見出し画像

理解したけど腹落ちしない。そのとき見るのは"正しさ"じゃなく"感じ方"

理解したから、動きたい。

なのに、どこか
腹落ちしていなくて…動けない。


そんな状態になったこと、
ありませんか?

(このとき、言葉と感覚がズレていることもあります)
➤ 言葉と感覚がズレるときに起きていること


考えることはできるし。
言葉にすることもできる。


でも、それが
「納得している状態か」と言われると
ちょっと違う気がしてしまう…。


そのとき、わたしがやっていたのは、
「正しく選ぼうとすること」でした。


たくさんの選択肢から比較して、
ちゃんと選んだはず。

なのに、どこかピンとこない。


選択は、やろうとしたことは、
間違ってはいない。

でも、なぜか「好き」が薄い。


順番が少し違っていたんだ、と、
あとになってから気づきました。


納得って、
「考えてたどり着くもの」というよりも、
あとから「あ、これかも」って、
感覚として重なってくるものに
近い気がしています。


たとえば、

なんとなく気になって手に取ったものが、
あとからじわじわ好きになる感じとか。

理由は説明できないけど
「なんかいいな」が残っている感じとか。


わたしはこの感覚って、
ウィンドウショッピングに似ているな、
と思っていまして。


いろんなものを見て、
少しだけ触れて、
なんとなく通り過ぎていく。


そのときは「見た」し、
「かわいいな」「これ好きだな」「ステキだな」
「手持ちのどれと合わせようかな?」って、
考えたりもする。

でも、そこで終わってしまう。


あとには、何も残っていない感じ。


腹落ちしているときって、
たぶん、そこにもう少しだけ
『引っ掛かり』があるんです。


いい意味で、少し残る。


あとから思い出したり、
もう一度触れたくなったりする。


だから、
落としどころを探すときって、

「正しく選べたかどうか」よりも
「自分の中に何が残っているか」を見る。


軽やかさが残っているのか。
それとも、どこかに引っかかりがあるのか。

そんな観察をしてみる方が、
近づけるんだと思います。



起業について学んだとき。
noteを書き始めたとき。
コーチングを学んで
「さぁ、動こう!」と思ったとき。


どこか腑に落ちていない感覚が残っていると、
どうしても動けなくなってしまいました。

動くために。
学んだはずなのに。
止まってしまう。


でもそれは、
自分の感覚を置いたまま
進もうとしていたのかもしれません。

(この状態が続くと、動きづらさにつながることもあります)
➤ 感覚が置いてけぼりだと、どれだけ理解しても動けない


「正しく選ぼう」じゃなくて、
「どう感じているか」に目を向けたとき、


ふと、
「じゃ、こっちにしてみようかな」
と、思えるようになりました。



「納得」って、

つくるものというよりも、
気づいていくもの。


もし最近、ちゃんと選んだはずなのに
動けないな…と思うことがあったら。


「どんなふうにいま、感じているかな」と、
少しだけ、感覚を眺めてみると、
スッと進みはじめるきっかけが
訪れるかもしれません。

(感覚を置き去りにしないためのヒントに触れています)
➤ 自己評価より、嘘のない「自己一致」



では、また!


▼ コンタクトはこちらから ▼

今回の記事も、
最後までお読みいただき
ありがとうございます。

あなたの「静かな本音」を、ともに眺められる。
そんな場所のひとつでありたいと思っています。


必要なときは、ここから声を掛けてください。

公式LINE:▶りな|ReBuild Lab.(公式LINE)

Instagram:▶りな|ことばと感覚のズレを整える|Rebuild Lab.



ほかの記事も、感覚ごとに
テーマ別でまとめています。
いまのあなたに近いものがあれば、
こちらからどうぞ。
▼   ▼   ▼


いいなと思ったら応援しよう!