ウチの潜入捜査くん【第5話】
第5話 二つの真相
~私立才駆論高校 校長室~
是津、斉園、田佐井、野呂、金持、米村。事件の関係者たちが、夕方の校長室に集められた。校長室の窓からは、完成間近の銅像がはっきり見える。
添は、容疑者を集めると同時に、捜査チームの面々にも声をかけた。戸井、まどか、寧音の三人は、同時に校長室にやってきた。
戸井「添くん!」
まどか「事件の真相がわかったって本当?!」
添「ああ」
ドア側の壁に寄りかかた添が、窓際の六人の方を向く。
添「戸井風斗、これを持っていてくれ」
添が戸井に月刊すげー手芸を渡す。
戸井「え、うん、いいけど……(こんなの、なにに使うんだろ……?)」
寧音「黒田を殺した犯人はこの中のだれか、ということで間違いないんだな?」
添「そうだ。黒田緑青を殺した犯人は……」
添の予想外の言葉に、容疑者たちは騒ぎ立てた。
田佐井「は、犯人だって?!」
野呂「黒田は殺されたっていうのかい?!」
斉園「なぜお前がそんなことを! 何様のつもりだ!」
是津「まあまあ、先生方。とりあえず話を聞いてみようじゃないか」
米村「そうさね。犯人じゃなければ堂々としてりゃいいんだよ」
金持「……」
是津「添くんや。順を追って説明してくれるかの?」
添「わかりました」
添が、静かに推理を述べ始めた。
添「昨日の18時頃、黒田緑青が1階の螺旋階段の前で血を流して倒れていた。それを俺と戸井風斗が最初に発見した。俺は品田雅子先生に是津延泰校長を呼んでくるよう頼み、その後、警察に通報した」
その場にいる全員が、固唾を呑んで添の話を聞いている。
添「黒田緑青の指紋が付いた遺書が発見されたことから、警察は自殺と考えていた。が、その遺書は偽物だった」
是津「どういうことかね?」
添「文章に間違いがなかったんです。黒田緑青は誤字脱字が多かったから、あんなにていねいな文章は書けないはず。そうだったな、戸井風斗?」
戸井「うん!」
添「このことから、黒田緑青は自ら飛び降りたのではなく、何者かに突き落とされたのだと考えられる。そこで、一つの疑問が生まれる」
まどか「疑問?」
添「戸井風斗。もしお前が犯人で、だれかを自殺に見せかけて突き落とそうとしたら、どんな方法をとる?」
戸井「えっ、ボク? うーん……屋上から押す、とか?」
添「そう。屋上はかなり高い位置にあって、人を突き落とすには絶好の場所だ。なのに犯人は、わざわざ螺旋階段を犯行現場に利用した」
戸井「たしかに不自然だね……」
米村「屋上? それならアタイがいたからじゃないのかい? 事件当時、アタイはずっと屋上にいたからねぇ」
寧音「そうか、米村がいたから屋上を使えなかったのか!」
添が頷く。
添「ああ。だから犯人は螺旋階段を使ったんだ」
まどか「でもさ、米村おばあちゃんが屋上を使うのは月1回でしょ? なんで別の日にしなかったのかな?」
添「できなかったんだよ。黒田緑青をスタンガンで気絶させてしまったからな」
戸井「もしかして、ボクのスタンガン?!」
まどか「スタンガンを先に使っていたのなら、いくら黒田くんでもだれにやられたかは覚えているもんね!」
添「犯人は戸井風斗のスタンガンを盗み、黒田緑青を気絶させた。黒田緑青の首にはやけどの痕があったそうだから、間違いないだろう。そしてその後に屋上から突き落とそうとしたんだ」
寧音「だが屋上は使えなかったから、代わりに螺旋階段を使った、ということか」
添「ここで二つ目の疑問だ。戸井風斗、お前が螺旋階段から黒田緑青を突き落とそうとしたとき、どんな行動をとる?」
戸井「えっと、黒田くんを手摺りに乗せて、下から足を持ち上げる……かな?」
添「ところで、お前の腕力で黒田緑青を持ち上げられるのか?」
戸井「そ、それは……」
寧音「なにが言いたいんだ、添?」
添「黒田緑青はスタンガンで気絶させられていたんだぞ? 意識のない人間、それも黒田緑青のような小太りの男を持ち上げるのは、限られた人間にしかできんだろう」
まどか「たしかに……!」
戸井「じゃあ金持くんは犯人じゃないね! 黒田くんとは小学校からの友達だったから誤字脱字のこともよく知ってるし、体育の授業で寝ちゃった黒田くんを起こすこともできなかったから!」
寧音「是津校長は全校生徒全員の答案をチェックしているから、黒田のことも当然わかっていたはずだ。それに年配者が黒田を持ち上げられるとは思えんしな」
まどか「だったら米村おばあちゃんもシロだよね! そもそもパソコンが使えないんだから、遺書の偽造なんてできないし!」
戸井「斉園先生は右腕を骨折しているし、補習も頻繁にやってたから違うね。田佐井先生は腰痛持ちだし、2年生の教科担当だったから、黒田くんの答案やノートもチェックしてるはず。てことは……」
添「犯人は、黒田緑青の文面を知る術を持たず、なおかつ気絶した黒田緑青を持ち上げるだけのフィジカルを持った唯一の人物……」
添が目を見開く。
添「そう、あなたにしか犯行はできないんですよ……野呂真先生!」
野呂以外の全員が、一斉に野呂に目を向けた。
添「それにあなたは、事件の直後、現場に駆けつけたときこう言った。『黒田が転落したって本当かい?!』と。俺は『黒田緑青が血を流して死んでいる』としか言っていないにもかかわらずだ」
野呂「フフフ……」
野呂は不敵に笑った。
野呂「さすが私の見込んだ理想的な男だ。見事な推理だよメイ・タンテイくん」
添「添光成です」
野呂「だが少し詰めが甘いようだ。私は、血を流して死んでいるのなら転落したのかもしれない、と思っただけさ。定期テストの前日で人も少なかったからね。それに、事件発生時、私は2階の非常階段付近にいたんだよ? 4階の螺旋階段からは随分と離れているじゃないか」
野呂の反論に、添は食い下がる。
添「あなたはラグビーをやっていて、今でも鍛えている。それに、螺旋階段から非常階段までは一直線。全速力で走れば何秒とかからないし、非常階段も下りならすぐだ」
野呂「たしかに私なら可能かもしれないが、もしだれかに遭遇でもしたら……」
添「だから定期テストの前日に実行したんでしょう?」
野呂「!!」
添「定期テストの前日は、生徒を早く帰宅させられる。そして普段から見回りをしていたあなたは、犯行の瞬間をだれかに見られないよう、あることをした」
戸井「あること?」
添「男子トイレを封鎖したんだ。だれもいないことを確認し、使用禁止の札をかけた。そうすれば、屋上での犯行後、螺旋階段を下りてくるところを見られないからな。まぁ、実際は屋上が使えず、螺旋階段で犯行に及んだわけだが。しかし、ここで予想外のことが起きた」
戸井「女子トイレに金持くんがいたんだね」
金持は、少し顔を赤らめた。
添「そうだ。男子トイレに入れなかった金持鶴之介は、止むを得ず女子トイレに駆け込んだ。野呂真先生は男性だから、女子トイレまでは関与できなかった。だから苦し紛れにガムテープを貼ったんだ。犯行の直前にな」
戸井「じゃあ、金持くんがトイレの中で聞いたドドドドドっていう音は……」
添「野呂真先生の足音だろう。黒田緑青を突き落とした後、全力疾走したときの音だ」
野呂の表情にだんだんと焦りが見え始めた。
野呂「こ、工事だ! 外で工事をしていたから、その音じゃないのか?!」
寧音「それはありません。工事業者に確認したところ、事件発生の15分ほど前から作業を中断していたようでした」
寧音が淡々と論破する。
寧音「手続きに必要な書類を田佐井先生が取りに行っている間、作業員は全員休憩を取っていたそうです」
添「つまり野呂真先生の行動はこうだ」
添が話を整理する。
添「事件当日、黒田緑青は化学の補習を受けていた。野呂真先生は補習の間、校内を見回りながら、隙を見て男子トイレのドアに使用禁止の札をかけた。補習後、一人になったところを見計らって、黒田緑青を屋上に誘った。『ちょっと話があるから屋上まで来てほしい』とでも言ってな。女子トイレのガムテープはその後、自分が屋上に向かう直前に貼ったんだろう。金持鶴之介はこの間に女子トイレに入ったということだ。
そして、屋上出入口で黒田緑青を待ち伏せ、事前に盗んでおいたスタンガンで気絶させた後に偽造した遺書を忍ばせ、屋上から突き落とそうとした。が、屋上には米村寿江がいた。すでに黒田緑青を気絶させてしまっているため、後には引けない。だから予定を変更し、螺旋階段で犯行に及んだ。
犯行後は、非常階段まで全力疾走し、何食わぬ顔で2階の職員室前に顔を出した……
どこか間違っていますか、野呂真先生?」
冷静な添とは対照的に、野呂は怒り心頭に発していた。顔がトマトのように真っ赤になっている。
野呂「根拠のないことをベラベラと! どれも推測にすぎないじゃないか! 私がやったという証拠にはならない! そうだろう!」
添「あくまでも自分ではない、と?」
野呂「当たり前だ! 私がやったという理想的な証拠なんて、どこにもない!」
添「あるとしたら?」
野呂「な、に……?」
添「さっき、警察の鑑識から連絡がありましてね。黒田緑青の靴の裏にガムが付着していた、と」
野呂「それがなんだっていうんだ?! 私が噛んでいたガムとでもいうのか?!」
添「いいえ、このガムは黒田緑青が直前まで噛んでいたものです。そのガムに、細い糸のような妙な繊維が付着していたんです」
野呂「妙な繊維だと?」
添「鑑識でもよくわからなかった謎の繊維でしてね、専門機関に依頼してようやく判明したそうです。なんだと思いますか?」
野呂「なんなんだ!」
添「アカクロモモタヌキの毛ですよ」
野呂「!!!!!」
野呂は絶句した。
添「野呂真先生。たしかあなたは言ってましたよね。あなたの趣味は書道で、その胸ポケットにあるのが特注の筆だと。なんでも、日本にいないアカクロモモタヌキの毛で作られた、世界に一つだけの筆だとも。そして、事件の直前、その筆を『さっき届いたばかり』と言った。ではなぜ、黒田緑青の靴の裏に、そんな希少なアカクロモモタヌキの毛が付着していたのでしょうか?」
野呂「そ、それは……」
添「おそらく、気絶した黒田緑青を螺旋階段から突き落とす際、さっき戸井風斗が言ったみたいに足を持ち上げたんだ。そのとき、靴の裏に筆先が触れ、毛の一部がガムに付着したというわけだ。胸ポケットの筆は、鍛えられた胸筋によってしっかり固定されていたから、筆ごと落ちることはなかったんだろう」
野呂「く……」
野呂は観念したのか、俄然おとなしくなった。
戸井「野呂先生が黒田くんを……! 許せない……!」
戸井が怒りを燃やす。
是津「でもなぜじゃ? なぜ野呂先生が黒田くんを……?」
静かに聞いていた是津が、口を開いた。
添「動機はおそらく、口癖にあります」
是津「口癖、じゃと?」
添「いつも言っているでしょう。『理想的な学校を』って。だから自分の理想からかけ離れた生徒を襲ったんだ」
まどか「ってことは、これまでの事件も?」
添「ああ、すべて野呂真先生の仕業だろう。植木鉢に当たりそうになった剣道部の男子生徒は、素行がよくなかったし、地区大会で一人だけ負けた。インターハイ常連である剣道部で一人だけ負けたとなれば、わかりやすい汚点だからな」
まどか「ほかの人は?」
添「体育館に閉じ込められた女子生徒は、成績が伸び悩んでいた。芽ヶ谷寧音や南條まどかと並べるほどの成績優秀者だったらしいが、急に成績が下がったのなら落ちこぼれと見なされてもおかしくない」
寧音「ではラグビー部の件はどうなる? 野呂先生は顧問だろう」
添「引退した3年生はともかく、残った2年生は皆そろって怠惰だった。やる気のない者たちがこれまでの栄光に泥を塗るくらいなら、廃部にした方がマシと思ったのだろう」
田佐井が小声で「なるほど……」とつぶやいた。
添「そして黒田緑青は、不良四天王の一人で、生徒だけでなく教師の間でも『赤点王』と呼ばれるほど成績が悪かった。だから狙われたんだ」
まどか「米村おばあちゃんや金持くん、それにMr.アブセンスも不良四天王だけど、なんで狙われなかったの?」
添「米村寿江も金持鶴之介も、不良四天王と呼ばれてはいるが、別に成績や素行が悪かったわけじゃない。だから優先度としてはそんなに高くなかったんだろう。Mr.アブセンスに関しては、存在すらあやしいしな」
添は野呂に向き直った。
添「まぁ、これらはあくまでも俺の推測にすぎない。が、黒田緑青の件だけは、もう言い逃れはできないと思いますがね」
野呂「……君は本当に理想的な生徒だよ」
野呂がおもむろに口を開いた。
野呂「すべて君の言ったとおりだよ、テン・コウセイくん」
添「添光成です」
野呂「失礼、添光成くん。だが私は、こんなところで終わるわけには……いかないんだよっ!!」
野呂は突然、隣にいた田佐井に突進した。そして、校長室の窓を開き、そこから飛び降りた。
まどか「きゃあっ!」
戸井「くそっ! 逃げた!」
校長室内は騒然となった。野呂の脱走に皆がうろたえる。ただ一人を除いては。
寧音「添!!」
寧音が叫んだと同時に、野呂の後を追うように添もまた窓から飛び降りた。
戸井「添くん!!」
野呂「なにぃぃぃっ?!」
なんとか着地した野呂が見上げると、両手を開いた添が宙を舞うように下りてきた。なにやらぶつぶつ言っている。
添「素逸流奥義……火華凰拳……」
添の周りを激しい光が包む。その姿はまるで、炎の翼を広げる鳳凰のようだった。
添「牙闘!」
次の瞬間、野呂の眼前に添が迫った。
添「昇!」
添の強烈なアッパーが、野呂を空中へ吹き飛ばした。
添「降!!!」
野呂を追って大ジャンプをした添が、今度は踵落としを食らわせる。
添「羅!!!!!」
地面に叩きつけられた野呂に、ダメ押しの正拳突きが炸裂する。
ズドォォォォォーーーーーン!!!!!
野呂は一直線に吹き飛び、是津の銅像に激突した。野呂は気絶し、銅像は見事に砕け散った。
素逸流奥義
火華凰拳
「牙闘 昇降羅」
この一部始終を窓から見ていた戸井たちは唖然としている。
戸井「もうなんでもありじゃん」
寧音「そういえばこういう奴だったな」
まどか「なにも心配いらなかったね……」
~私立才駆論高校 校舎前~
数分後、駆けつけた警察官に取り押さえられ、野呂は連行された。校長室に集められた面々は、階段を下り、玄関から外に出た。
捜査チームの三人が添の方へ向かい、そのほかの生徒と教師らが警察と話している中、是津だけはさっきまで銅像だったものの前で立ち止まり、「念願の銅像が……わし絶不調……」と落胆していた。
添のもとへ走っていく戸井。
戸井「添くん!」
添「戸井風斗」
戸井「やったね! ついに犯人を捕まえたんだね!」
添「ああ。しかし……」
戸井「ん? どうしたの?」
添「お前はたしか、犯人をぶん殴ってやりたい、と言ってなかったか?」
戸井「そんなことよく覚えてたね……でもそれは大丈夫」
添「なぜだ?」
戸井「だって、友達が代わりにぶん殴ってくれたから」
戸井は清々しい笑みで言った。
添「…………フッ」
添の口角も一瞬だけ上がった。
寧音「相変わらず愛想のない奴だな。もっと嬉しそうにしたらどうだ」
寧音が軽口を叩く。
まどか「ほーんと。ムッツリはモテないわよ?」
添「俺はムッツリではない」
いつもの仏頂面で添が返した。
戸井「いやそれをムッツリっていうんだけどね……」
寧音「なにはともあれ、これで一件落着だな」
添「……いや、まだ残ってる」
まどか「残ってるって、なにが?」
添「Mr.アブセンスだ」
戸井「Mr.アブセンスって、野呂先生なんじゃないの? 偽の遺書にも書いてあったし」
添「いや、あれは本当のMr.アブセンスが書いたものじゃない。遺書にはカタカナで『ミナミマサヨシ』と書かれていた。本物なら漢字で書くはずだからな。野呂真先生はおそらく生徒会室での俺たちの話を盗み聞きしてて、音でしか知らなかったからカタカナで書いたんだろう。本当は『ミナミマサヨシ』と読まないとは知らずにな」
寧音「なんだって?」
添「そうだろう? 本物のMr.アブセンス、南條まどか」
(つづく)
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