母の強さが、わたしの自慢。
今日は、施設の母が一時帰宅していました。
母の妹(わたしの伯母)とその娘(わたしの従姉妹)も遊びに来てくれて、わたしの夫と愛犬2匹も交えて、とても楽しい時間を過ごせました。
去年の10月頃から、母の具合が悪くなり、12月に急性期の病院に入院、今年1月に他の病院に転院、2月末に施設に入所しました。
昨年末は母の痛みが酷くて、家の中で叫んでいて、本人も家族も本当にしんどかった。
入院して、注射が効き、寝転んだ状態なら痛みがなくなりました。
でも座ると痛みが出るので、最初の頃は2〜3分しか座っていられませんでした。
食事のときは、座って、しばらくしたら寝て休憩して、また座ってを2〜3回繰り返して食べていたそうです。
リハビリも頑張り、だんだん座っていられる時間が長くなり、今は3〜4時間座っていても平気になりました。
今は、施設で落ち着いて暮らしていて、施設のご飯も3食全部食べれているし、月に2〜3回一時帰宅できるほどになりました。
施設では、毎日、午後からデイサービスで塗り絵を楽しんでいるそうです。
母の具合が悪くなってから、SNSで介護・福祉系のアカウントさんを何人かフォローさせていただきました。
色んな事例を読ませていただくと、やはり介護というのはご本人もご家族も、大変な思いをされている方が多いようです。
わたしが特に印象的だったは、施設に行きたがらない方や、家にヘルパーを入れたがらないという方も多いということ。
そうなると、ご本人もだし、ご家族も本当に大変な思いをされるようです。
うちの母の場合は、施設を嫌がるということも、一時帰宅したときに「このまま家にいたい」などと言ってわたしたちを困らせるようなこともありません。
「我慢してるのかな?」とも思うけど、今日、本人に聞いてみたら
「そんなこと言ったって、どうにもならんもんはどうにもならん」
と、あっけらかんと笑って言いました。
「そんなこと言うてたら家族と共倒れになるわ」と。
わがままを言うでもなく、でもあきらめて自暴自棄になるというでもなく。
現実が見えているし、それを受け入れて、前向きに自分ができることを楽しんでいる。
母の強さを感じました。
母は昭和23年(1948年)生まれ。
まだ男女雇用機会均等法もない時代から、公務員として仕事をしていました。
市の保育士さん(当時は「保母さん」)として、あちこちの保育園へ転勤もある中、53歳くらいまで仕事を続けました。
(仕事を辞めたのは、当時、体調の悪かったわたしのためでした)
わたしは母を見て育ったので、自然と「自分も仕事をしたい」と思うようになっていました。
体調や色んな理由でなかなかそれが叶いませんでしたが、その思いが消えることはありませんでした。
母の母(わたしの祖母)は、長生きはしたのだけど、10年以上施設で寝たきりで過ごしてて、「早く死にたい」と、よく言ってたそうです。
色んな経験や、もともとの性格や、さまざまなものが、今の母の強さを形づくっているのだろうな。
母の施設は介護付き有料老人ホームで、お値段は高め。
でも基本的には母のお金で賄えています。
もちろん母はスーパーマンではなく普通の人間なので、できないことや欠点もたくさんあるけれど。
やっぱり母は、わたしの自慢の母だなぁ。
ま、わたしもこの半年ほど、母のことめちゃくちゃ頑張ったけどね‼️
大変だったけど、母のためやし、わたしにできることしかしてあげられないし。
(お金のことはわたしにはどうにもできない。それは母のお金と、遠くに住んでる兄を頼ってます)
夫もめちゃくちゃ助けてくれたし。
母もそれがわかってるから、わたしたちを困らせるようなことも言わず、穏やかに前向きに過ごしてくれてるんだと思う。
母が家にいないことがずっと寂しくて、1人泣いたりもしてたのだけど。
今夜は母への尊敬と、信頼感で胸がいっぱいです。
こうなったからって、悪いことばかりじゃない‼️
44年間、四苦八苦しながら試行錯誤して築いてきた、母との絆を感じられる。
母のおかげで、わたしもまた、もう少し強くなれそうです。

写真をAIがイラストに
昨年末の母の経緯はコチラ
母との四苦八苦した日々はコチラ
風早 咲希 自己紹介
