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第九章「深層心理」Act.2「稔之の過去(中学編)」 学園小説relationship

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Act.2「稔之の過去(中学編)」

六月の夜、湿り気を帯びた空気が澱(よど)む部屋で、中田の話は稔之の中学時代へと進んでいった。

中学進学を機に、二人の歩む道は物理的に分かれた。 入試に成功した綾香は、現在の高校の系列である私立の付属中学へと進み、稔之は地元の公立中学へと通うことになった。 稔之は変わらず綾香の家へと通い続けていたが、生活のリズムが大きく乖離したせいで、二人が顔を合わせる機会は激減した。中学二年の時、稔之の父親がニューヨークへ転勤となり、稔之は中学生ながら一人暮らしを始めることになった。 母親のいない生活には幼い頃から慣れていたため、家事そのものは苦にならなかった。部活と家事に追われて成績は芳しくなかったが、綾香の両親は勉強の面で稔之を責めることは一度もなかった。

しかし、稔之もまた多感な十四歳の少年だった。 誰にも甘えられない孤独と、自分に対する割り切れない不信感。そのやり場のない苛立ちを鎮めるため、稔之は放課後の校舎裏で、冷えたコーラを煽(あお)るのが習慣になっていた。

学園小説 relationship 佐藤真弓 決定ビジュアル アニメ調 100%再現 関谷稔之(中学時代・明るい色の髪・漆黒の瞳) 校舎裏 瓶コーラ セピア調 魂の同一性死守 [cite: 22, 2026-02-02]
中学時代の稔之。
放課後の校舎裏で、独りコーラの刺激に
意識を沈める関谷稔之

薄暗く、少し冷たいコンクリート壁に背を預け、炭酸の鋭い刺激が喉を焼く感覚に意識を集中させる。その一瞬だけ、稔之は自分のなかの濁った感情を忘れることができた。 あのプールの事件以来、綾香は明らかに稔之を避けていた。表面的には飄々と和やかに接してはくれるが、決して心に踏み込ませない見えない壁。あからさまに無視をしないのは、綾香なりの慈悲であり、稔之を追い詰めないための配慮なのだろう。 だが、幼い頃に自分に向けてくれたあの憧れの眼差しが、綾香の瞳に宿ることは二度となかった。 裏庭に居所を求める稔之の周囲には、いつしか同じように行き場のない不満を抱えた少年たちが集うようになっていった。

「ふむ……。やはり俺の予想通り、プールの一件以来、彼は道を外れ始めたというわけか。関谷という男は、良くも悪くも思考回路が非常に明快だな」

亮哉が腕を組み、中田の話に冷静な口調で応じた。

学園小説 relationship 佐藤真弓 決定ビジュアル アニメ調 100%再現 彩賀亮哉(センターパート・眼鏡なし・鳶色の瞳) 西谷武久(童顔・緑の瞳) 中田の寮 同一性の死守 [cite: 22, 2026-02-02]
中田の寮。稔之の中学時代の事件を聞き
峻烈なリアリズムを突きつけられる
彩賀亮哉西谷武久

(……関谷の親友を目の前にして、なんて言い草だ……)

西谷はうなだれたまま、ペットボトルのお茶を口にした。亮哉に悪意がないのは分かっている。これは彼なりの、綾香を救うための「事実確認」なのだ。中田もまた亮哉の言葉を遮ることなく、淡々と話を続けた。

「稔はバスケ部で目覚ましい活躍を見せる反面、グループで他校の生徒と衝突を繰り返すようになっていった。後でクラスの連中から聞いた話だけど、近隣の中学では、相当恐れられていたみたいだ」

そして、稔之が中学三年に進級する直前の、春休みの出来事だった。 その日、稔之は珍しく寝坊をし、待ち合わせ場所のコンビニへと急いで自転車を走らせていた。 慌てて自転車を止め、コンビニの裏側へ回った稔之は、その光景に立ち尽くした。 約束していた友人三人が、顔を自分の血で汚し、全身を痣だらけにして地面に転がっていたからだ。 原因は、その角に立つ大柄な少年だった。稔之も中学生にしては長身だったが、その少年の体躯は一九〇センチ近くあるように感じ、格闘技の選手のような威圧感を放っていた。

「関谷稔之ってのは、お前か?」

少年は剥き出しの憎悪を込めて稔之を睨んだ。稔之は一歩も引かず、その視線を跳ね返す。少年はいきなり、稔之の襟元を掴み上げた。 「この間は、俺の連れを随分エライ目に合わせてくれたじゃねーか」 少年はその仕返しのために、稔之たちを待ち伏せていたのだ。足元からは、倒れた友人たちの苦しげな呻き声が聞こえてくる。

「……先に手を出してきたのは、そっちの連れの方だったぞ」

稔之が挑発的な視線を向けた、次の瞬間だった。 容赦ない衝撃が、稔之の鳩尾(みぞおち)を深く抉った。そのまま地面に叩きつけられる。今までの喧嘩相手とは格が違った。相手の動きを、全く予測できなかった。 倒れた稔之の頬を、少年が冷酷に地面へと押さえつける。アスファルトの振動が脳を揺らし、稔之の口に砂利が入り込んだ。

「こいつらは、お前が連れじゃなかったら、こんな目には合わなかったのにな」

少年は足に力を込め、嘲笑した。 その時、コンビニでの買い物を済ませたらしい少女が、少年の傍らに寄ってきた。 「なあに? また弱いものいじめしてるの?」 その甘ったるい声に、稔之の全身が凍りついた。 その少女は……あの小学校の日、プールで綾香を突き落とした張本人だった。派手な化粧で容姿は変わっていたが、忘れるはずもなかった。 少女の姿を認めた瞬間、稔之のなかに、これまでの人生で味わったことのない激しい怒りが、そしてそれ以上に深い、繊細な悲しみが湧き上がった。

なぜ、俺の大切なものを、誰もが奪っていく? ……母親を。 ……綾香を。 ……そして、俺を必要としてくれた友人を。 俺が何をしたというんだ。一体、俺の何がいけなかったんだ!

その絶望に似た悲しみは、爆発的な攻撃性へと変質した。 稔之は少年の踝(くるぶし)を両手で掴み、渾身の力を込めた。突然の反撃に驚き、足を抜こうとする少年の足元で、圧迫から解き放たれる、鋭く重い摩擦音が響いた。 立ち上がった稔之は、苦痛に叫ぶ少年に荒ぶる感情をぶつけた。あっけなく崩れ落ちた少年を引き倒すと、悲鳴を上げて逃げ出す少女を全速力で追いかけ、その長い髪を掴み取った。

稔之の表情は憎しみと、そして自らへの呪詛で歪んでいた。 助けてと懇願する少女の声を無視し、稔之は二度、三度と、その顔を衝動に身を任せるように激情をぶつける。

「関谷、もうやめろ! 死んじまう!」 「君、もうやめるんだ!」

ようやく起き上がった友人たちと、異変に気づいたコンビニ店員の四人がかりで、ようやく稔之を押し止めることができた。 地面に組み伏せられた稔之の目から、再び悔し涙が溢れ出した。視界の向こうで、崩れ落ちた少女の姿が霞んで見える。 だが、その涙は少女に向けられたものではなかった。 他者を傷つけることでしか「守るべきもの」に触れられない、自分自身の心の弱さに対する、やり場のない悲しみの涙だった。

(……もし、あんたに出会わなければ。俺は、自分の心の醜さに気づかずに済んだのに)

稔之は四人の腕の中で、獣のような咆哮ではなく、幼子のように声を上げて泣き続けた。

小説 relationship 佐藤真弓 決定ビジュアル アニメ調 100%再現 関谷稔之(中学時代・泣き叫ぶ表情・漆黒の瞳) 地面に組み伏せられる描写 セピア調 魂の同一性死守 [cite: 22, 2026-02-02]
中学時代の事件当日。暴力の果てに
自らの弱さを呪い、泣き叫ぶ関谷稔之

その日の夜、水瀬家のリビングルーム。 綾香の両親、弘明と晶子は沈痛な面持ちで向かい合っていた。 事件の報を受け、二人が警察署へ駆けつけ、手続きを終えて帰宅した直後だった。警察では相手側の非も認められ、逮捕ではなく補導に近い「厳重注意」という形での引き取りとなったが、事態の深刻さに変わりはなかった。

ドアの隙間から、心配そうに顔を覗かせた綾香に気づき、弘明が静かに顔を上げた。 「綾香。明日は友達と尾道へ旅行に行くんだったね。もう早く寝なさい」 「そうよ。今の尾道は桜が綺麗でしょう。写真を撮ってくるといいわ」 晶子の言葉に、綾香は黙って頷き、ドアを閉めた。

(……関谷君に、何かあったんだ)

階段を上がりながら、綾香は直感していた。あのプールの件以来、稔之の心が荒んでいくのを肌で感じていたからだ。 一瞬、稔之に対する怒りと、どうしようもない哀れみが綾香の心のなかで激しく交錯した。

稔之の苦しみを和らげたいと思う。 だが、あの時自分を裏切った稔之を、どうしても許すことができない。

綾香は幼い頃、大人しく内気だった自分がいじめられていた時のことを思い出した。あの時、父親に連れられて行った山歩きの風景が、何よりも自分を癒してくれた。 人の心は、常に他人が癒せるものではないのかもしれない。 「でも、明日は桜の写真を撮ろう」 他人に安らぎを求めることは間違いではない。けれど、人は皆、最終的には自分の足で立たなければならないのだ。人を労ってばかりいれば、いつか自分が潰れてしまう。だから、自分を自分で癒せる術を持たなければならない。 綾香は父親から譲り受けたカメラを、大切に旅行鞄へと収めた。

「私たち……稔之君を預かったこと、間違っていたのかしら」 リビングで、晶子がぽつりと零した。ある日を境に、あんなに屈託のなかった自分の娘が変わってしまったこと。綾香の両親はプールの事件の詳細は知らない。しかし、晶子は、娘の心の変調の原因が稔之にあることに薄々気づいていた。 「仕方ないさ……。新しい父親が、彼を敬遠していたのだろう」 弘明が妻を慰めるように言った。 「あら、私は……稔之君の方が、新しいお父さんに懐こうとしなかったと聞いていたけれど……」

どちらの言葉も真実であり、どちらも断片でしかない。人は、自分に都合の良いように現実を解釈し、記憶を書き換えていくものなのだ。

「この事件で補導歴がついた稔は、他の高校はすべて不合格になってしまったんだ。だけど、たまたま、うちの学校は体育科にバスケの強い生徒を欲しがっていた。それで、稔はこの学校に入学することができた。……もちろん、稔の親父さんが相当な寄付金を積んだという噂もあるけどね。でも、入学の経緯がどうであれ、稔がここまでやってこられたのは、本人の努力と実力だと俺は思うよ」

話を終えた中田は、大きな溜息をつくと、手元のジュースを一気に飲み干した。

「ありがとう、中田君。大体の話は分かった。今日はもう遅いから、これで失礼するよ」

亮哉は深く頭を下げて礼を言うと、迷いのない足取りで部屋の外へと出て行った。 残された西谷は、申し訳なさそうに中田を見送った。

「なんだか、ごめんな、中田。彩賀は悪い奴じゃないんだが、融通が利かないというか……真っ直ぐすぎるんだ。それに、君は関谷の親友だろう? 彩賀にあんなことまで話してしまって、良かったのかい?」

中田は穏やかな表情のまま、少しだけ遠くを見るような目で応えた。

「何が本当に、稔のためになるかなんて……俺には分からないからさ」

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