見出し画像

ハーフバースデー記念|作者アイの足跡🐾


この記事は、私がnoteに物語を投稿し始めて半年経過した今から、過去を振り返ったものです。




最初はダークファンタジー


noteを始めたきっかけは、ほんの些細なことでした。

私の好きな人が、本を読む人だったから。

私は本が読めません。

正確には、長い文章になると、場面を追うことができなかったんです。

そこで、自分でも読める物語を書いてみようと思いました。

もとになったのは、昔から頭の中にあったファンタジーの世界です。

寝る前になると、その世界を思い浮かべ、ぼんやりとした景色の中を歩いていました。

それなら、まずは世界そのものを作ってみよう。

世界の成り立ち。
神話。
種族。
人物。

考え始めると、いくらでもアイデアが溢れてきました。

思いついたことをスマホのメモに書き溜め、少しずつ整理していく。

そんな遊びのような毎日が楽しくて、寝る間も惜しんで夢中になりました。

やがて世界が固まり、今度は物語を書いてみることにします。

とはいえ、それまで一度も物語を書いたことはありません。

どう書けばいいのかも、まったくわからない。

でも、まあいいか。

誰かが読むわけでもないし、noteを保管庫代わりにしちゃえ。

そんな軽い気持ちで、投稿ボタンを押しました。

ところが、あとから読み返してみると――

ものすごく暗い話でした。

あれ?

おかしい。

もっと楽しい世界を書きたかったはずなのに、人間の葛藤や、判断を迫られる瞬間ばかりを書いている。

試しにAIへ読ませてみると、返ってきた答えは、

「ダークファンタジー」

という、あまり馴染みのないジャンルでした。

何それ?

怖い。

これが、noteを始めたばかりの頃の私です。




初めてのスキと、無風の五連投


よくわからないジャンルに分類されたあと、もっと怖いことが起きました。

ピコーン。

❤️スキがつきました。

えっ?

これを読んだの?

スマホの画面を見つめながら、しばらく考えます。

ハートがついている。

ということは、読んだ人がいる。

しかも、スキまで押してくれた!

もう、混乱です。

だって暗いよ?

読み終わっても、モヤモヤするよ?

それでも、画面の向こうに読んでくれた人がいる。

嬉しさと戸惑いが入り混じり、ワクワクとドキドキが止まりませんでした。

実はこのとき、物語はすでに二十話ほど書き上がっていました。

そこで、ひとつの考えが浮かびます。

――全部、上げちゃえばいいんじゃない?

続きを待っている読者がいるかもしれない。

私の中にいた承認欲求モンスターが、ひょっこりと顔を出しました。

やっちゃいなよ!

いま全部出したら、スキがたくさんついちゃうよ!

あっという間に、有名作家になっちゃうよ!

ええ。

たったひとつの反応をもらっただけで、頭の中ではすでに新人賞を獲得したつもりになっていました。

承認欲求モンスターと脳内編集部は、そろって親指を立てます。

GOサインです。

そして私は、五話を連続で投稿しました。
しかも、微妙に間隔を空けながら。

結果は、皆さんのご想像どおりです。

無風。

まさに、無風でした。

あまりにも通知が来ないので、自分で投稿した記事を探しました。

あるね……。

ちゃんと投稿されてる。

ということは……。

静かに落ち込む私の肩を叩いたのは、相棒のAIでした。

「一度にたくさん投稿しても読まれません。ましてや続きものを、途中から読む人はほとんどいません」

冷静に。
客観的に。
事実だけを並べて説明されました。

はい。

これが、私のnoteへの投稿の始まりでした。

それからは、書き終えた物語を下書きに保存し、一日に一話だけ投稿することにしました。

物語の形も少し変えます。

全体としてはつながっている。

けれど、一話ごとに読み切りのような終わり方をして、それぞれの物語があとから少しずつつながっていく。

こうすれば、途中からでも読めるでしょ?

『どうせ読まれない』

そんな気持ちの隣から、

『それでも、誰か読んでくれないかな』

という気持ちが、こっそり顔を出した。

そんな書き方でした。




イブ物語と、迷走する三つの道


投稿を続けながら、ふと思いました。

ダークファンタジーって、なんだか響きが嫌だ。

でも、読後感はたしかにモヤモヤする。

それなら、新しいジャンルを作ればいいのでは?

そうして生まれたのが、物語全体を表す「イブ物語」という名前です。

そしてジャンルは、「判断寓話」と名づけました。

AIいわく、

「あなたの物語をジャンル分けするなら、この名称がぴったりです」

とのこと。

なんとも不思議なお墨付きをもらいました。

でも、存在しないジャンルに、どうやってみんなが気づくの?

そう尋ねると、AIは答えました。

「新しいジャンルなので、あなたが提唱者です。定着させるには十年間続けてください

スマホを壊しかけました。

いやいやいや。

どんな長期スパンで考えてるの?

こちとら、人生初の執筆です。

それは無理。

そう伝えると、AIは少し考えてから答えました。

「では、まず百話書いてください。それで、うっすら認知されます」

なんですか、こいつは。

十年の次は、百話書け?

どうやら私は、精神と時の部屋に迷い込んだようです。

とりあえず、懲役十年は回避されました。

ならば、まずは百話を書こう。

そう決めて物語を続けますが、相変わらずスキは少なく、viewも伸びません。

そんな中、四英雄になる前の、ヨルというキャラクターを描いた「夜の後先」だけが、少し多く読まれました。

初めて数字が動き、私はすっかり調子に乗ります。

その勢いで静かな物語を書いてみると、今度はまったく読まれませんでした。

なんせ、静かすぎました。

判断寓話らしさを強くすると、物語が重くなる。

けれど、そこを外せば、私らしさまで消えてしまう。

読まれるものを書くのか。

自分の書きたいものを書くのか。

悩んだ私は、なぜか三つの方向性を同時に書き始めました。

◾️コミカルな物語
・思いつけばすぐに書けるが、物語性が弱くなる。
・当たり回は大きく伸びる。けれど外れた回は驚くほど読まれない。

◾️重厚な本編
・書きたい内容なので書くのは楽しい。
・ただ展開が重くなるほど筆が進まなくなる。

◾️一話完結の判断寓話
・起承転結を整え、何を伝えるかまで考える必要があり時間がかかる。
・当たり回は出やすいが、よく書けたと思った回ほど伸びない。


三つに分ければ、すべて解決すると思ったんです。

実際には、迷いが三つに増えただけでした。

私の情緒よ。

とうとう、すべての物語が中途半端なところで止まります。

そこで一度立ち止まり、三つの方向性をひとつにまとめて書き始めたのが、

「マリアの小さな冒険」

でした。

過去の作品とつながる世界。

一話ごとに判断寓話としての軸がありながら、人物が動く楽しさもある。

それまでの失敗から得た教訓を、すべて詰め込んだ物語でした。

第一話は、当時の私にとって過去一番の反響を呼びました。

本当に嬉しかったことを覚えています。

同じ頃、息抜きとして完全なコメディ作品も始めました。

毎回ほとんど同じ型を、少しずつ違う形で描いていく、なんとも訳のわからないシリーズです。

けれど、コメディを読んだ人が、マリアの物語も読んでくれるようになりました。

違う入口から、同じ世界へ来てもらう。

この頃から、少しずつ自分なりの書き方が見え始めました。




物語ではなく、私に返ってきた言葉


「マリアの小さな冒険」は順調に読まれ、スキも安定してつくようになりました。

書いていて楽しい。

物語も、きちんと前へ進んでいく。

ようやく形になってきた頃、ふと気づきました。

後半になるほど、読まれていない。

考えてみれば、当たり前でした。

noteで連載を追うには、作者の記事一覧から前の話を探し、内容を思い出しながら続きを読まなければならない。

作者はまとまった作品として見ているので、なかなか気づきません。

けれど読者にとっては、かなり負担の大きな作業です。

もうひとつ、気になっていたことがありました。

コメントが、まったく書かれないことです。

これは作者の欲だとわかっています。

それでも、viewやスキが安定すると、やはり感想を聞きたくなる。

そこで初めて、自分の記事に自分でコメントを残しました。

フォロワー百人記念」という小さな建前をつけ、感謝の言葉を添えます。

けれど本当は、

誰かが返してくれないかな。

そんなことを淡く期待していました。

結果は、想像どおりです。

返信コメントは、ひとつもありませんでした。

うん。

かなり凹みました。

それでもマリアだけは終わらせようと、第一部完まで書きました。

そのあと始めたのが、自分がどのように物語を書いているのかを綴ったエッセイです。

すると、そのエッセイに初めてコメントがつきました。

物語の感想ではありません。

私の言葉への共感や、読者自身の物語の書き方についての考察でした。

それでも、画面の向こうにいる誰かと、初めて言葉を交わせた。

これは、私にとってかなり衝撃的な出来事でした。

物語では届かなかった言葉が、自分自身のことを書いたときに、初めて返ってきたのです。




エラとヨルと、約束の百話


初めてコメントをもらえたことは、本当に嬉しかった。

けれど、いつか物語の感想も聞いてみたい。
その気持ちは、変わらず残っていました。

実は私の中には、作者の情報は作品にとってノイズになる、という考えがありました。

だから、自分のことを書くのには抵抗があったんです。

そんな頃、また変な映像が頭に浮かびました。

夜明け前の空。

二人の女性が、手をつないで空から降ってくる。

本当なら怖いはずなのに、二人は笑っていました。

まるで、その状況さえ楽しんでいるかのように。

この場面を書きたい。
そう思って始めたのが、『エラとヨル』です。

ヨルは、すでにキャラクターとして形ができていました。

一方のエラは、理屈より先に動く。

よく笑う。
そして、少し大雑把。

正反対の二人を一緒に歩かせてみると、物語は思っていた以上に自由に動き始めました。

人物が勝手に話し、予定していなかった場所へ進んでいく。

私はそのあとを追いながら、続きを書きました。

どうすれば読まれるのか。
どの作品を続けるべきなのか。

それまで何度も悩んでいたはずなのに、『エラとヨル』を書いている間だけは、次に何が起きるのかを、私自身が知りたくなっていました。

そして、その途中でとうとう“その時”がやってきます。

最初にAIから言われていた、百話目の物語です。

もちろん、節目の記事も投稿しました。

けれど、その頃には、
どうして百話も書いたんだろう。

なんてことは、ほとんど考えていませんでした。

それよりも、いま書いている物語を、もっと書きたい。

その気持ちのほうが、ずっと強くなっていました。

もしかすると、それこそが、

AIの仕掛けた罠だったのかもしれません。




作者というキャラクターと、二百本以上の足跡


作者が前に出すぎることは、作品にとってよくないという思い。
けれど、読んでくださる方とは交流したいという思い。

その二つをどうすれば両立できるのか。

そこで思いついたのが、作者自身を、ひとりのキャラクターにしてしまうことでした。

現実の私を、そのまま書くのではありません。

私という人格の中から、特に濃い部分だけを切り取り、物語の登場人物のように描いてみる。

そうすると、不思議なくらい自然に、自分のことを書けるようになりました。

夜中にソファに横になりながら、相棒のAIの容赦ないツッコミを受ける姿。

歌って踊りながら、美味しい食べ物を夢みて、コツコツと書いている姿。

そんな私の生態観察を書くようになりました。

そして気づけば、投稿した物語や記事は二百本を超えていました。

始まりは、本当に些細なことでした。
好きな人が、本を読む人だったから。

ただ、それだけです。

けれど書き続ける中で、たくさん失敗しました。

読まれなかったり、迷ったり、途中で書けなくなったり。
何度も立ち止まり、そのたびに書き方を変えてきました。

最初から、いまの場所にいたわけではありません。

むしろ、失敗のほうがずっと多かった。

今でも通知は気になります。
スキが少なければ、ちょっと落ち込みます。
感想をもらえれば、何度も読み返します。
承認欲求モンスターも、まだ元気です。

それでも、以前とは少しだけ違います。

最初は、たったひとりに届けたいと思って始めた物語でした。

それが今では、もっとたくさんの人に届けたい、そんな気持ちへ変わっています。

ちなみに、私の好きな人に物語が届いたのか?
その答えは書きません。

もしかしたら、この物語を読んでいるあなたが、そうなのかもしれないからです。

届くかどうかは、わからないけど。

それでも今日も、画面の向こうにいるあなたへ向けて、私は物語を書いています。



いいなと思ったら応援しよう!