流行を全部取り入れたら、地方公務員令嬢ができました|ファンタジー小説を書いてみたい
私は思った。
ウケる物語とは、今の流行を多く取り入れ、タイトルを見ただけで内容が伝わるものなのではないか、と。
人気のありそうな要素を、思いつく限り並べてみる。
そして完成したタイトルが、こちらだ。
『追放された転生令嬢は辺境で静かに暮らしたい――前世知識と万能チートで領地を救っていたら、聖女と呼ばれ、隣国の王子と古代竜に溺愛されました。今さら戻れと言われても、お茶会の時間です』

うん。
これなら、みんなが読みたい内容の特盛だ。
むしろ、全乗せマシマシ。
少し胸やけするぐらいが、ちょうどいい。
タイトルを読んだだけで、主人公が転生し、追放され、辺境へ行き、領地を救い、聖女になり、王子と古代竜に溺愛されることまで分かる。
完璧である。
しかし、私はふと思った。
これでは、物語の特徴がない。
どの要素も、どこかで見たことがある。
全部入っているのに、何も新しくない。
では、逆にしてみたらどうだろう。
そうして思いついたタイトルが、こちらだ。
『転生していない令嬢は、特別な力もないまま領地の帳簿を整理する――追放も溺愛もされませんが、今年は橋が一本直りました』

……。
地方公務員令嬢ができた。
私は流行の令嬢ものを書こうとしていたはずだ。
なぜ、橋梁修繕事業が始まったのだろう。
だが、考えてみれば悪くない。
主人公は、特別な力を持っていない。
前世の知識もなければ、精霊の加護もない。
荒れ地へ手をかざして、一瞬で豊かな農地へ変えることもできない。
帳簿を読み、予算を組み、役人と相談し、領民から陳情を受ける。
水路工事を始めれば予算を超え、新しい作物を植えれば半分枯れ、市場を開けば初日に雨が降る。
それでも十年かけて、税収が少し増える。
冬に飢える人が一人減る。
壊れていた橋が、ようやく一本直る。
誰も彼女を聖女とは呼ばない。
領民はただ、
「前の領主よりは、話を聞いてくれる」
と言う。
あえて欠点を上げるなら、地味である。
ものすごく地味である。
だが、橋が一本直るというのは、領民にとってはかなり大きな出来事なのではないか。
チートも奇跡もないのに、少しずつ領地を良くしていく。
これはこれで、立派な物語になりそうだ。
ただし問題がある。
派手さがない。
やはり、読者には夢も必要だ。
では、全部盛りと全部引きを合わせればよいのではないか。
現実では地方公務員のように働いている令嬢が、頭の中では転生聖女として無双している。
脳内では、前世知識と万能チートで領地を救い、聖女と呼ばれ、隣国の王子と古代竜から溺愛されている。
現実では、帳簿を整理し、予算を調整し、橋を一本直している。
これだ。
流行もある。
独自性もある。
夢もある。
現実もある。
妄想と実務の落差で、笑いも生まれる。
よし。
では、タイトルを合わせてみよう。
『地方公務員令嬢は、妄想の中で「転生して追放されたので辺境で静かに暮らしたい――前世知識と万能チートで領地を救っていたら、聖女と呼ばれ、隣国の王子と古代竜に溺愛されました。今さら戻れと言われても、お茶会の時間です」を夢見るが、実際は転生しておらず、特別な力もないまま領地の帳簿を整理する――追放も溺愛もされませんが、今年は橋が一本直りました』

……。
長い。
しかし、内容はすべて伝わる。
流行も入っているし、独自性もある。
妄想の内容を説明しながら、現実で何をしているかも分かる。
完璧だ。
ひとつだけ問題があるとすれば、
タイトルを読んだ時点で、物語がすべて終わっている。
主人公の設定や物語の方向性。
妄想と現実の落差と最終的な成果まで、全部書いてある。
読者は本文を開く前から知っている。
この令嬢は転生していない。
特別な力もない。
誰からも溺愛されない。
そして最後に、橋が一本直る。
もはや、あらすじすら必要ない。
本文を書いても、タイトルの内容を確認する作業になってしまう。
そこで私は考えた。
橋を直さなければよいのではないか。
しかし、それではタイトル詐欺になる。
途中で本物の古代竜を出してみるか。
それでは、地方公務員令嬢という作品の根幹が崩れる。
王子ぐらいなら、出してもよいのではないか。
だが、タイトルに「溺愛されません」と書いてしまった。
私は、自分で考えたタイトルに追い詰められていた。
タイトルで内容を分かりやすくしようとした結果、本文を書く余地がなくなったのである。
私はしばらく考えた。
そして、ひとつの結論にたどり着いた。
タイトルを短くすればよい。
新しいタイトルは、
『橋』

これなら、何もネタバレしていない。
想像の余地もある。
文学的ですらある。
これでいこう。
私は満足して原稿を、相棒のAIに読ませてみた。
「内容が分かりにくいので、もう少し説明的なタイトルにしてください」
私は静かに、あの長いタイトルをもう一度入力した。
こうして、完成した物語がこちらだ。
『今日、橋が二本直った。完』
流行を全部取り入れた物語を書こうとした作者は、最終的に橋を二本直す物語を書いた。
読まれるかどうかは、分からない。
だが、橋は二本直った。
少なくとも物語の住民は、少しだけ暮らしやすくなったはずだ。
主人公を除けば。
