【教育シリーズ②】不登校は“親の関わり方”の問題なのか?――境界をまたぐ心理士はこう考える
前回の記事では、
私がスクールカウンセラーとして関わっている
お母さんのお話とともに、
「頭の中の左利きさん」タイプの不登校と
病院での対応についてまとめてきました。
(前回の記事はコチラから↓)
(頭の中の左利きさんについてはこちらから↓)
今回の記事では、
私なりの考えをまとめていきたいと
思います。
“甘やかし”で説明してしまう思考の落とし穴
前回の記事の続きからですが、
そもそもの大前提として、私は
「お母さんが子どもの言うことを
聞いてばかりいるから、
特性なのかわがままなのか分からない」
という医療側の発言に対し、
どうしても
「区別がつかない」というのは専門家側の
アセスメントの問題であり、親の関わりの
せいにするのは責任転嫁である
と感じてしまいます。
必死に子どもの困りごとを理解しようとして、
これまで懸命に試行錯誤を重ねてきたのに。
全くの第三者からこの言葉を言われたお母さんの
悔しさを想像すると、本当に胸が痛みます。
病院から帰る途中の車内。
ミラー越しに見るわが子の顔。
お母さんはどんな気持ちで家路に
着いたのでしょうか。
私は当事者ではありませんから、
ただただ話を聞いて想像するしか
できませんでした。
続く
「お母さんが甘やかしすぎてるんじゃないの?
甘えは薬では治らないから」
ですが、
これについても
「登校したくないという子どもの言うことを
親が聞く=甘やかし」という捉え方自体の誤り
を感じます。
頭の中の左利きさんに対しては、
その子のニーズに合わせて柔軟に
対応するということは自然なことです。
これは「甘やかし」ではなく、
発達段階や特性に応じた
合理的配慮です(当たり前ですね)。
それなのに、
一般的な子育て規範をそのまま
当てはめていること自体が
発言として不適切
だと思うのです。
おそらく
「学校に行きたくないという訴えを
お母さんが聞き続ける」=「誤学習」
という意図なのかと思いますが、
これはアセスメントではなく、
「甘え」という主観的で揺らぎのある
言葉でその子を単に「評価」している行為
だと思うのです。
そして、
「登校したくないという子どもの言うことを
親が聞く」=「甘やかし」という構図は、
行動の原因を、その行動を説明する言葉で
ただ“言い換えているだけ”
ともいえます(循環論の罠と言いますね)。
解釈しているようで実は何も解釈になって
いない構造です。
できたら、こうした“外からの見え方”の
言葉ではなく、登校できない背景に
不安が強すぎて耐えられないのでは?
感覚過敏で本当に苦痛かもしれない。
見通しが立たず混乱している可能性は?
言語化できないストレスを行動で表している?
実行機能の弱さで切り替えが難しい?
過去の失敗経験から防衛的になっているのかも。
といった“中身”の部分をちゃんと言葉ですくい取って
もらえていたら、お母さんの気持ちもずいぶん
違っていたのではないでしょうか。
専門職の言葉が“刃物”になるとき
前回の記事の後半でまとめた
「医療が教育より上位」
あるいは
「専門職が当事者より上位」
という暗黙の社会的構造が、
何気ない専門職の発言を鋭利な刃物に
変えてしまうのだと思います。
「言葉は現実を歪める力がある」
私は、
同じく医療現場の最前線で働く者として、
自分の発言がどのくらい鋭いか、どのくらい
その人にとっての現実を歪めてしまう可能性が
あるのか、常に自分を監視できる人であり続けたいと
思いますし、これからも、そうあり続ける
努力をしていきたいです。
“左利きさん”が右利き社会で抱えるストレスと症状
ここまで、
医療専門職が持つ影響力の大きさを
私なりの言葉でまとめてきましたが、
もちろん、不安症や不眠、小児うつなどの
状態は医療の専門性が発揮されるところです。
これらの不調は、
「頭の中の左利きさん」が「頭のなかの右利き社会」で
生活する時に生じる、様々な症状たちですね。
こうした症状については、
だんパパさんの記事がとても分かりやすいので
リンクを貼らせていただきます。
だんパパさん、ご快諾くださりありがとうございました♪
だんパパさんの記事にある
児童精神科・心療内科を受診する「3つのサイン」
は、医療視点でみても非常に適切です。
こうした症状がある場合は、
ぜひ病院受診を検討していただきたいです。
まだ、
だんパパさんの記事をご覧になっていない方は、
ぜひ一度読んでみてください。
次回が、このシリーズの最後になります。
病院につながってきたのに、
それでも不登校が改善しない。
そうしたケースに対する、
私【振り子】の考えをまとめて
いきたいと思います。
今回もお読みくださり、
ありがとうございました。
次の記事はこちら↓
