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日記 │ いつだってないものねだり


卒業してすぐに家を出た。

進学先は、実家から遠く離れた大学。知り合いはいない。呼吸しやすかった。入学式までの数週間。新しい街を探索する。はじめての家事すら楽しい。実家ではつねに留守番を所望していたのに、スーパーに足を運ぶだけでもわくわくした。


入学式の日は雨が降っていた。道路に落ちた花びらは泥にまみれていて、ゴールデンウィークじゃないのに桜があるのが妙に落ち着かなかった。

そわそわする日々が続く。高校とはちがう。日によっては午前中のうちに家にもどってくる。そこからどう過ごしていいかわからない。
“友だち”はすぐにたくさんできた。でも、大学から近いからみんなが来るだけで、だれも自分のことを好きじゃないような気がして、すこしずつ断るようになった。


夜の静けさに耐えかねて家を出たわたしは、気になっていたカフェにそっと足を踏み入れた。メニュー表をひらく。可愛いイラストと文字。聞いたこともないような洒落たメニューが綴られている。

注文を取りに来たおねえさんに、なにがきっかけだったのかわからないけど青森出身だと話した。大学ではギャルに「あおもりちゃん」とあだ名をつけられていたので打ち明けるのには勇気が必要だった。

返ってきたのは予想外の言葉だった。

「私も」

おねえさんは言った。

「私も、地元、青森」



その日から、カフェはわたしの居場所になった。
淋しい夜はとりあえず家を出る。坂道を自転車で駆け下りる。カフェに着くとほっとした。

奥の席にパソコンを持ち込んで小説を書く。
おねえさんと話す。
甘いものを飲む。


やがて同郷のおねえさんは地元にもどったが、他のおねえさんたちと他愛のない話をし、救われていた。

夜、カフェに行くのは癒やしだった。でも、家にもどって扉を開けるとしんと心が冷えた。
ねむる前の情景は今でも覚えている。曇り硝子の向こう、明るい外廊下の光。冷蔵庫のぶうんという音。未来は不透明だった。


* * *


ある夜、ひいひい言いながら坂道を登っていた。まっ暗な道に書店がきらめく。「明日使うノートがない」と言われたのは、8時を過ぎてから。わけもわからず苛立っていた。
家のなかには音も物も溢れている。午前中は静かで綺麗だったのに。

そばには行きつけのカフェもあった。

ひとりでゆっくりしたいな──。

ないものねだりしながら、書店に自転車をとめる。



帰り道、ふと見上げた夜空に、星が滲んでいた。
うるさいけど愛おしい家まで、あとすこし。



(1,000字)







あとがき


夜にひとりで出かけるなんて夢みたいだと思いながら過ごしています。でも、今考えてみると、大学時代はふつうに毎日のようにそうだったんですよね。その代わり、ひとりきりで、家はいつもしんと静かだった。

あの時代には、あの時代の良さ──自由とか身軽さとか(なんならカフェどころか新幹線とか飛行機に乗っちゃうこともあった)──があった。
今だって子どもたちが大きくなった未来のわたしから見たら眩しいんじゃないかなあと。ときどき、立ち止まって現在地を確認したくなります。ないものねだりをしすぎてないか。

カフェのおねえさんには本当によくしてもらって、地元にもどられたあとも、何度か手紙のやりとりをしていました。



さて、こちらは、メンバーシップの最後の宿題(1000字日記)でもありました。

お題から「カフェ」「夜」を選びました。
採集した言葉は「感情語を使わない」。

進学先は、実家から遠く離れた大学。知り合いはいない。呼吸しやすかった。入学式までの数週間。新しい街を探索する。はじめての家事すら楽しい。実家ではつねに留守番を所望していたのに、スーパーに足を運ぶだけでもわくわくした。

この辺りです

いろいろ混ざりあった複雑な感情のうち、感情語は抑えめに表現してみました。

文字数がオーバーしてしまい、削るのがむずかしかった!

ばたばたしていてわたしのも遅れたので、もしよかったらあと3日ほど募集します。メンバーシップは予定通り3ヵ月──10月末で解散しましたが、slackは使えるので、感想はslackに載せる予定です。

感想記事のあとに、終わりのご挨拶をしますが、まずはお疲れさまでした!


今回は #なんのはなしですか エッセイでしたが、いろんなのを書いてみたくて、実用エッセイにも挑戦中。コラムでもエッセイでもない、中間な感じ。

▼「あおもりちゃん」呼びされた話。


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡