イブ物語|判断寓話|エラとヨル|外伝 インテンション 第三話 CA(危険区域)
※ファンタジー小説『エラとヨル』外伝。
冒険者ギルド『インテンション』の物語です。
本編未読でも楽しめます。
敵を倒すだけでは、生き残れない。
これは、五人の冒険者が「判断」を学ぶ物語。
深い森の中。
ヒロは、目の前を通り過ぎていくゴブリンたちを、茂みの陰から見つめていた。
視線を前方に向けたまま、身体の脇で指を二本立てる。
――前方、敵二。
後方に隠れていたレーアは、その合図を確認すると、一度だけ周囲を見渡した。
そして、仲間たちへ指示を送る。
――その場で待機。
ゴブリンたちは、こちらに気づくことなく通り過ぎていく。
しばらくして、ヒロがゆっくりと振り返った。
レーアは短く合図を返す。
――追跡。
ディアから与えられた任務は、敵拠点の発見と戦力の把握。
指揮官に任命されたのはレーアだった。
「今回は、あなたたちだけでやってもらう」
レーアは、出発前に告げられたディア教官の言葉を思い出し、小さく畳まれた地図へ視線を落とした。
地図には、ディアが指定した合流地点だけが記されている。
索敵は一日以内。
森を探索し、任務を終えたのち、合流地点へ向かう。
レーアが選んだ方針は、極力戦闘を避け、敵拠点の発見を優先することだった。
先行するヒロのあとを追いながら、五人は森の奥へと進んでいく。
どれほど歩いた頃だろう。
ふいに、ヒロが拳を小さく上げた。
――停止。
続けて、手を低く下げる。
――しゃがめ。
さらに左右を示す。
――散開。
全員がその場で立ち止まり、それぞれ一定の距離を取り、腰を落とした。
周囲へ視線を向け、警戒に入る。
ヒロが前方を指し示した。
――敵拠点を発見。
レーアは姿勢を低くしたまま、素早くヒロのもとへ近づいた。
木々の切れ目。
開けた森の先には、岩山に面した急斜面があり、その中腹に洞窟が見えた。
追跡していたゴブリンたちは、洞窟の入口に立つ歩哨へ何かを話しかけている。
入口を守るゴブリンは二匹。
レーアはしばらく様子を観察したあと、ヒロへ小声で伝えた。
「距離を取る」
後方を振り返り、ライアンとリアへ合図を送る。
二人は頷くと、その場に残って周囲の警戒に入った。
レーア、ヒロ、マークの三人が先に立ち上がり、姿勢を低くしたまま素早く移動する。
三人が新たな位置へ到着すると、今度はレーアが後方へ合図を送った。
それを確認したライアンとリアが立ち上がり、三人のもとへ向かう。
前方の三人が警戒し、後方の二人が移動する。
次は、先行した者が警戒し、残った者があとを追う。
互いに警戒を引き継ぎながら、五人は少しずつ洞窟から距離を取った。
安全な場所まで戻ると、レーアは地図を広げた。
「敵の拠点を発見したわ。歩哨は二匹。ここから回り込めば、高所から観測できる」
地図の上を指でなぞりながら、全員へ説明する。
「定点観測では、内部の戦力を把握するまでに時間がかかりすぎる」
ライアンが口を開いた。
「多少強引でも、強行偵察をするべきじゃないか?」
そう言って、一瞬だけ空を見上げる。
朝に出発したはずだが、今はもう太陽が真上まで昇っていた。
「戦闘回避。生存優先」
リアが眠たげな目のまま、短く返す。
「とりあえずメシだな。それに便所にも行きたい」
マークの一言で、張り詰めていた全員の表情が少し緩んだ。
レーアは小さく息を吐く。
「小休憩のあと、移動するわ……」
それから、マークへ視線を向けた。
「それとマーク。排泄は離れた場所で、迅速に。匂いも残さないでね」
少し呆れたような声だった。
*
小高い丘に移動した一行は、草むらから洞窟の入口を見渡せる場所を見つけた。
交代で監視を続けながら、記録を取る。
地図を広げたまま、レーアの意識は過去へと引き戻されていた。
火が広がる街。
逃げ惑う人々。
レーアの手を握ったまま、動かなくなった少女。
あの時、判断を間違わなければ……
「レーア……レーア」
ヒロの呼びかけに、レーアは驚いて顔を上げた。
「周辺の探索が終わった。他の入口はなさそうだ」
「偽装の可能性……低い。足跡なし」
リアも短く続けた。
レーアは顎に手を当て、考える。
ここからの観測だけでは、敵の正確な数を把握できていない。
拠点発見のみで撤収するか。
もう少し観測を続けるか。
「レーア。あれを見ろ」
観測を続けていたライアンが、声を抑えて告げた。
彼が指差した先には、木箱を運ぶゴブリンたちの姿があった。
「おいおい。あれって、鉄の武器じゃないか?」
同じ方向を見ていたマークも、小声で続ける。
ガチャガチャと音を立てる木箱の中から、何本もの槍や剣が覗いていた。
「あんなもの、どこから……」
レーアの表情にも、わずかな焦りが浮かぶ。
それに気づいたライアンが、さらに声を落とした。
「レーア。あれが奴らに渡ったら、かなり厄介だ」
ライアンの黒い瞳が、レーアを真っすぐに見据える。
「破壊までとは言わない。でも、何もしないまま手遅れになるのは嫌だ」
そう呟き、拳を握る。
全員の視線がレーアへ集まった。
レーアは一度だけ目を閉じた。
「……任務は拠点発見と戦力の把握だけ」
小さく呟く。
だが、木箱の中の鉄製武器を見た瞬間、その判断は揺らいだ。
ひと息吐くと、レーアは立ち上がった。
「武器の搬入元と、洞窟内部の戦力を確認する。戦闘は最小限。長居はしない」
一人ずつと目を合わせながら続ける。
「全員、移動準備。強行偵察へ移行」
ライアンは黙って頷いた。
「歩哨を排除。入口まで接近し、内部を確認したら即時離脱」
その指示を待っていたとばかりに、マークが親指を立てた。
*
ゴブリン拠点、入口付近。
森の茂みから、ヒロがわずかに身体を覗かせている。
その隣にはリア。
それと対になるように、反対側の茂みにはレーアとライアン。
少し離れた位置で、マークが周囲を警戒している。
レーアとヒロは、それぞれ弓を構え、入口の歩哨へ狙いを定めていた。
リアが洞窟周辺を見渡す。
他に動く者がいないことを確認すると、反対側の茂みへ合図を送った。
レーアの隣にいたライアンが、その合図を確認する。
「スタンバイ……スタンバイ……」
折られた指を数えながら、低い声で呟く。
「三、二、一……」
二つの弦音が、ほとんど同時に響いた。
放たれた矢は、入口に立つ二匹のゴブリンをそれぞれ撃ち抜く。
「ビューティフォー」
ライアンが、いつかディアが口にした言葉を真似る。
膝から崩れ落ちるゴブリンを確認すると、マークが素早く駆け出した。
二つの死体を引きずり、草むらの奥へ隠す。
ここからは時間との勝負だ。
レーアは立ち上がり、前進の合図を送った。

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