どんなラララ(週記:2025/03/22)
飛来物で電車が停まると「ギャオスか?」と盛り上がる。そんなラララ。
革靴という終わりなき悩み
靴底を張り替えて長く使える製法であり、本革で通気性に期待できて、お値段一万円という革靴があったらそりゃ嬉しいんですけど、そういうのを試したら「内側は合成皮革あるいはそれ以下の何か」であったという事件がありまして。内側がボロボロになった――よく見ず「なんかこの靴は蒸れるなあ」と感じていたがそういうことか。長く履けますよという謳い文句の「グッドイヤー・ウェルト製法」だろうが「マッケイ製法」だろうが、内側がボロボロになるのでは長く履けないし、外側が本革だろうが内側が変な素材だったら蒸れるんすよ。まあ一万円ほどの革靴は普通に考えて本革でもない可能性があり製法としても「セメント式」(接着剤で靴底を張り付けただけ)であることも多いので、「何かある」ということはいずれ知ることになるのだけど、「身をもって知りました」ということで。しかし日本企業の国内製造でもコレか……ま、一万円だもんな。
待てマテ安くね?
ホントは「グッドイヤー・ウェルト製法」がありがたいんだけど、でも「マッケイ製法」だし、数回は靴底を張り替えられる。全て本革だという。それで二万円ってお安くないですか。マジか。試してみたい。しかも、

一足が先述した理由に加えてアウトソールも擦り減ったところなので、試してみます。とはいえ、この価格だと何かが犠牲になっているんじゃないかとは思う。革の質は推して知るべしだろう。あと履き心地(クッション性など)かなあ。どうなんだろ。画像のこのワイズ感であれば 27㎝ がジャストかつベストと見切りました。おれ失敗しねえのよ。ポチります。
「五万円の靴を履いてる男をどう思う?」
バブリーな時代に、村上龍が(男の靴にその金を出せるかという意味で)そんな発言をしていたことがあった。以来、村上龍を見ると「この人五万円以上の靴は選ばないんだろうな」「金あんだから高い靴を買ったれや!」と思うようになったのだが、まあ村上龍なら実際には値札もロクに見ず(なんならデパートの外商で)買っていたのだろう。いずれにしても「長く大切に履きたい派」には革靴の五万円ってぜんぜん高くない。経験上「一万円の革靴を買うのはすぐ買い替える羽目になって金ドブだ」と感じているし、足元みられたら困る人は五万円と言わず十万でも出せばいいだろうが、それでも「東京の満員電車で通勤しなければならないサラリーマンがエドワード・グリーンを履くのはおかしい」と思う。駅トイレの床が小便でびちゃびちゃなんだけど切羽詰まってるという状況なら「漏らす」一択じゃんか。
自分の話で言えば、センスひどいと思われても困る場面が時々あるし、ギャオス来たら蹴るし、靴を傷ませながら働いている人がやっぱりカッコいいと思うし、すぐ買い替えるのヤだし、「できるだけ長く履ける前提で安く」「あまり安く見えない一品」と考えるのである。求め続けているのである。
小便器マナー向上のための啓発の試み
小便器の前に立ち、きちんと包皮も手繰り寄せ、しっかり尿道口を出しましょう。小便の行く先から目を離してはいけません。尿道口から射出され距離にしては 1.5㎝ のところで尿はねじれます。不思議ですね。トルネードがきれいでずっと眺めていられますね。しかし終わりごろに水流が弱まると、小便は弧を描かず真下に落ちるようになるので、より注意深く、最後まで観察しましょう。一歩、前へ。
いよいよ花粉症デビューかもしれない
一昨年辺りから何となくそんな気はしてたんだけどいよいよ花粉症デビューかもしれない。あれはどうなるの受粉するの。受粉しないなら意味あるの。おれに花が咲くの。咲かないならおれに花粉飛ばす意味ってなんなの?
でも「つらいよねー」と言い合えるほど症状も経験も知識もないから、きっと誰とも共感し合えなくて、「花粉症ってさ」と話を向けられても「そっすか」としか返せなくて、「やだあの人感じ悪い」ってなるから花粉症の話にしないで。それって必ず「あーわかるアイツそういうトコある前から思ってた!」って話になるでしょ? 花粉怖いわー。
でも植物が花粉を遠くまで運ぶためにする工夫の数々はホント好き。
マガジンにご登録いただきました①
たよろよろ図書館DATABASE 様の新しいマガジン 「クリエイターさんサンクス:心を込めて002」 に、記事「どんなラララ(週記:2025/03/15)」を追加していただきました。
こちらが心をこめて感謝しなきゃならないんですけどね……
記事をご紹介いただきました①
ヨシタカ様 の記事「【英語】カンマがおばあちゃんを助けた話 |“Comma saves a grandma”」中で、記事「どんなラララ(週記:2025/03/08)」ご紹介いただきました。
ヨシタカさんデザインの名刺がカッコよかったので、おれヨシタカさんに名刺作ってもらいたいと思ったんですよね。でもふと「おれ RYOJI名義で今後もずっとやって行くんだっけ?(だとして何を?)」っていうのもあるし、そもそもその名前でどれだけ名刺が必要な仕事をしてるかっていうと全然そんなカンジになってないし、じゃ戸籍名なりで名刺配る場面があるかというとないし、ヨシタカさんにお声がけだけして保留してるっていうね……うむむ。
ラブホ行きたい。
「気ィ狂ってんのか」と思われてもいいよココは。露天風呂とかあるラブホ(もちろん温泉じゃなくていい)で、のんびりしたい。非エロで全然いいんですよ。一人でいいんですよ。なかなかいいアイディアだと思う。きれいだし広いしルームサービスあるし。
休みに何したらいいか分からないからそんなことしたいと思いつきました、とパートナー氏に報告する。「分からない」と言われる。でしょうね。
そういうわけで今後この note は全国ラブホ探訪記になります。嘘。
2025年問題とは関係なく。関係なくもなく。
以前、HIV/AIDS 予防啓発事業でゲイ向けのイメージビデオを作るプロジェクトに参加したことがあって。その VHS テープが発掘された。白カビ出てるしテープが切れている。業者さんに問い合わせるとデータ化は可能で、作業代とテープ返送料金あわせて 1,500円 くらい。やっておこうかなあと思う。ゲイ向けのお店を情報拠点にしようとしてたんだよな。ヘテロで言えば、性風俗の待合室に流すような質のもの。だから教条的なやつではなくて(正しさ前面でもなくて)、ある程度センシュアルで、エモーショナルなやつ。撮影現場とか懐かしい。確かにもう一度観てみたくはある。ポスターなんかも作ったんだよな。今でも思う――健康の情報より必要なのは、健康でいたいという動機づけ、つまり人生の意義だと。「選択肢が閉じられていたら、人は明日を生きようと思うだろうか」ということだ――NO。万人じゃない。
オーストラリアの女性活動家さんから、「シドニーには元々ゲイセンターがあったからそこをエイズの情報拠点にできたの」という話を聞いたことがあった。要は「ゲイとしてより良く生きられるための情報を発信している駆け込み寺的なものが」既に街なかにあって、そこに必要な情報をおき、アクセスさせればよかったということだ。もちろん日本にはそんな場所はなかった。だから町場の経営者のアンテナ感度や協力に頼るような方法を採っていたのだ。こんなのインターネット時代以前の話だ――インターネットだって過信できないけれども。
マガジンにご登録いただきました②
青山 風游 様が運営されるマガジン「とって おき させて下さいませ」に、記事「 You smell good. 体臭について」を追加していただきました。
すごくセンシティブなテーマなんですが、「体臭」とそれをめぐるセクハラについて書いています。他人の体臭が気になって仕方ないような環境を見直すのではなくイジメをしてるのって、知性のカケラも感じられなくて共感できない。ちなみにおれはめちゃくちゃ嗅覚的に敏感で、「他人をクサいと言ってるお前も体臭あるけどね」と思っています。相身互いっすよ。
記事をご紹介いただきました②
青山 風游 様の記事「いかないで」の中で、記事「 『黙ってろ』と言われて思うこと」を紹介していただきました。
新宿で行なわれた女性運動のデモで、代表者らによる「男は黙れ」等の発言があったことを受けて、男性にとっては「男は黙ってサッポロビール」以来の衝撃かもしれない(歴史的に黙らされる経験が少ない)ことに対しての「女性が黙らされて来た長きにわたる歳月」も思うわけですけれども、やはり「黙れ」とか尋常じゃない。バカじゃねえの。生得的な身体というような属性、性差で広く非難し貶めるやり方も品性のカケラもない言葉も、社会運動が否定してきたところであろうに何をしているのかと思うし、自称活動家としても、やめてくれよという気持ちでした。おれ男女共同参画事業にも関わっていた時期があるんですが、男女の関係性で男性を黙らせるのって何もいいことないんですよね。実際、野生返りしたカリカリクンが増えたんじゃないですか。現代は「両性とも」語り言葉を習熟するプロセスですよ。男は語れ。あ、シスジェンダーもヘテロも語れ。そんな「非常に」センシティブな記事をご紹介くださってありがとうございました。
男は何を語るのか/社会は何を聴くのか
おれ含め、古い時代の男はもう語らなくていいんじゃないのと思うけど、それでも日本の夫婦関係を見て育ってさ(おれシス‐ヘテロの夫婦から生まれたんすよ)、それでも時代と共に変化した感覚、得て来た語り言葉を、男が発信していく/社会が聴きとめるって大事なんすよ。若い世代に発言をシフトして、新しい言葉を聴きたい。ドアを開けておく、閉じないことが大事です。そこで/ここに来てふたたび「男が参加できない話題」にしちゃうことの愚かしさ。どうしようもないよね。いや分かってる。インセル入ってる奴らに「黙れ」って言いたいんだろうと想像はする。しかし「男が産めるのウンコだけ」なんて揶揄しながら、さあ出産育児とは何だ、結婚とは何だ、家庭とは何だ、夫たる条件とは何だ、語れるもんなら語ってみろと煽るの、それ聴く姿勢じゃねえよね。おれもゲイだからメッセージすることはあるけど「絶対に揶揄だけはしない」のよ。たとえプンスカ怒っていてもさ。
おれは「男は語れ」って思うよ。語り言葉は成熟しなければならないと、思うけど――「聴いてやってくんないか」って社会に対して思うよ。おれも聴きたいし。たぶん、感覚はどんどん変わってる。そこ聴きたくないか。
マガジンにご登録いただきました③
KP61 様が運営されているマガジン「興味深い」に、記事「絵本『パパと怒り鬼』と男性の不在」を追加していただきました。
絵本「パパと怒り鬼」は家庭という逃げ場のない環境で両親の暴力(父→母)を目撃させられ続ける少年の物語である。しかしながら、この絵本の読み方/語り方として一般的なものとしては「男性→女性」型の暴力に関する問題意識が展開されていて、そこはちがうのに、と思う。私の読み方としては「両親が」少年に対して異常な夫婦の在り方を見せつけ続ける暴力についての話である――この物語における被害者はママではなく少年である。
――これは非難されそうな発言だ。しかし「子どもが成人するまで離婚はしないと頑張った」とさも「それが親の義務であるかのように」語り、それが礼賛されることもある日本でこそ、この絵本は誤読される/正しく読まれなければならない。私は自分の読み方が正しいと思っている。
夫婦が互いに尊重し合えないもので、互いに自立できず、家庭は終わりなき地獄だと子に教えることが害でないと、なぜ言えるのか。「あなたのために耐えて殴られていた」「あなたのために我慢して犯されていた」と言われる子の気持ちを想像できていない。むしろ「子どものためを思えばこそ離婚すべき夫婦関係はある」と私は考えている。「離婚しない理由を子どもに押し付けるな」と思う。理由にされた子どもはたまらない。
「離婚したら子どもを育てられない状況を想像できていない」という反論は虐待を否認して是となるので、はじめから無効である。社会が離婚家庭の子どもを経済面教育面で支援すればいい。ゲイペアレンツが育ててもいいだろう。「セーフティーネットが不備であるがゆえに社会が虐待を黙認しなければならない」などという異常な話は聞けないのである。私は子どもが安全に育つように税金を払い、使途が正しくあるよう投票にも行くのだ。
グリコジャイアントコーンがふたつになる
この数週間パートナーがヤバい状況に巻き込まれていて(おれもラララなどと言ってられない)、一昨日の夜は電話がなかった(別居中)。そういうときは翌朝に電話があるのだが、生憎おれが早出だったもので電話を取れなかった。遅れて仕事の合間に電話すると、疲労困憊した声の彼が応じた。
「心配でアパートまで行った」と言う。
毎晩の電話は、想像されるほど甘やかな質のものではなくて、「生存確認のプロトコル」である。法定上「他人」の間柄であるから、互いの危険に対応できない。相手が死んでも病院から連絡が来るわけではないのだ。だから私は無断で行動しないし、リスキーな人間関係については報告している。今回は諸条件が重なって心配させてしまった。「悪かったなあ」と思う。
仕事が終わると、どうしても会いたくなった。
「そんなに心配してくれたんだ」と、しみじみ嬉しくなる。
一緒に買い物に出て、どうせならメシ食ってかないですかと誘った。
店を探して歩き回り、思いがけずデートになった。とはいえ金曜の夜。どこも混んでいて、結局「やよい軒」行くか、となったのだが。

古い雑居ビルの、狭く監視カメラもないエレベーターに今日は感謝した。中学生のデートみたいだな。パートナーが頭を撫でてくれる。
「パンチだ……」
「似合うでしょ」
「ネクタイ姿、エロいな」
「そうすか。よかった」
スーパーをハシゴしての別れ際、パートナーからおれのために買った分を押し付けられる。こっちからもパートナーのために買った分を押し付ける。
「マジかジャイアントコーン被った!」
「まあ黄色いのと赤いのだし、味がちがうから大丈夫っしょ」
他のも全部おれが好きなやつかさっき買うか迷ったやつばかりだ。予測して裏をかくのも慣れた。「今夜は黄色いのを食べるように」言われる。
ねえ知ってる? あなたはおれのために闘わなくていい。悲しむこともしなくていい。――それを分かっていてくれと、祈る。
さっき買ったmp3
おれまだ買ってなかったのかよ。クルマで聴きてえだろよ。
いろいろあってほとんど皆さんの記事を拝読できておりません。申し訳ないです。
