『すくい』 第1章 煙る雨 ─ 著者・リラ(25)
生活実用書の著者、リラと本の物語。
1.雨の撮影部隊
世界は、真っ白に煙っていた。
目をこらさないと見えないくらいの淡い雨が、静かに降りつづいている。
霧の中に迷い込んだみたい。そんなことを思った。
その日、わたしは、近所の公園の遊歩道を歩いていた。なにもない場所をただ歩き、時に止まり、そしてまた戻る。行っては戻ってという不審な動き。
雨でよかった。わたしたち以外にだれもいないから。
淡い青のゆったりしたワンピースが、少しずつ湿っていく。ふと空を見上げた。
それから重さに引っ張られるようにして手元に視線を落とす。思わず目が引き寄せられる鮮やかなピンク色の派手なデザインのエコバッグ。きっと、写真になったとき、そこだけが浮いて見えるのだろう、と感じながら。
普段、エコバッグは使わない。
4冊目の書籍の担当編集、夏目凌。彼が、わたしに持たせたものだった。
「デザイン微妙っすけど、ほかになかったんでこれでー」
「でも……」
気に入ったデザインのもの以外はなるべく買わない。
そんなふうに過去に書いたことがさらさらと嘘になっていくみたいだった。
「じゃあ、自然な感じで歩き回ってください」
そんなふうに指示が飛ぶ。歩くたびに、踏みしめた草から湿った青くさいにおいが立ち昇った。
はじめは頬を霧吹きで濡らした程度の雨だったが、ミルク色の曇り空はだんだん濁っていった。やがて、ぼつぼつと大粒になってきたが、まだ写真は足りないという。
わたしは大きく枝葉を伸ばす木の下でじいっとしているように言われ、そこで正面からの写真を撮っていた。
「前にも言いましたけど、わたし、顔は出したくなくて……」
「とりあえず撮ってるだけだから大丈夫ですよ」
夏目は軽い笑みを浮かべた。
硬質な光を帯びたレンズの中心に目線を合わせるが、その中のどこを見ればいいのかがわからず、わたしはうろうろと目を動かしていた。こわばった頬のせいで、うまく笑えない。
正面からの写真を撮られるなんて、結婚式の前撮り以来だった。
木陰に隠れていても、雨は落ちてくる。
撮影が終わるころには、髪の毛は水を撒かれたように濡れ、服は生乾きのまま纏ったような不快感があった。
「じゃあ、戻りますか」
ちっとも濡れていない夏目が言った。
撮影部隊が引き上げる。これまでの撮影では、担当編集とカメラマン、そしてわたしの3人きりだったので、こんなに大人数なのは、はじめてだった。
ようやく傘を渡された。
「だいぶ濡れちゃってるじゃないですか。困るなあ。まだまだ撮影はあるのに」
夏目は眉根を寄せる。雨脚はどんどん強まり、道の端に水たまりができていく。蝶が紫陽花の葉の裏にひそむようにして羽を休めていた。
薄暗いトンネルを抜ける。
わたしたち夫婦が暮らす、たった10畳しかないワンルームのマンションへ、きっとはたから見たらなんの集まりなのかわからない一行は向かっていった。
玄関の重たい扉を開けると、夏目は苛立たしげな感じで、玄関マットに何度も黒い靴下に包まれた足をこすりつけた。
今回はじめて出会うカメラマンの宮脇は、どこか気の毒そうな目をわたしに向けて、玄関脇に用意しておいたタオルを「お借りします」と言って手に取った。顔に出てしまっていたのだろうか。
そのマットは、時間をかけて手作りしたものだった。
「天気がいまいちだな……」
夏目はため息をついた。
レース越しに差し込む、雨の日の柔らかい光では足りないらしい。結局カーテンを締め切って、蛍光灯のあかりの中で撮影がはじまった。
わたしはすっかり濡れてしまった髪の毛を乾かし、もう一度化粧をやり直す。へんなくせがついてしまったので、物撮りをしているあいだに、髪の毛をきつく編み込んだ。
「あ、あとこれこれ!」
夏目が紙袋を差し出した。
「なんですか?」
「んー? エプロン?」
なぜか語尾を上げて彼は言う。
「家事本はさ、これがないとですからね」
「……わたし、エプロンは使わないってブログで書いてますけど」
「今日から変えればいいんですよ」
「そんな……」
撮影はもうはじまってしまっている。後戻りは、できなかった。
こういうとき思うのだ。わたしがもっとベテランで売れっ子で、貫禄があったら。大して年の変わらない夏目にこんな態度を取られなくてもいいのだろうな、と。
夏目と出会ったのは、ほんの3ヵ月ほど前のことだった。
3冊目の本が重版したときだ。アポイントをもらって会いにいくと、彼は1冊の本をテーブルの上に置いた。
「こういうのを作りたいんスよ」
夏目はわたしより少しだけ年上。20代後半から30歳くらいの、体格の良い男性だった。
思っていた編集者像ではなかった。
本が好きというより、スポーツをやっていそうな感じ。スーツの上からでもわかるような厚みのある身体をしていた。
目は大きいのに、まぶたがきりっと直線的だから、けだるい雰囲気に見える。鼻すじはしゅっと通っているし、ぽってりした厚めのくちびるに色気があって、見るからにモテそう。
そして、彼の立ち居振る舞いから、本人もまた、それを自覚している印象を受けた。
夏目がテーブルに置いたのは類書。似たカテゴリの著者の本を指す。
たいていは数冊見せてもらうことが多かったのだが、その日彼が出したのはたった1冊だった。
「カメラマンからライターまで、すべてこの本をつくりあげた人を揃えます。リラさんの“ていねいな暮らし”をこの本みたいにしていきましょう」
思えばそのときから予感はあった。
けれどもわたしは、単に大好きな本をつくる仕事に携われるのがうれしくて、なにも考えずにうなずいてしまったのだ。
2.都心のバーで
夫の柊介が新歓で遅くなると言われたその日、わたしはとても久しぶりに、夜に外に出ていた。
地下鉄に乗って都内の中心部へ向かっていた。
吊り広告の中では、真っ白なエプロンをつけた女性がほほ笑んでいる。『いま、ここで続く暮らし』と題された本の書影が大きく載っていた。
《悩むのは空間と頭が容量オーバーだから。捨てるだけで、あなたは幸せになれる》
そんなキャッチコピーが添えられていた。これは彼女の本音なのだろうか? そんなことに思いをめぐらせていた。
車窓の向こうへ吹き飛んでいく街は、なぜか、知らない場所のように見えた。
夜になり輪郭が闇に溶けてしまうからなのだろう。代わりに昼間はなかった色とりどりの光が滲んで、別な世界に迷い込んでしまったかのように不安になった。
ゴオ、と窓を叩きつけるような音とともに、電車は地下にもぐった。
車内の明るさが際立ち、窓の向こうの世界は薄くなった。ぼんやりと座る自分の姿が映っているだけ。
数駅乗って降りた。外から店内の様子が見える、明るい雰囲気のバーで、わたしは編集者の末永江里と待ち合わせていた。
時間まで少しあったので、書店に立ち寄る。本はどんなものでも好きだけれど自分が書けるのは実際に体験したことだけだった。
生活実用書コーナーを覗くと、わたしの本が、棚に表紙が目立つように置かれていた。見つけるとほっとする。まだ、書いていける。そういう気がして。
小説を一冊だけ買って店を出る。
江里はきょうも洗練された都会の働く女性といった出で立ちだった。
同い年くらいだと思っていたら、ひと回り以上も年上で驚いたくらい、美しく華のある女性だった。
最初に見たとき目を引くのは、その眼差しだ。
江里は、きりりとした、意志の強そうな目をしている。細い眉毛はすっと直線的で、瞳も同じような印象を受ける。
ぱっちりして見えるから意外なのだけれど、よく見ると一重で、それでいて腫れぼったさがないからこういう凛々しい雰囲気になるのだろうなと思った。
「きょうも、綺麗ですね」
わたしが言うと、すでに飲んでいたらしい江里はからからと笑って「なあにー? 奢らないですよ」と薄いくちびるを歪めた。
「あのね、編集者って年齢不詳な人が多いんですよ。ほーら、これ。編集長。何歳に見えますか?」
そう言って江里が見せてくれた写真は、男性と撮ったもの。どう見ても30代にしか見えない。
「もうすぐ還暦なんですよ、編集長」
「50代……?」
「ね? 年齢不詳でしょう」
驚くわたしに、江里は微笑んだ。
その笑みにはどこか色気とけだるさが滲んでおり、暗い赤色のリップがひどく似合っていた。わたしも江里の年ごろになったら、そういう熟成された美しさを持つことができるのだろうか。
江里との付き合いは、はじめての著書を出した1年前から続いている。たくさんある暮らしブログの中から、ただの主婦のわたしを掬い上げてくれたのが彼女だった。
自宅での打ち合わせのために住所を伝えて驚いた。江里の住まいは、うちから徒歩10分の場所だったのだ。
会社帰りの江里とたまたま駅前のスーパーで出くわしたのきっかけで、食事をした。
編集者とは仕事上のやりとりだけで仲良くなれることはあまりないのだけれど、家が近いという共通点のおかげだろうか。
なんとなく馬が合い、プライベートでも彼女と会うようになった。月に1、2回は、美術館に行ったり、カフェに行ったりしていたが、バーははじめて。
バーカウンターの木目は、何度も磨かれた艶があり、グラスの音が心地よく響いた。天井から吊るされた古いガラスのランプが、琥珀色の光をテーブルに落としている。
「それでどうですか? 氷堂書店のほうは」
「うーん……」
わたしは言葉を濁した。
「そう言うってことは、あんまりうまくいってないのかな」
互いの顔がぼんやりと見えるだけの淡い灯りと、遠くから聞こえるジャズのメロディが非日常的で──今夜は誰かに本音を話しても大丈夫な気がした。
「いや、わたしの力不足だとは思うんです。でもなんていうか、江里さんって厳しかったじゃないですか」
「ちょ、なんですか」
江里がわたしの肩を小突いた。
きつめの美人である彼女は、お酒が強そうだが、意外なことに2杯ほど飲むともう真っ赤になってしまう。
「いや、悪い意味じゃないんです」
わたしは慌てて手を振った。
「厳しいっていうのは、怖いってことじゃないですよ。そこには本をよくするために”もっとできることがある“っていう熱意があって。だから良かったんです。赤字まみれになっても。納得して、ああ本当だ、力不足だった。くやしい。はずかしい。もっとがんばろうって思えました」
「リラさん……」
江里は驚いたように目を見開いた。
「あれから、いろいろお仕事をやってみて思ったんです。江里さんきっと忙しくて時間もなかったのに、即戦力にならない新人のわたしに声をかけてもらえたこと、本当に感謝してるんです」
わたしはそこで言葉を切った。
江里はグラスの細い部分をつまむように持ち、ジン・バックをこくりと口に含んだ。
「でも、今は、……夏目さんの厳しさは、なにか違う気がするんです」
「どう違うの?」
江里は、敬語になったり、フランクになったりする。前はそうではなかったから、すこしずつ距離が縮まっているのを感じて嬉しくなる。
「わたしを白石さんのコピーにしようとしてる、というか」
「え、白石さんって、『イマココ』の白石さん?」
わたしはうなずいて、つねに読み込むようにと夏目から押しつけられた”類書“を江里に渡した。
白石千晴という女性が書いた生活実用書のベストセラー本だ。
彼女は40代の女性で、子どものころから手仕事や片づけ、掃除が大好きな家庭的な女性。
「暮らしコンシェルジュ」という民間資格を持っており、それを肩書としているのだが、テレビなどでも取り上げられたことからその資格を取る人が爆発的に増えたそうだ。
大ヒットしたのが『今、ここで続くくらし』という1冊。通称『イマココ』と呼ばれている。
関東郊外で暮らす彼女の、快適でおしゃれな戸建て暮らしの様子が人気を博し、今では白石千晴はテレビや雑誌でよく見かける時の人となっていた
「この本と同じように作れば売れるからって。制作チームを丸ごと同じ方たちにお願いしていて、今回はライターさんもついています」
「リラちゃんが書くんじゃないんだ」
「……その、素人の主婦の文章なんか、だれも読みたくないからって」
わたしが夏目の言葉を思い起こして、途切れ途切れにいうと、江里はなぐさめるように背中を叩いた。
「……じゃあ、取材形式でやってるんですよね? 対面?」
「ライターさんと個別でメールのやりとりをしています。わたしがメールで打ったことをコピペして切り貼りしている感じだけど、でも、どちらの意向かはわからないですが、そこにわたしが伝えていないことまで含まれているというか。拡大解釈みたいな、感じ?」
江里は視線を落とした。
3.看板は、わたし
「本は著者だけで作り上げるわけじゃない。でも、看板はさ、著者ですからね……」
江里がぽつりとこぼす。
わたしもそれを心配していた。
江里といっしょに手がけたはじめての書籍を出版したあと、わたしのもとへ届いたのは、たくさんのうれしい言葉と、そしていくつかの心をえぐられるような言葉だった。
そのときは、もう、これまで育ててきたアカウントごとぜんぶ消してしまおうかと本気で思った。
直接わたしの手に届くものはなかった。
そうではなくて、ネットショップのレビューのような開かれた場で、匿名のだれかから攻撃されるのだ。
記入者が購入者かどうかは明示されるのだが、悪評を書き込んだ人物は購入者ではなかった。
それでいて、本を読んだ体で書き込まれた口コミは、本の内容には触れず、わたし自身をただ吊し上げ、批判し、「楽しみにしていた本なのにがっかりです」と、さも一読者のような顔をして書かれていた。
この仕事を受けることは自分で決めたのだから仕方がない。そう割り切ったつもりだった。
けれども、星1つのあの画面は、どんなときでも脳裏にこびりついていた。
洗いものをしていても、洗濯を干していても、あの言葉が頭の中から離れない。ぐっと息苦しくなり、しゃがみこんで、床にぼとぼと落ちる涙を眺める日すらあった。
1年経った今だからこそ、すこしずつ思い出す頻度が減ってきた。
記憶が淡くなってきた。
でも、傷ついたこころはずっと奥の方でじくじくと化膿したまま。完全に消えることはないのだろうと覚悟している。
批判の内容には、わたしの性格や、体型まで含まれていた。
いちばんショックだったのは、膝のお皿が大きいから、膝が完全に隠れるスカートじゃないと不格好です、というものだったっけ。
あれからロングスカートとパンツスタイル以外、できなくなってしまった。
夫といっしょに映画に出かけたときでさえ、上映前の広告のタイミングで、ふと涙腺が壊れてしまうことすらあった。こんなふうに吊し上げられているような人間が妻で申し訳ないという気持ちが湧き上がってくる。
足元にごくごく薄い氷が張っていて、その上を慎重に歩いているような感覚が、1日中、抜けない。
出版したことでたくさんの優しい言葉を贈られたのに、たった一つのその批判がいつまでも心の中で化膿していた。
しかも、それだけではなかった。はじめのころ、評価の星マークは4や5ばかりで、温かいコメントが多かった。けれども、たったひとつの悪評を皮切りに、評価1が、攻撃するようなコメントが続いた。
当時の江里の言葉が忘れられない。
「あのね、口コミには流れがあるんです」
「流れ……?」
「そう。良いコメントがついたら、共感した人が『自分も』と書き込みます。でも、悪いコメントがついたら大変なんですよ。そこから一気にアンチコメントが増えていきます」
はじめての体験に怖気づいているわたしを見て、江里が心配そうに言った。
そして、実際にそうなってしまった。数日後には、わたしの本のレビュー欄には、たくさんの「星ひとつ」が並んでいた。
彼らのやり口はひどく巧妙だった。
事実と事実をかけ合わせて嘘をつくるのだ。
たとえばある日、熱を出して寝込んで、夫の弁当をつくらなかった。それから1週間以上経ったある日、いつも通り夫に弁当をもたせ、江里との打ち合わせのためにカフェに寄った。
これを、時系列をぐちゃぐちゃにして発信する。
《夫の弁当を作らずに、自分は編集者とカフェで豪遊……こんなのが暮らし系の著者だなんて驚いてしまいます》
こんなフェイクストーリーのできあがり。
そしてそれを見て、事実を確認せずに騒ぎ出す人たちがたくさんいる。あっという間の「悪妻」のできあがりだった。
最初のひとりが出れば、それは「ゆるし」になるのだろうと思った。こいつは攻撃してもいい人間だ──と。
そうして、怒りを抱えた人たちが、どんどん石を投げ込む。
それでもアカウントを消さなかったのは、本作りが楽しかったからだ。
すっかり日々の習慣となった投稿はたのしく、Web上ではあるが親しく会話する人もたくさんできた。それをぜんぶ捨ててしまうことは、どんなに苦しい状況に立たされても、わたしにはできなかった。
結局、悪評には一切触れず、ぜったいにレビューを見ないことで乗り切ることにした。
「本を出すより、残るのがむずかしいんじゃないか。つくってて、そう思いますね」
江里がぽつりと言った。
「どこの版元だったかな、自殺未遂まで追い込まれた著者さんがいたって耳にしたことあります。原因はわからないですけど……」
そのはなしを聞いて、ぞっとした。
「江里さん、そういえばイヴさんの本を担当されたんですよね?」
「あれ、お知り合いなんですか?」
わたしは、うなずいた。
ちょうど今日、ポストに見本誌が届いていた。封を開けると、暮らし系のブログ仲間・児島イヴのはじめての著書が入っていた。
見本誌は書店に並ぶ本と同じ。見た目にはなんらかわりがない。でも、発売に先がけて関係者へ献本される特別な一冊だ。
著者同士でサインを書き込んで交換することも多い。
わたしは奥付から見ていくのが好き。
そしてイヴの本の最後に〈編集:末永江里〉と印刷されているのが目に留まり、思わず「いいな」と、胸の内でつぶやいていた。
イヴは「ものを持たない」を軸に”ミニマルライフ”を発信している。
三人の子どもを育てながらも、住まいは白を基調にすっきり整えられていて、いつ見ても心地よい。そのイヴが先月出版したのが、『ひとつだけ残すなら』という本だったのだ。
帯には、こんな言葉が添えられている。
「私だけが、疲れてると思ってた──そんなあなたに届けたい、静かな暮らしのはじめかた」
この一文に、心を掴まれた。イヴらしい、優しい文言は、わたしの新刊のギラギラした感じとは違った。
こうした本文以外の文章をどうするかは、編集者や出版社によって異なる。
江里といっしょに本をつくっていたときは、わたしが完全に指定するみたいなことはできないものの、方向性をすり合わせ、最後に確認もさせてもらった。
けれども今回は違う。すべて夏目がひとりで進めていた。
本作りが慈善事業ではないことを考えると、善悪とかそういうことではない。けれども、自分のものではない言葉がわたしの台詞としてどんと載ることには、やはり不安と抵抗があった。
4.孤独とランク
イヴと出会ったのは、もう2年ほど前。SNSでの”企画”がきっかけだった。
企画。あるいはイベント。これはべつにリアルで集まるようなものではない。お題を出して同じテーマで文章を書く、ほかのブロガーが提唱したゆるやかな交流の場だった。
そのなかで自然とやりとりが生まれ、いちばん親しくなったのがイヴだった。
「イヴさん、すごく丁寧で優しくて……好きなんですよ」
すこしお酒が入って素直になったわたしは、そう言った。
「実際の彼女も、そういう感じですよ。控えめで誠実なおかあさんっていう感じでした」
「うわあ、そうなんだ」
「あ、メールでも流しますけど『mame』で特集組むそうです」
『mame』は有名な主婦向け雑誌だ。思い入れのある媒体だったから、うれしかった。
「私は立ち会えないですけど、良い企画だと思います。いろんな方に知ってもらえるといいですね」
帰り道、すっかり酔っ払った江里といっしょに電車から降りた。
「江里さん、帰れますか?」
彼女は南口、わたしは北口のほうに家があった。別れるならここだった。
「だあいじょうぶ。……ねえ、リラさん」
彼女は真っ赤な頬をして、うるんだ目でわたしに言った。凛々しい顔立ちだけれど、じつは江里は、お酒が弱いのだ。
「ライターさんに書いてもらうことは多いです。それ自体は珍しいことじゃない。ふつうですよ。でもね、リラちゃんの文章、みずみずしくていいと思ったんです。肩書きがなかったときでも。だからあえて、私はリラちゃん本人に書いてもらったんですから」
江里はけらけらと笑いながら、わたしにハグをした。
目の前が滲んでしまった。
著者のしごとはひどく孤独だった。
今、4冊目の本を書いているが、”著者仲間“と知り合えることはほとんどなければ、密に連絡を取り合った編集者との付き合いも、本が書店に並ぶまでのあいだだけだ。それがむしろ普通なのである。──みんな仕事であり、多忙なのだから。
こんなふうにその後も連絡をくれたり、会えたりしているのは江里だけ。発売後に出版社を辞めて、連絡先がわからない担当編集だって何人もいる。その場限りの仕事なのだ。
もし彼女のように頼れる大人がいないままだったなら、わたしはもっと早くつぶれていたのかもしれない。そう思えてならなかった。
家に帰ると、夫の柊介がふとんをかぶって眠っていた。
飲み会ではなかったのだろうか。
向こう側を向いてすっかり寝入っているようだったので、わたしは毛布をかけ直して、暗い部屋でテレビをつけた。
音量0で見るテレビの中で、白石千晴が笑っていた。
生活実用書の著者という肩書は同じでも、華やかな世界にいる彼女と自分とでは、ずいぶん違うものだと思った。──著者にもランクがあるのだ。
自分が向こう側に行きたいかと言われたら、どうだろう。
売れるためには必要なのだろうか。わたしがほしいのは、お金とか名声じゃなくて、大好きな本作りに携わらせてもらうこと。
書店のない街で育ったわたしにとって、本は憧れだった。自分で本を選ぶたのしみを知ったのは高校生になって、中心地まで電車通学するようになってから。
──でもそのためには売れなければいけないわけで、そのジレンマに苦しんでいた。
「あれ……莉羅」
夫が起き上がった。顔色が悪い。
「どうしたの? 具合悪い? 飲みすぎた?」
「──いや、そういうわけじゃないんだけど」
柊介は歯切れわるく言った。そのときお腹が鳴る。ふっと頬が緩んだ。やかんでお湯を沸かす。しゅんしゅんと湯気が噴き出す音を聞きながら、梅干しを叩き、くずした豆腐といっしょにごはんにのせた。お茶漬けのもとをかけて、お湯を注ぐ。
「お茶漬け。いっしょにたべる?」
柊介はうなずくと、のろのろと布団から這い出した。
湯上がりにふとSNSを見る。
DMが届いている。
「ともちゃん……?」
知らないアカウントだった。開いてみるとそこには、わたしの本を読んで暮らしが変わったこと、人の目のあるところに写真を載せてもっと綺麗にしていきたいと思ってアカウントをつくったことなどがつらつらと綴られていた。
ものすごく長いメールで、5スクロールくらいしなければ全貌が見えてこなかったけれども、読み終えたあと、じんわりと胸が温かくなった。
そこにあったのは、著書の大ボリュームの感想だった。ページ番号とともに、このページのここが良かったと詳しく書かれている。
わたしはうれしくなって、ともちゃんをフォローバックした。
《100日後に美部屋になるともちゃん》と書かれたそのアカウントは、ビビッドな黄色の背景に、女性のイラストが描かれたアイコンをしていた。
ゆるイラストというよりも、鼻の穴が妙に強調されて、ちょっと自虐的なくらいコミカルに描かれた似顔絵だった。
投稿をのぞいてみる。
「あ……」
《【#今日のさよあり】 結婚式の内祝いでいただいたお菓子の箱。じつは片想いしてた後輩くんがいて。結婚してしまってショックだったこともあり、お菓子の箱すら捨てられなかったの。今日で決別します。ありがとう!バイバイ!》
内容にも驚いたが、「今日のさよあり」というのは、本のなかで紹介している試みだった。
ブログの読者から、なかなかものが捨てられないという悩み相談が届いて、1日ひとつ「今日のさようならとありがとう」をやってみるのはどうかと提案したことがあった。
”ともちゃん”のおかげで、胸の中の隙間がすこし、埋まったような気がする。
翌日、出来上がった初稿が届いた。
茶封筒の中には、クリアファイルが入っており、黄色のふせんに「戻しは3日後」とだけ書かれていた。
初稿とは、写真や文章、イラストなどをすべて入れこんで本の形にしたものを、見開き1ページずつ紙に印刷したものだ。
ここには編集者からの赤字が入っている。たとえば「トル」と書かれていたら、線を引かれた部分を消す。「ツメ」とあったら詰める。ほかにもいろいろな記号がある。
赤字といっても、すべてが「直せ」というものではない。内容が不明瞭な部分の確認であったり、提案であったりすることもある。
夏目から戻された原稿を見て思った。
”ただの主婦が書いた文章”なのにほとんどそのままコピペしてある。赤字がまったくなかった。
誤字の訂正がいくつか入っているだけ。ライターが書くもととなるアンケートを自分がわかりやすく書けたからなのか、それともライターの実力なのか、はじめはわからなかった。
けれども、読み進めていき、そのどちらでもないのだろうと思った。たぶん夏目は、きちんと読んでいない。
大きな変更はなかったが、言葉の端々に、自分では決して使わないワードが盛り込まれていて、驚いた。こういう書き方をしたら、煽っていると思われてしまわないだろうか。
ひやひやしながらふせんを貼り、確認を進めていったわたしは、あるページで思わず手を止めた。
そうして居ても立っても居られなくなり、夏目に電話をかけた。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡