⑩誰にも救われなかった僕が、異世界では“上限なし”
居場所が、静かに消えていく
朝の街は、いつもと同じだった。
パンの焼ける匂い。
石畳を叩く足音。
呼び込みの声。
それなのに、
胸の奥が落ち着かなかった。
(……何かが、違う)
理由は、すぐに分かった。
視線だ。
通りすがる人の目が、
一瞬だけ、僕をなぞる。
露店の店主が、
言葉を途中で止める。
誰も、何も言わない。
でも、
見ている。
「……始まったな」
隣で、レイヴァが低く言った。
翼は隠している。
フードも深く被っている。
それでも、
“違和感”は消えない。
「世界は、
力で来ないと決めたらしい」
「……じゃあ、どうするの?」
「疑わせる」
その言葉が、
胸の奥に、冷たく落ちた。
昼前。
宿の前で、
主人に呼び止められた。
困ったような顔。
目を合わせない。
「……悪いんだが」
声が、少し震えている。
「今日は、
泊まりは遠慮してほしい」
「理由、聞いてもいい?」
少し、沈黙。
「……街が、
落ち着かなくてな」
「君たちが来てから、
妙なことが起きてるって」
……なるほど。
(……僕が、“原因”か)
「分かった」
それ以上、
何も言わなかった。
言えなかった。
宿を離れるとき、
背中に刺さる視線が増えた。
怒りでも、
恐怖でもない。
距離を取る視線。
それが、
一番きつかった。
昼過ぎ。
街の外れで、
人だかりができていた。
怒鳴り声。
泣き声。
嫌な予感がして、
足を向ける。
倒れた露店。
散らばった商品。
地面に座り込む、
年老いた男。
「……何があった?」
誰かが答える。
「排除者が出たのは、
あいつらのせいだって!」
「災いを呼び込んだんだ!」
……ああ。
(……そういう形か)
世界は、
“犯人”を必要としている。
そして、
一番分かりやすいのは、
僕たちだ。
老人が、
必死に首を振る。
「わ、わしは……
何も知らん……!」
声は、
人の波にかき消される。
拳を、
強く握る。
右拳の紋章が、
じわりと熱を持つ。
(……力を使えば、終わる)
一瞬で、
静かにできる。
でも。
それをしたら、
“正しかった”ことになる。
危険だから、
排除されるべき存在だと。
(……それは、違う)
一歩、前に出る。
喉が、少し乾いた。
「……違う」
声は、
思ったよりも通った。
人の視線が、
一斉に集まる。
「排除者が来たのは、
僕のせいかもしれない」
ざわめき。
「でも、
この人は関係ない」
「街を壊したのは、
僕じゃない」
「……ただ、
疑わせただけだ」
空気が、
張り詰める。
誰かが、
反論しようと口を開いた、そのとき。
「……そこまでだ」
低い声。
衛兵だった。
「これ以上、
揉め事を起こすな」
「今日は、解散だ」
不満の声を残しながら、
人々は散っていく。
老人が、
深く頭を下げた。
「……ありがとう」
何も言えなかった。
(……助けきれてない)
ただ、
先送りにしただけだ。
夜。
街の外で、
小さな焚き火を囲む。
火の音だけが、
静かに鳴っている。
「……これが、世界のやり方だ」
レイヴァが言う。
「剣を振るう前に、
居場所を削る」
「孤立させ、
選択肢を奪う」
……知っている。
同じことを、
僕は前の世界で味わった。
「……それでも」
火を見つめながら、
言葉を選ぶ。
「それでも、
僕は——」
「誰かを、
犠牲にする側にはならない」
「役割を押し付けられて、
使われる存在にもならない」
レイヴァは、
しばらく黙っていた。
そして、
小さく頷いた。
「ならば、
守るだけでは足りん」
「居場所を、作れ」
居場所。
その言葉が、
胸の奥に残る。
(……逃げ場じゃない)
(……選び続けられる場所)
焚き火が、
ぱちりと音を立てた。
世界は、
静かに牙を剥いている。
でも。
僕は、
まだ立っている。
誰かに決められた場所じゃなく、
自分で立つ場所を探しながら。
読者のみなさまへ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この章では
世界が剣ではなく“疑い”で牙を剥く瞬間を描きました。
派手な戦いはありませんが、
心を削る現実が、静かに始まっています。
もし
「この先が気になる」
「カイがどうやって居場所を作るのか見届けたい」
と思っていただけたら、
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