第五章「夕陽が別つ 3人の運命」Act.2「両者ご対面」 学園小説relationship
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Act.2「両者ご対面」
駅へと戻る道、二人は来た時とは違う、川沿いの土手を歩いた。 夕暮れが近づき、頬を打つ冬特有の乾いた風はどこまでも冷たい。綾香はGジャンの襟元を正した。枯れ草の匂いが、一層の寒さを連れてくる。
「今度来る時は、カメラを持ってくるね」
T市の街並みの佇まいを、綾香は心から気に入っていた。今日、機材を持ってこなかったことを後悔しているほどだ。 「そうしたらいい。俺は武ちゃんほど写真は詳しくないが、協力はできる」 綾香の満足げな様子に、亮哉も嬉しそうに応えた。
沈みゆく太陽が、周囲の風景を一気に茜色へと染め上げていく。 雲一つない空に広がる、見事な夕焼け。その光景を目にした瞬間、綾香はふと懐かしい感覚に襲われた。 幼い頃、外でひとしきり遊んだ後、家へと帰る時の風景。母親からいつも言い聞かされていた『必ず、暗くなる前に帰るのよ』という約束。まだ小さな背中に、赤い夕焼けを浴びながら家路を急いだ、あの感触。
古都を照らす太陽は、過去の記憶を鮮明に描き出すかのように、一段と赤く染まる。土手の斜面を覆う枯草は、まるで赤い絨毯のように見えた。
ふと、綾香が土手を染める夕陽を見た時、文化祭の時と同じ清涼な風を感じて亮哉を見た。「……辺りが真っ赤だね。こんな凄い夕焼け、久しぶりだよ」感嘆のあまり、独り言のように綾香が呟いた。
その呟きに振り返った亮哉は、思わず言葉を失った。夕陽が放つ強烈な光芒を正面から受けた、綾香の美しさに。
逆光の中で、彼女のさらさらとした髪は一本一本が赤い糸のように透過して輝き、透き通る肌は、内側から光を放つ朱色のガラス細工のように現像されていた。亮哉を映す大きな瞳は、沈みゆく陽光をすべて吸い込んだ深紅の宝石のようだ。
そして、微笑みにほころんだ唇が、世界が闇に沈む直前の「最後の煌めき」のように見えた時、亮哉の胸の奥は、これまで知っていたどんな論理よりも峻烈な熱を帯びた。
(……この子は、これほどの輝きを秘めていたのか)

照らされる水瀬綾香の美しさに
釘付けになる彩賀亮哉。
亮哉は、自分の頬が夕陽以上に熱く火照るのを感じた。落ちゆく太陽の破片が、光の雫となって彼女の髪に絡みつく。それは、これから訪れる運命の変転と、その果てに待つ「唯一の希望」を予感させる、あまりに鮮烈な一瞬だった。「……どうしたの?」 立ち止まったままの彼を、頬を紅く染めた綾香が不思議そうに覗き込む。 亮哉は自分の無粋を悟った。あまりに、彼女を見つめすぎていた。 「なんでもない」と言いかけ、亮哉が歩み寄ろうとしたその時。 山合いの方から冷たい突風が吹き上げた。
風に飛んできた枯葉の一枚が、綾香の髪に絡まる。 亮哉は咄嗟に、彼女の方へ手を伸ばした。 だが、その行動が仇となった。
「……っ、キャッ!」
いきなり耳元に伸びてきた亮哉の手に驚き、綾香は思わず後ずさった。枯草に足を取られた綾香は、そのまま、斜面を滑り落ちてしまった。
午後五時前。稔之の住むアパート。 ベッドの上で半分眠りながらテレビを見ていた稔之は、iPhoneの鳴る音に目を覚ました。 相手は綾香の母親、晶子だった。
『稔之? 綾香がね、遊びに行った先で捻挫したみたいなの。迎えに行ってくれない? お父さんは今日はゴルフに出ていないのよ。場所はT市の駅に行けばいいみたい。お願いね』
一気に眠気が吹き飛んだ。 「……全く、あいつは……」 不機嫌そうに舌打ちしながら、稔之はベッドから跳ね起きた。 素早く着替えると、彼はアパートを飛び出した。
一時間後。 駅構内のベンチに亮哉と座っていた綾香は、改札の方から近づいてくる、聞き慣れた足音を耳にした。 その時、綾香の心の中に、一瞬だけ奇妙な影が走った。
(……え?)
不思議だった。いつもなら、助けに来てくれる稔之の存在を頼もしく感じるはずなのに。
改札の向こうに、予想通り稔之の姿が現れた。 稔之と目がぶつかった瞬間、綾香は彼の眼光がいつもより一層吊り上がっているのを感じ、声をかけるのを躊躇った。
その様子を察し、横にいた亮哉が立ち上がると、稔之に向かって深く、真摯に頭を下げた。 「お兄さんですか? 水瀬さんに怪我をさせてしまい、申し訳ありません。僕の不手際なんです。遠い所から迎えに来てくださって、大変ご迷惑をお掛けしました」
亮哉は本気で申し訳ないと思っていた。その声には、自分への自信とは別の、誠実な謝意が込められていた。 一瞬、三人の間に妙な沈黙が降りた。
「……ぷっ」 その沈黙を破ったのは、綾香の堪えきれない笑い声だった。 「ははっ、違うよー。彩賀君、関谷君はね……」
亮哉の勘違いを解こうと説明を始めた綾香を、 「綾香! 早く帰るぞ」 と、稔之が大声を上げて遮った。
綾香は一瞬、名残惜しそうに亮哉を見たが、ゆっくりと稔之に支えられながら歩き出した。 稔之は亮哉の存在を以前から知っていた。学年一の秀才で、女子生徒の憧れの的であることも。

憤慨する関谷稔之、そして笑い声を上げる水瀬綾香。
(彩賀……あいつ、綾香を狙っているのか) 今はまだその気配はないが、稔之の胸の内には、未知の焦燥が渦巻き始めていた。
家路を急ぐ急行電車の座席。 窓の外はすでに夜の闇に包まれている。 稔之の隣で、綾香は駅前に彼が現れた時の自分の心境について考え込んでいた。
(何故、私は関谷君が現れた時、あんなに暗い気持ちになったの……?)
連絡して一時間足らずで駆けつけてくれた稔之。 それなのに、自分は彼に来てほしくないと無意識に願ってしまったのではないか。 自分の都合が良い時だけ彼を頼り、自分の新しい世界を邪魔されたくないと拒む。そんな身勝手な自分が恥ずかしかった。 綾香は隣に座る稔之の肩を、しっかりと握りしめた。 (……ごめんね、関谷君) 綾香は瞳を閉じ、心の中で静かに詫びた。

自責の念に沈む水瀬綾香。
午後七時半過ぎ、二人は水瀬家の玄関に入った。 靴を脱ぎ、痛む足を庇いながら上がりまちに腰掛ける綾香に、 「……部屋まで、手、貸そうか?」 と稔之がぶっきらぼうに言った。 「大丈夫」 綾香は強い声で応えた。
これ以上甘えてはいけないという彼女なりの意志だったが、稔之には、それが静かできっぱりとした拒絶に聞こえた。 「いつもありがとう、関谷君」 礼を言うと、綾香はぎこちない足取りで、一人で階段を上がっていってしまった。
玄関に立ったまま、稔之は階段の先を見上げた。 薄暗くて、二階の様子はよく見えない。 今はこんなに近くにいても、彼女の領域には立ち入れない。
稔之には、その階段が、自分と綾香の間を阻む巨大で見えない壁のように感じられた。
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