空会社カウンターも見えましたが、
そこへ行く時間すら惜しい。
そしてもう一つ。
「こんなことを聞いていいのかな」という遠慮。
そうしているうちに、
「乗り遅れるかもしれない」
という焦りがどんどん強くなっていきました。
◆自力で見つけたモノレール
それでも、動くしかありません。
歩き回る中で、ようやく見つけたのが
ターミナル間を移動するモノレール。
「これだ…!」
あの時の安堵感は、今でも忘れられません。
乗ってみると、想像以上に移動距離が長い。
それだけ空港が広いということを、
体感で理解しました。
モノレールで移動し、
なんとか国内線のチェックインへ。
その時は心の底から思いました。
「間に合った…」
◆英語ができても焦る場所
この時、思い出した話がありました。
以前、隣の奥さんが子ども2人を連れて
カナダ旅行へ行った時のこと。
その方は英語の教員免許を持っていて
英検1級・TOEIC満点の、
いわば英語のプロのような方。
それでも乗り継ぎがギリギリになり、
空港スタッフに助けを求めたそうです。
すると、空港内を移動する
電動カートに乗せられて
急いで移動したとのこと。
その話を知っていたからこそ、
私にとって一番の不安は
**「乗り継ぎ」**でした。
そして実際に体験して思いました。
英語ができるかどうかだけではない。
・広い空港
・限られた時間
・一人での判断
これが重なると、
誰でもパニックになる可能性がある場所なんだと。
◆やっと乗れた、その先に
なんとかチェックインを済ませ、
無事に次の飛行機へ。
この時点で、かなり疲れていました。
でも同時に、
「自分で何とかできた」
という小さな自信も生まれていました。
海外では、
こういう一つ一つの経験が
あとから大きな力になります。
そしてこのあと、
私を待っていたのは――
あの“小さな飛行機”でした。
▶ 次回
やっと乗れたオハイオ行きの国内線。
でもそこで待っていたのは、
まさかのプロペラ機。
そして到着後のプチパニック…。
▶ 続きはこちら👇
オハイオ行きの国内線で衝撃|初めてのプロペラ機と到着後のプチパニック③
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