第五章「夕陽が別つ 3人の運命」 Act.1「求める物は?」 学園小説relationship
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Act.1「求める物は?」
十二月初旬の日曜日、午前十一時。 電車を乗り継ぎ一時間半をかけて、綾香はT駅のホームへと降り立った。
改札口を抜けると、傍らのベンチに彩賀亮哉が腰掛けていた。 出会った時と同じように、耳にはワイヤレスイヤホンを装着し、手元のiPhoneで何事かを確認しながら文庫本に目を落としている。 歩み寄る綾香に気づき、亮哉は顔を上げて爽やかな笑顔で立ち上がった。
「いつも、音楽を聴きながら本を読んでいるんだね」 出会い頭、綾香は亮哉に対する率直な印象を口にした。 「時間を無駄にするのが好きじゃないだけさ」 亮哉はさらりと、余裕のある口調で応えた。二人は早速駅舎を出て、目的のR寺庭園へと向かう。 気温は低いが、雲一つない快晴だった。
駅から北に数百メートル歩いたところに、R寺はある。 亮哉と並んで歩きながら、綾香はT市の街並みを見渡した。 歴史と文化の街と称されるだけあり、土塀に囲まれた黒瓦と白壁の建物が目立つ。一方で、私立大学を擁する学生街でもあり、古風な街並みの中に学生アパートが点在していた。 綾香が住む新興住宅地とは、明らかに空気が違っていた。
綾香は隣を歩く亮哉を、こっそりと観察した。 (……こういう風情のある街に住んでいるから、彩賀君も落ち着いて見えるのかな) 額にかかる鳶色の髪と、力強い意志を秘めた瞳。仕立ての良いジャケットを羽織り、真っ直ぐに背筋を伸ばして歩く姿は、同年代の男子生徒よりも遥かに大人びた雰囲気を醸し出している。
視線に気づいた亮哉が、綾香の方を向いた。 慌てて目を逸らそうとする綾香に、亮哉は静かな微笑を投げかけ、再び前を向いた。 その自信に満ちた笑みに、綾香は彼が自分へ抱いている興味を改めて突きつけられた気がした。 (……あまり、引き込まれないようにしないと) 綾香は自制するように、彼とわずかな距離を保って歩き続けた。
ほどなくして、R寺庭園に辿り着いた。 石段を上り、拝観料を支払って建物の中へと進む。 板張りの廊下は冷え切っており、その冷たさが靴下を通して足裏に伝わってきた。畳の湿り気を含んだ匂いと、微かに漂う香の煙が鼻をくすぐる。 いくつもの部屋を抜け、視界が拓けた瞬間、白砂の庭園が二人の目の前に現れた。
地面一面に熊手で筋を引かれた白砂利は、静かな波打ち際を思わせる。 左手には背後の山畔に沿って見事なサツキの大刈り込みがあり、中央には歳月を感じさせる風格のある石組みが二箇所。 そして、その庭園の背景には――。
「遠くに山が見えるだろう? あれはA山というんだ。作庭者は、庭を造る際にこの一帯の自然に溶け込むように設計した。これが『借景』という技術だよ」
亮哉の説明を聞きながら、綾香は遠くのA山を眺めた。 庭園の白砂利を見下ろすようにそびえ立つその山は、まるで大海原に浮かぶ孤島のようだった。
二人は縁側に腰を下ろした。 亮哉の解説は淀みなく続く。
「水を使わず、砂利で水辺を表現する庭を『枯山水(かれさんすい)』と呼ぶ。多くは島が浮かぶ海の光景を意識したものだ。雄大な自然を、身近な空間に取り込みたいという精神から来ているんだね」
綾香は黙って、亮哉の声に耳を傾けた。 大きな瞳は庭園を見据えたまま、その美しさを吸い込もうとしている。 「水瀬さんも、そうだったんだろう?」 唐突に問いかけられ、綾香は隣に座る亮哉と目を合わせた。

枯山水の庭園を見つめる彩賀亮哉と水瀬綾香。
「……あの公園の一角に、君も自然の光景を見出した。だからこそ、あのシャッターを切ったんだろ?」
冬の冷たい風が吹き、亮哉の前髪が柔らかく舞い上がった。 亮哉の射貫くような、それでいて深い理解を湛えた瞳をしばらく見つめていた綾香は、ゆっくりと、だが深く頷いた。
R寺を出た後、二人は石段のそばにある喫茶店に入った。 地元のテレビ番組でも紹介されたという和風パフェが評判の店で、店内は多くの客で賑わっていた。 綾香は色鮮やかなパフェを楽しみながら、亮哉からT市の歴史や名所についての話を聞いた。
亮哉の話し振りは丁寧で、話題も驚くほど豊富だった。綾香は一度も退屈することなく、彼の言葉に聞き入った。 (……友達として付き合うなら、本当に楽しい人かもしれない) 店を出る頃には、綾香は亮哉に対していくぶんか胸襟を開いていた。
店の扉を開けた亮哉は、ふと腕時計を確認した。 「随分と話し込んでしまったな。……そろそろ、駅まで送るよ」 時刻は午後四時前。 西に傾き始めた陽光が、歴史ある街並みを橙色に染め始めていた。
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