場所

宇野常寛氏のXより



子供でも大人でも、場の「仕切り屋」みたいなひとがいると不運だと思う。私が子供の頃に学級委員長や何かとリーダーに選任されていた時は、絶対に仕切りなどしなかった。今でもしないと思う。発想が違う。

仕切られたいひともいるから、仕切り屋が発生してしまうとも考えられる。自力で思考して精神的に自立してゆくのが「大人」というものであると想像しながら、私個人は子供の頃から生きて来たが、違う育ちと大人は多い。

宇野氏による「宇野書店」は、自由な感覚の人々が心地よく気楽に集まれる場所であると素敵だなと思う。私個人は20代の頃、特によく本屋へ行き、ファッションと食を抑えてでも本に出費していたことを懐かしく思い出す。