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3,653日毎日ブログを書いたら、別人になった話。

今から10年以上前の、よくある日常のはなしをしようと思う。


2012~14

目を覚まして、橙

夫を送り出したあと、二度寝してしまった。



その日は仕事が休みだった。
やらなくちゃいけないことも、やりたいこともたくさんあったのに、目を覚ますと空が橙色だった。

胸の上で子猫がねむっている。
段ボールの中からもう1匹出てきて鳴いた。


7階にあるわたしの部屋からは、つくしのようにあちこちからにょきにょきと建物が顔を出す東京の街が、よく見える。


そうだ、ごはん。
慌てて買い出しに行こうとするものの、財布が見つからない。あちこち探し回っているうちに、とっぷりと日が沈んでしまった。

13.5畳の小さな部屋は、たくさんのモノと家具と、1畳分もある大きなキャットケージ2つで圧迫されていた。
定位置のないモノたちが床にひしめきあっている。



スーパーに行かなくちゃと思うのに、そのままの恰好では出られなかった。
着ているのは高校時代のクラスTシャツとハーパンで、前髪ごとかきあげて頭のてっぺんにおだんごをつくっていた。

おだんごをほどいたわたしは、癖がついてうねる髪の毛をなんとか後ろでひとつに結び、前髪を撫でつける。
それでもぴょんぴょんと跳ねている。


素顔のまま、眼鏡姿でマンションの明るい廊下を降りていく。

「こんばんは」
「……こんばんは」

すれ違う人に挨拶をする。
一瞬だけ目を合わせ、すぐに視線を落として。
背中を丸めて。


帰宅ラッシュを終えたのだろう。大通りに面したうちのマンションの前を、たくさんの人が歩いていた。
人の波に混ざりこむようにして、煌々と明るいスーパーを目指した。


つくれなかったハンバーグ

スーパーにたどりついたわたしは迷子だった。何をつくろう。何を買えば。……何も、決めていない。

スマホを開いて検索してみるものの、どれもいまいち違うような気がして、結局、ハンバーグの材料を買い込んで、家に帰る。

玄関のドアを開けて、ため息をついた。
すれ違えないくらい狭い廊下は、もので埋まっていた。わかっていても、帰ってくるたびに不快な気分になる。


くらっとした。……目の前が異様に眩しい。
スーパーにいたときから予兆を感じていたが、頭がひどく痛くてうずくまっているうちに、また時間が過ぎていた。



ドアノブを回す音で飛び起きる。
午前1時だ。

玄関のドアを開けた夫が、露骨なため息をついた。彼は入社して以来、ほとんど毎日終電で帰る生活を送っていた。

夫がシャワーを浴びる音を振り切るように家を飛び出す。

道路を渡ればコンビニだ。
息を切らしながらハンバーグ弁当を買って、家に帰った。



「1日1個でもいいからさ、ふつうの掃除と違うことやりなよ」

夫は、わたしに背を向けて眠った。


30歳が遠く思えた日


🔎『家事 セミナー』
🔎『家事 講座』
🔎『片づけ 何から』

通勤電車に揺られながら検索する。
セミナーはいくつも見つかったけれど、高額だったり、家から遠かったりした。わたしの給料は、奨学金の返済で4分の1が消えてしまう。

むりだ。


当時、家事について話せる人は誰もいない環境だった。
職場では、良くしてくれる人が半分、あたりがきつい人が半分といった感じだった。

中でも直属の上司は、わたしの粗を探してつねに目を光らせていた。
探るようにデスクの後ろに立っていることすらあった。なにかちょっとしたミスでも見つかると、それがわたしのやったことかも確認せずに、部屋の外にまで響き渡るような大音量で怒鳴りつけられる。

じっと黙ってきいたあと、トイレに行って泣いていた。わたしがやったんじゃ、ないのに。


「今日、大変でしたね……」

昼休み。
隣の席の同僚が、労るように声をかけてくれた。

「……しんどかったです」
「わかります。……理不尽だよね。私も前、ああいう感じで怒られてたんです」
「え?」

顔を上げる。

「でも、30歳になったら途端にぱったり。たぶんあの方は年齢に対して怒りを覚えてるんだと思う。
三條さんも30代になったら言われなくなる、かも……?」

同僚がこてりと首をかしげた。つられて笑ったけれど、でも、30歳になるまで、あと5、6年もあった。


怒られたときの、胸がぎゅっと掴まれるような感覚や、耳がきぃんとなる感じを引きずったまま帰りの電車に乗った。

帰宅ラッシュより1時間早い電車で、ふつうに座れた。隣にもだれもいない。
ほとんど何もしていないのにぐったりと疲れている。

仕事自体はきらいじゃなかった。雑務だって、効率化していくと思えばやりがいがあった。
けれども、使い潰そうとばかりに何もかも押しつけられたり、何もしていないのに怒鳴られたりする。そういうことが辛くて、心をすり減らしていた。


「ちょっと!アナタ!」

降ってきた声に驚いて顔をあげる。
セーラー服を着た壮年の男性が立っていた。腰に手を当てて、揺れる車内でぴんと背筋を伸ばして立っている。


「何よ! 若いくせに。足を出しなさいよ。ミニスカートを履きなさい!」
「……は?」
「ワタシみたいに。足を、出す!!!自信がないのよ、自信が!!!」

彼は喝を入れるように言うと短いスカートをひるがえして横にスライドし、すこし離れたところに座る男性に、なにか喚き散らしていた。



「ああ、どうしよう。何作ろう。かえりたく、ないな」

100円ショップに寄り、無意識に収納ケースをカゴいっぱいに詰めていた。
昨夜のハンバーグの材料が残っているのに、肉じゃがの材料を買って帰った──。

結婚するときに「帰ってきたくなる家をつくろう」と、決めたはずなのに。


2015

数年かけてなんとか自力で部屋を片づけたわたしは、あの時代の足の踏み場もない部屋で誰にも頼れずにうずくまっていた自分に贈る気持ちで、ブログを書くことにした。

それが今から10年前。2015年のことだ。


引っ越さずに、ここまで片づけた

ブログの名前は、「365日のとっておき家事」。
1日ひとつだけ、いつもと違うことをするという取り組みだ。

梅しごとや雛人形の準備みたいな特別なことだと最高だけど、たとえば散らかりがちな部分を探すとか、スマホの中にある無駄な写真を消すとか、今月の目標を立てるとか、そういうごくごく小さなことでもいい。


これを10年間続けた。




ここから10年の話は、すでに書いているので、省く。


2024


2024年12月31日。
きょうでブログをはじめて書いてから3,653日。10年が経った。

途中から予約投稿に頼るようになったものの、どんなときでも毎日更新し続けた。

(※予約投稿のミスはあるかもしれないのだけれど確認できない。なんといっても、書いた記事が4,200記事以上あるからだ。
1日に2記事投稿していた時期もあるのと、怯む感じのコメントが来た記事は下書きに戻しているので、万が一誤差があってもお目溢しいただけたらうれしい!)


20代半ばだったわたしは、ミドサーと呼ばれる年齢になった。
冒頭に書いていたころの自分とは、見た目も性格もライフスタイルも、なにもかもが違う。

きょう書きたいのは、10年間ブログを書いた結果、どうなったかという話だ。


時はすこし遡り、12月の、ある平日──。


目を覚まして、ピンク

スマホのアラームで目を覚ました。

寝室のカーテンを開ける。東の空が、綺麗。雲が淡いピンク色に染まっている。もっと下に隠れているのだろう朝日の金色の光が、雲をもくもくと立体的に見せていた。

あくびをしながら顔を洗い、髪の毛を後ろでひとつに結ぶ。
結んだところの周りの毛束を少しずつ引き出して、ゴールドのシンプルな髪飾りをつけたあと、隣接するウォークインクローゼットに入った。

大人でも着られる落ち着いた色味の、モーブピンクのワンピースを取り出す。
ざっくりしたカジュアルなニットワンピースだ。


小学生になった娘は、7時半より前には家をでなければいけない。
起こしてもなかなか起きないので、洗濯を干したり、廊下を片づけながら待つ。


娘といっしょに階下に降りた。
ブラインドを一つずつ開けていく。光を浴びるとすこしずつ目が冴えていく。

夫はまたソファで寝落ちしたらしい。ごろんと寝返りを打ったので、毛布をかけた。
寝室で寝たり、ソファで寝たりと日による。


冷蔵庫の中から、昨夜仕込んでおいたフレンチトーストを取り出して、フライパンを火にかけた。甘い匂い。
こんがりと焼色がついた。

「やったー、フレンチトーストだ!」

どうしても起きなくって、最終的にはガミガミ怒られて不機嫌だった娘が、ぽっと笑顔になる。


ふたりの子どもたちは、朝、あまり食べない。
がっつり作るのは1年ほど前にやめた。残ったものをどうしても食べきれずに捨てる罪悪感がなくなって、楽になった。

曜日ごとにメインの主食を決めてある。お茶漬けの日、ホットケーキの日、パンの日、おにぎりの日……。

ホットケーキの日とフレンチトーストの日が圧倒的に、人気。


娘を送り出したあと、部屋着の上にカーディガンを一枚羽織って、ゴミを捨てに行く。

「おはようございまーす!」

近所に住むママの姿が見えて、ぶんぶんと手を振る。自然と笑みがこぼれる。メイクをしていないから、顔は少し隠し気味だけど、まっすぐに前を向いた。


すぐに外に出られる喜び

部屋をすこし片づけ、ヨーグルトを食べる。
ここで、ようやくスマホを開いた。「朝起きてから1時間はスマホを見ないルール」。2ヵ月続いていた。

しばらくぼんやりとWeb小説を読んでいたが、8時のアラームが鳴った。

タイムリミットだ。
息子を起こしに2階へ上がる。

すっかり日が登っており、子ども部屋は金色の光に満たされていた。息子は、キッズテントでところどころ遮られた光に顔を照らされながら、シャクトリムシみたいな恰好で眠っていた。
着せたはずのふとんもスリーパーもすべて剥ぎ取られている。風邪、引いてないかな。

しばらく声をかけても起きない。夫にそっくり。
諦めて1階に戻り、YouTubeでマリオのピアノ演奏を探して大きめの音で流した。

すぐに起きてきた。


8時15分のアラームが鳴った。
「だるいなー」と言いながらも立ち上がり、洗面所の、ヒーターのスイッチを入れる。寒さを解除すれば、動けるときがある。

引き出しの中には、きちんと整理された状態でコスメが入っている。
下地、ファンデ、コンシーラーに……。使う順番に左から右へと並べていく。

「めんどうだなあ」とため息をつきながらも、20分ほどかけて顔を加工した。


早く準備できた朝は、ほうじ茶

「今日はお互い早いね」

息子は制服に着替えて、アンパンマンの映画を見ながら、ソファで猫に顔をうずめていた。

「お互いに遅いとき」も、ぜんぜんある。
でも早くできたときは、温かいほうじ茶をいれる。


「何マンが好きなの?」

「ロールパンナ! 」

子どもたちは最近アンパンマンブームで、話がわかるようになったからこその楽しみがあるようだ。
姉弟2人で「ロールリボン」を自作して、夫に攻撃している。


「それでねえ、次がSLマン。それからアンパンマンだよ。ママは?」

「ばいきんまんかな」

「えっ」

息子がげっとした顔をした。

「なに」

「ばいきんまん、弱いじゃん……。アンパンマンのほうが強いよ?」


息子は諭すように言った。
アラームが鳴る。

「うわ、やばい。トイレ行ったっけ?」
「まだー」
「ぎゃー、はやくー!!!!」


息子を送ったあとは、カフェで3時間仕事をして、家に戻る。

この10年のあいだに、6冊の本を出版していた。コラムの連載がおもな仕事だけど、単発でいろんなものがある。
変わったものだと手帳やカレンダーのプロデュースや、挿し絵の依頼といったものもあった。大変なこともあるけれど、どのお仕事も楽しく、やりがいがあった。

この日、わたしはブログの最後の予約投稿を終えた。自分の手を離れたという安堵と、外であるにもかかわらずほろりと涙が落ちそうな、一抹の淋しさがあった。


打ち寄せる天津飯

冷凍庫から取り出した無塩バターを室温に戻す間に、昼食をつくる。

この日は天津飯。
フライパンを熱く熱しておいて、カニカマを混ぜた卵をじゅわっと入れる。すぐにふくふくと縁が固まっていった。固まった縁を真ん中に寄せると、黄金色の卵の波が、ざざっとフライパンの端へ打ち寄せていく。

大きくかき混ぜたら火を弱める。
予熱で火を通していく感じ。わたしは半熟のもっと手前、とろとろした卵黄の感じが残るくらいが好み。

盛りつけておいたごはんの上に、慎重にたまごを移した。それからタレをとろりと煮詰めてかける。


「スープは……」

まあいっか。

おかずは、冷蔵庫の中から作り置きを出してきた。
きゅうりともやしとハムを、胡麻油とポン酢で和えたもの。こういう和えものって、具材とトッピングを変えたら、同じ味つけでも違った感じで楽しめる。

具材には、野菜だけじゃなくって、ハムやツナ、ちくわ、しらすといったたんぱく質を必ず入れる。
トッピングは、すり胡麻や鰹節。


レモンケーキスイッチ

食べ終えたら、やわらかくなった無塩バターを使ってレモンケーキ作り。

仕込み時間は長くない。10分くらいで大丈夫。オーブンに入れたら、Switchの電源を入れる。


はじめたのは、マリオカートのオンライン対戦。
車もコントローラーで運転できたらいいのにな。ボタンで後ろを確認できたり。それならとっても上手に運転できる自信がある。

そんな、なんのはなしかわからないことを考えながらぼんやりする。


ソファにくったりと沈み込むと、猫が横にやってきて、足元にぴったりとくっついて座った。

1戦終わったわたしは、ネット対戦ならではの長めの待ち時間の間に、床に落ちたおもちゃを素早く拾っていく。また1戦。次は洗いものを片づける。ここには何戦か必要だ。次は床の掃除を半分まで……。

タイムリミットがあるだけで、終わるスピードは早くなる。それは、急いで動くからと、もう一つ。「今すぐやること」にスポットライトが当たるからだ。迷わずに動ける。



部屋の中が、甘い香りで満たされた。

レモンケーキが焼けたのだ。
オーブンレンジを開けて、きつね色にこんがりしていることを確認したわたしは、名残惜しく思いながらも、渋々Switchの電源を切った。

レモン汁と粉砂糖と牛乳を混ぜて、アイシングをつくる。ケーキに、とろとろと垂らしていく。雪が積もったみたい。ケーキの温かみのある茶色が少しだけ透けているところも、似ている。

子どもたちが帰ってきたあと、レモンケーキはすぐに売り切れた。


できないときは、声を送る

冬になってからは、夕方になると、キッチンの後ろにある西窓からスポットライトのように強い光が入ってくるようになった。
部屋の中は少し暗くって、一部だけが橙色に染まる感じが好き。

ああ、そろそろ、ごはんを作らないと。


……数十分経過。
やりたいのだけれど、なかなか動けない。

大音量で響き渡るYouTubeに、頭がしめつけられるような痛みがある。


LINEを開いた。主宰するオープンチャット。

見慣れたアイコンから飛び出したふきだしで、たくさんの「やること」が並んでいる。
みんながんばってる。

ひとり分、コメントを書く。
わたしも入力する。

【17:00まで】
タオルを畳む
洗濯を干す
入浴後の着替えを用意する

こんな感じのコメントをいつも入れている

入力したら、数秒間じっと書いた内容を見る。
書いたものの真ん中に焦点を当てる感じ。そうすると記憶に残りやすい。もっというと、絵文字を使うとかなり覚えやすくなる。

短時間で暗記して、ぱっと画面を消すのがポイント。意思が弱い人なら、スマホごと箱にしまってしまうと安心。

3つめのやることが終わった。
お風呂も洗って溜めはじめた。これでいつでも入れる。

着替えは”紙袋カゴ”の中。
GUやユニクロでもらってくる大きめの紙袋は、内側に折り込むようにするとカゴみたいに使えて便利なのだ。たっぷり使い倒して、汚れたら気軽に捨てられるのもうれしい。


作り分けるハンバーグ

夕飯のハンバーグを焼く。
10年前は、生焼けになったり、成形できないくらいやわやわでうまく焼けなかったりしたけれど、コツがわかってきた。

夫用にはケチャップとお好み焼きソースを混ぜて、バターと、醤油を足したものを用意する。
このソース以外はいやだとわがままを言うのだ。

娘はこの味つけがきらい。ソースをつくる前にハンバーグを取り分けておき、市販のおろしソースを用意する。わたしもさっぱりめのほうが好き。

偏食の息子は、ハンバーグをたべない。
下味をつけておいた鮭を焼いたものと、ふりかけごはんだけ。玉子焼きか冷奴か鮭。だいたいこのローテーションだ。
作り分けが無理なときは、潔く冷食に頼る。


「サラダつくりたいなあ」

娘が言うので任せることにした。

「あぶらと、砂糖と、あとなんだっけ」

国語の教科書で『サラダでげんき』というお話を読んでから、サラダを自分でつくるのに凝っている。

慣れた手つきで、あちこちから必要なものを取り出してきた娘は、きゅうりを薄い輪切りにした。

小学校では自分で弁当作りに関わらなければいけない日がたまにあるのだけれど「自分だけでやりたい」とメニューを決めて、ひとりで全部つくるようになった。
思いのほか早く弁当つくりを卒業してしまい、少し淋しい。


30歳が遠く思えた日

寝る前に絵本タイムをつくっている。
スマホでオルゴールやピアノ曲を流し、子どもたちは図書室でそれぞれ好きな本を読んで過ごす。

ところが、約束の時間になっても騒いだり喧嘩したりしていて、なかなか眠らない。

わたしは洗面所立てこもり作戦を決行した。

「めっちゃ溜まってる……」

げんなりした。


30歳で東京を離れた。
3年前にマイホームを手に入れた。

すでにあちこちの家電の調子が悪い。洗濯機もその一つ。乾燥機能が使えなくなった。

ひと月前の2倍の時間をかけて干しているため、追いつかなくなってきたのだ。


うんざりしながらも、床に布を敷いて、そこにすべての洗濯ものを出す。戻す場所別に仕分け。そのあとで一気に畳んでいく。
同じ動作をくり返すと、頭を使う時間がないので、早く終わる。

「干す場所をもう少し増やさないといけないかもしれないなあ」

楽天で目星をつけて、買いものカゴに入れておく。次のマラソン期間まで寝かせておくのだ。見極め期間。

怪獣たちがねむったあと、わたしは2畳ほどの書斎にこもった。

22時以降は自分の時間と決めている。

迷ったり考えたり調べたりしていた時間を貯めたら、自分の時間が生まれた。絵を描いたり、刺繍をしたり、ゲームをしたり。一番多かったのは読書。

たくさんの本を読んだ。
ジャンルはいろいろ。

印象に残っているのはメイクとファッションの本。
たくさん学べた結果、顔が変わった。もちろん加工後の。

30歳のときよりも前に会った友だちは、いまのわたしを見たらきっと、誰かわからずに困惑するだろう。

この数ヵ月はとにかく文章を書くことがたのしくって、エッセイから小説まで、とにかくいろいろなものを書いている。

途中で洗濯ものを干して、気分転換。
「動」と「静」の行動を組み合わせると集中力を保ちやすい。

だんだん瞼がとろんとしてきたわたしは、ふらふらと書斎を出たところにある布団に倒れ込んだ。そうしてうつ伏せのまま、眠りに落ちていった。





翌朝目を覚ますと、夫がこちらを向いて、ねむっていた。



(7,777字)


あとがき

10年という月日があれば、人はまったくの別人になれる。
身をもってそれを証明できたと思う。

30歳なんてずっと先だと思っていたのに、気がついたらとっくに通り過ぎていた。思い描いていた30代になれたかというとそうではないけれど、でも、いまの自分のことは前よりはずっと好きだ。


本当は「いつでもモデルルームのように美しい部屋です」とか「必ず一汁三菜きっちり作れています」と言えたら格好いいと思うし、そうしたかった。

けれども、現実のわたしの性格は、変わっていない。


いやだなとか、だるいなとか、面倒だなとかいつも考えている。
散らかるときだってよくある。むしろ、完ぺきにできたと思っても10分でモデルルームのような部屋は崩されてしまう。

子どもたちがぽいぽいと床に置いていくものを、忍者のように素早く回収できたらいいなと思うのだけれど、今年人生ではじめてのぎっくり腰になったことも考えると恐ろしすぎて、とてもじゃないけれどできない。

そして、一度散らかると、負債がふくらむように「今日の家事」が明日にスライドされ、それがまた翌日に持ち越され……となっていく。
とてもしんどい。


でも、10年間家事ブログを書いたことで、わたしの中にはたくさんの「処方箋」がある。

「こういうときはこうしたらうまくいったな」

という成功パターンを貯めてきたものだ。


散らかってしまうことも、続けられないことも、わたしはそういう人間なのだと割り切って、「その後」のことを考えるようにしてみた。

100点満点の家事はできないけれど、自分に「はなまる」をあげられる日が前よりもずっとずっと増えてきた。
自分を認められるようになったら、自分のことが少し好きになれた。


いまから10年後、40代半ばになったわたしは、いったい、どんな人間になっているのだろう。

娘は18歳、息子は15歳で、ふたりの受験生を抱えて、自分がいちばん焦っていそうな気がする。
仕事がどうなっているのかもさっぱりわからない。


そもそもわたしは、無事に過ごしているのだろうか。

冒頭のシーンでは2匹の猫と暮らしていた。
当時子猫だったほうが、この秋に、亡くなった。

いま部屋が荒れているのはそれが理由だ。動けずに蓄積した家事の負債を、完全には回収できないまま年末になってしまった。

なんでもない日常の大切さ、愛おしさを、わたしのこころに深く刻みつけて、いなくなってしまった──。


間違いなく言えることは、ブログの毎日更新をやめたとしても、記録しないとしても、すっかり習慣化した「とっておき家事」はずっと続けているだろう。

そして、苦しみながらもきっと、命ある限りずっと、なにかを書き続けているのだと思う。


2025/01/07 追記

10年書き続けて気づいた100個のことをまとめました。すべて無料です。



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#創作大賞2025
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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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