イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第五十四話 竜の密約
ギガントタートルが、何かを恐れている。
島ほどの大きさの生き物を怯えさせるものなど、この世界にひとつしかない。
ドラゴンだ。

エラとヨル 第五十四話
【竜の密約】
「やっと落ち着きました。では、順番に話を整理していきましょう」
いつものようにディケが続けた。
今、目の前でクーデターのようなことを起こした人物には、とても見えない。
サンの視線は、ハーミットに向いている。
仮面の下の表情はわからない。
けれど、何か複雑な思いがあるのだろう。
「では、ヨルさんたちをお呼びした目的を説明します」
ディケは私を見つめて、一瞬だけ目配せをする。
ーーいや、そのあとは任せました、みたいな顔はなに?
なんの打ち合わせもないまま進んでいた話は、ようやく私たちの順番になったようだ。
「お話を聞いていたので、だいたいの流れは理解できたと思います。やっていただきたいのは、全区画の調査と探索です」
ーーやっぱり。
なんとなくは予想できていた。
でも、なぜ私たちなのか。
そこには、まだ疑問が残る。
それを見越したように、ディケは言った。
「第九条の発令があっても、各組織から人を出せば反発が生まれます」
私は、ローズとハーミットを順番に見た。
「そんな中で、街の人間ではなく、街の区画を理解し、しかも地図まで描けるとなると、あなたたち以外には、すぐ見つかりません」
ディケの言い分は、わかる。
街の問題だからこそ、あえて外の人間に調べさせれば、公平性は保てる。
そう言いたいのだろう。
ーーでも、それだけ?
私の顔を見て、ディケが続けた。
「ギガントタートルの異常行動には、原因があると推定されます」
「独自の調査でわかったことですが、何かを恐れているのではないかと……」
ーーギガントタートルが恐れるもの。
島と変わらない大きさの生き物。
太古より存在している生物が恐れるもの。
そんなものが、この世にあるのか。
想像もできない。
「これは、あくまで推測です」
ディケは、念を押すように言った。
「ギガントタートルが恐れるもの。この世界でそんなものは、一つしかありません」
ディケの視線が、私たちに向く。
「ドラゴンです」
部屋に沈黙が流れた。
私の脳裏に、竜祀教という言葉が浮かぶ。
「何を言い出すかと思えば、ドラゴンだぁ?」
ローズは呆れたように言う。
ディケは、真剣な表情のまま続けた。
「竜祀教……みなさん、ご存知ですか?」
「最近この街に紛れ込んできた、ドラゴンを神と言う集団です」
ディケが、ハーミットに視線を送る。
ハーミットは、微動だにしない。
「ギガントタートルの異常と竜祀教。何か繋がりがあるように感じました」
ディケは整理された書類から、何かを探している。
「そこで色々と探ったところ、ユング長官……いまは、ただのユングですが。彼の机から、こんなものが見つかりました」
そう言うと、ディケは一枚の紙を机に置いた。
私はそれを手に取り、一読した。
その瞬間、動悸が早くなる。
多額の資金と引き換えに、街の中での自由な移動を認めること。
LAGが保管する重要書類の閲覧。
そして、一部書類の持ち出し。
それは、ただの賄賂の記録ではなかった。
ルーベントという街の内側を、外から来た者に開くための密約だった。
ローズとハーミットも書類に目を通す。
「賄賂ぐらい、いつものことじゃないか」
ローズは鼻で笑う。
ディケはその書類を持つと、最後のくだりを読みあげた。
「尚、本件に関わる契約が履行されなかった場合、竜による裁きが訪れることを記す」
ーー竜による裁き?
何を指しているのか、私にはわからなかった。
ただ、その言葉の不穏な気配だけは感じられた。
「こんなもの、ただの脅し文句じゃないかい。うちにだって、似たような言葉を使う奴らはいるさ」
ローズはそう言って、ハーミットを見る。
ハーミットも気づいているが、無視していた。
ローズは両手をあげて、やれやれといった様子だ。
「ただの脅しなら、問題ありません」
ディケはゆっくり口を開く。
「記録を調べたところ、竜祀教が閲覧した書類が、ギガントタートルの古い移動記録、甲羅下層図、禁区画資料だったことがわかりました」
ローズの眉が上がる。
「今回の一連の流れは、偶然にしては出来すぎています」
ディケは、さらに続ける。
「そして、彼らは何かを探しています」
ディケの言葉が、私の胸をざわつかせた。
ーー竜石。
私の胸の奥で、その言葉が勝手に浮かんだ。
おそらく、竜祀教が探しているのはそれだ。
けれど、それを今ここで口にしていいのかは、わからなかった。
ただ、甲羅下層部の地図や禁区画との関係もわからない。
私の顔色が変わるのを見て、オトが言う。
「依頼内容はわかりました。でも、その竜祀教はこの街にいるんですよね?」
ディケが頷きながら答える。
「はい。あなた方の地図で印があった場所は調べてみましたが、もぬけの殻でした」
オトが噂で聞いた場所だ。
オトも頷く。
「では、その竜祀教と接触する可能性もあると」
オトの声が少し低くなる。
ディケは、申し訳なさそうに視線を逸らした。
「そんな羽虫、焼けば良いのです」
黙って聞いていたハーミットが、突然喋った。
「この赤い瞳が見つめる場所で、勝手に動いている。到底許されません」
やはり、赤い瞳は物騒な組織だ。
ただ、面子があることは理解できた。
「街中で派手な戦闘は困ります」
ディケが言うが、ハーミットは聞く耳を持たない。
「わかりました。その竜祀教とかいう羽虫は、こちらで始末します。あなたたちは、奴らの目的のものを押さえなさい」
まだ、やるとも答えていないのに、話が勝手に進んでいる。
もちろん、こんな機密を知ってしまって、断れないことはわかっていた。
ーーあの目配せは、このこと?
ディケの思惑が少し見えて、背筋が冷たくなる。
やっぱり、この街の人間は一癖も二癖もある連中ばかりだ。
「わかりました。準備や聞き込みもあります。どれくらいの時間が残されているのですか?」
私は依頼を受けることを決めた。
断れなかったわけじゃない。
私たちの目的にも一致したからだ。
「都市の水の備蓄などから、正確な日数を算出しています。ただ、まずは一週間で目処を立ててもらいたいです」
ディケは淡々と言う。
けれど、余裕があるわけではないことは伝わった。
「それと、ローズさん。くれぐれもこの話は内密にお願いします。特に、水の備蓄と価格に関わることですので」
ローズが立ち上がりながら笑う。
「そこまで落ちぶれちゃいないさね。あんたこそ、その樽みたいな腹を少しは引っ込めるように節約しな」
軽口に近かった。
けれど、ローズの独眼は真剣だった。
期間は長くない。
私たちも席を立ち、準備を進めることにした。

創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作
