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「青森出身なんですか!都会ですね」と言われたはなし

「あおもりちゃん」

それは、大学時代のわたしのあだ名。
最初に口にしたのは、栃木出身のギャルだった。自爪の2倍くらいあるのであろう尖ったネイルの人差し指が、まっすぐにわたしを指差した。面白がった大阪出身のギャル男がそれを広めた。

幸い、卒業までそう呼び続けたのは彼らふたりだけだった。でも、このころにはじめて、出身地を開示するのに抵抗を覚えるようになった。




「教授に聞いたんだけどさ、青森出身って、全学部で10人もいないらしいよ」

南部地方出身の彼女は、秘密を打ち明けるみたいに言った。
瞬きするたびに、細いながらも長くって、くるんとカールしたまつ毛がふるふると震えた。

「えー、何万人もいるのに……?」
「そう。だから、ウチらが出会えたの、奇跡だよね」

津軽地方出身のわたしもつられて笑う。
(※県内でも何度も引越しをしているので、言い切ることはできない……)


その日、わたしたちは、学校帰りにバスに乗って繁華街へ足を伸ばしていた。
高いビルに囲まれた通りを歩く。アーケード街で「あれかわいいね」「こっちもいいな」とはなしながら、恋のはなしなどをする。ビルの真ん中、小さな広場でクレープをたべた。
見上げた空は狭かった。



「あ、青になった」

スクランブル交差点を、彼女とわたしは歩き出した。

引っ越してきたばかりのころは、人の多さに酔い、気持ち悪くなってしまうことすらあった。
けれどもそんなことはすっかり忘れて、何も考えずに人混みに身を委ねた。都会にはそういう面がある。気がつくと足を絡めとられて、遠くまで流されてしまいそうな。


「ねーねー、おねえさん、ちょっといいかな」

横断歩道を渡り切る前に、チャラい雰囲気の男性が声をかけてきた。
その目はまっすぐ友だちだけに向けられていた。

肩上ショートが似合う、すっきりとした骨格に華やかな瞳をした彼女の横顔に目をやる。けだるげな表情で、慣れた感じで男性をあしらう彼女は「あおもりちゃん」なんて呼ばれたことはないのだろうな、と思った。

ふるさとから遠く離れた街で出会った、同郷のわたしたちだったけれど、ふたりの間には広く深い川が流れているようだった。
実際、わたしたちがよく会っていたのは一瞬だけで、仲が悪くなったわけでもないのに、だんだん疎遠になっていった。




「青森出身なんですか!いいなー、都会ですね」

ママ友の言葉の意味がわからなくて、数秒固まったのち、わたしは頭のなかで「なんのはなしですか」と首をかしげた。

こんな経験が、香川に来てから3回もある。


香川に来てみて思うのは、地元より遥かに都会だということ。

市街地を離れれば、田園風景やら山やらが続く。
けれども、県庁所在地のさらに中心地である高松駅周辺に行くと、立ち並ぶ高い建物や、街並みの洗練された都会的な雰囲気に圧倒される。
四国水族館のある宇多津地域も綺麗だ。整然と整備された街並みが美しい。

地方でありながら、わりといろいろな店のものが手に入る。
高速バスに乗れば、たったの2、3時間で大阪や京都、神戸といった都会にアクセスできるのもすごい。


それなのに、なぜ彼女たちは「香川のほうが田舎」だと思ったのだろう。お世辞を言っているという感じでもなかった。



その3回のうち、あるママ友がこんなことを打ち明けてくれた。

「香川なんか田舎で恥ずかしいですよ。だって、新幹線ないし。青森は新幹線通っとるじゃないですか。やけん、香川よりぜんっぜん都会ですよ、都会!」

わたしは驚いた。
これまでどこに行っても田舎者扱いされてきたからだ。


※別なママ友から「青森には車で帰るん?」と聞かれたこともあり、馴染みがなさすぎる説も浮上した。


卒業後、東京で就職したあとはさらにひどかった。
これまでに住んだいろんな地域の方言が混ざり合っておかしくなったイントネーションをいちいち先輩に直されて、顔から火が出るような思いを毎回していた。

「はあ……何回言ったらわかるの? ヤマトヤさんじゃないって、やまとやさん」

先輩は、呆れたように見せかけて、にやにやしていた。

だからわたしは今でも、人前で話すのがあまり好きじゃない。
香川に来たことで、西のアクセントが混ざり、さらにイントネーションがおかしくなっているからだ。



あなたの田舎はどこから?
わたしは、方言から。


とちぎちゃん(そう呼ぶ勇気など持ち合わせておらず、当時名前にさん付けで呼んでいた。仮に呼んでも、関東という都会であり人名としてもメジャーなのでダメージはなかっただろうからここでは仮の名にする)は、わたしを見かけるたび、腰まである長い茶髪の、きつめに巻かれた毛先をいじり、にやにやしながら言った。

「ねえねえ、あおもりちゃん。青森弁しゃべってよ、青森弁。ずーずーいうやつ」

青森弁というものはない。

とちぎちゃんが求めている、広く知られているものが「津軽弁」。
ほかにも「南部弁」と「下北弁」があり、そちらの人たちはまたかなり違った方言になる。



香川のひとの”田舎コンプレックス”が新幹線なのだとしたら、青森のひとは方言由来だと思っている。

どこに行ってもこんなふうに言われる。
わたしは堅物だから、ノリよくあえてきつめの方言を出して周りを笑わせる……みたいなことはしない。
できない。



たしかに、学校帰りに電車を2時間待ったことはある。
フジテレビもテレビ東京も入らない。
冬の登校は息ができないくらいの地吹雪で命の危険すら感じたこともある。

けれども、とちぎちゃんは知らないだろう。


ほかにはない絶景があちこちにある。
空はずっと広く続いていて、道ばたの野の花でさえ風景に美しく溶け込んでいた。

小学校六年間のスキーの授業で培った感覚は、運動音痴なわたしが20年ぶりにやってもたやすく思い出せるくらい深く、身体にしみこんでいた。

初対面だと野生動物のように警戒しているけれど、一度懐に入れると情に厚い県民性。


なにより、雪。
生活を阻害する邪魔者でありつつ、はつ雪や、気候のいい日の雪には、心が踊る。

雪にも、種類がある。
さらさらした粉雪。
ふわふわだけど重めのぼたん雪。
新雪を踏みしめるときの、特別感。

隣家の軒下にあった自分の身長くらいの凶悪なつららも忘れられない。
車体の下にもポッキーみたいな薄茶色のつららができる。車に乗る前にそれをパキパキと蹴り落とす小気味いい音。



都会には都会の、田舎には田舎のよさがある。
それではだめだったのだろうか。

わたしをこき下ろすことで、とちぎちゃんは、なにを得たかったのだろう。


とちぎちゃんは、卒業式にはいなかった。

わたしは仲良くないし連絡先も知らないから、彼女が進学したのか就職したのかその後のことはなにもわからない。



大学2回生のとき、ひとつ上の先輩が、わたしを「りんごちゃん」と呼びはじめた。
「あおもりちゃん」の亜種だと思って不快な気持ちになった。先輩には正直に告げた。

先輩は真面目な顔で「え、いいやん。りんごちゃんてかわいくない?」と首をかしげた。

「合っとるよ、りんごちゃん」



その日から、わたしはいろいろなところで「りんごちゃん」と呼ばれるようになった。

そう呼ぶひとたちは、とちぎちゃんみたいに、三日月型にゆがんだ目ではなく、にこにこして、親愛を込めて呼んでくれた。



1年後、広告会社の主宰するワークショップに参加した。

自分のあだ名を書いて、胸に貼らなければいけなかった。震える手で「りんご」と書いて、ゆっくりとはくり紙を剥がした。





(3,000字)





あとがき


このはなしを書こうと思ったのは、この間、久しぶりに言われたからだ。

「青森? ウケるー! ずーずー弁w しゃべってくださいよーw」

関西出身だというそのママは、止まらなかった。

つぎは香川出身のママたちがいる前で、香川のことをこき下ろした。
田舎だ、なにもない、接客がなってない……。


なんで、そんなこと言うんだろう。
引っ越してから3年ほどが経つけれど、わたしは香川の街も人もとても好きになっていた。

だから、とてもいやな気持ちになって、話題を逸らすことに必死だった。
「そういえば習い事ってなにしてますー?」とか、数少ない頭の引き出しから質問を引っ張り出していた。


彼女に会わなければいけないときは、目尻を跳ね上げるアイラインの、ちょっと強めのメイクにすると決めた。
苦手な人と話すときの、お守り。


地方住まいの人が自身で言う「田舎」と、都会から来た人が口にする「田舎」という言葉のニュアンスは違うと思っている。

前者は謙遜(あるいは自虐)・羞恥・誇りの3パターンに分かれる。
ふるさとに対して思うことは人それぞれだし、わたしのように外的要因が加わって気持ちを捻じ曲げられた人もいると思う。

でも都会から来た人が、あえてわざわざ「田舎」と表現する場合、そこには、見下すような目線が少なからず入っているように思う。



彼女は、以前はそうではなかった。
出身地について開示した途端こんなふうに変わってしまった。

あとから考えると、それまでわたしのことは「東京から来た人」として認識していたらしく、どこか下手に出ているところがあったのだと思う。

どうして都会だと上で、地方だと下なのだろう。

そう考える人ばかりではないとわかっている。けれども、何度もいやな思いをしたので、ふるさとを出てからずっと考えている。


 


いま言えることは、東京も好きだけど、ふるさとも今住んでいる街もどちらも好きだということ。
”羞恥”から”誇り”に戻れた。




わたしはあの子のことは好きになれない。でも、ほかにも栃木出身の友だちはたくさんいて、おいしいものや素敵な場所をたくさん教えてもらった。
行ったことがないけれど、憧れている。

どの街だってぜんぶ素敵だ。
それでいいとおもう。

それぞれの美点は相容れないものであって、だからこそ素敵なのだ。



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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡