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第八章「インターハイ予選決勝」Act.4「亮哉、動き始める」 学園小説relationship

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Act.4「亮哉、動き始める」

タッタッタッ。 暑い午後の陽射しが照りつける中、アスファルトを叩く自分の足音だけが、綾香の胸に重く、速く響いた。不意に溢れ出す涙を、綾香はその都度指先で拭う。

あの事件の日。お互いの想いを打ち消し合うのが、言葉にせずとも二人の間の暗黙の了解だったはずだ。いや、想いなどという綺麗なものではなく、互いの裏切りを記憶の底に沈め、忘却することこそが、生きていくための術だった。別々の中学校へ進み、意識的に距離を置いたことで、綾香はあの事件を完全に過去のものにしたつもりだった。忘れるために、稔之への想いを消し去るために、綾香は懸命な努力を重ねてきたのだ。

家での食事の時間さえ、稔之とは意図的にずらした。付かず離れずの、そこそこ仲の良い幼馴染として振る舞うこと。それが二人にとっての幸福だと信じて疑わなかった。現に、稔之も中学時代には何度か彼女がいたという噂も耳にしていた。だが、稔之は綾香と同じ高校を選び、再びその想いを隠そうとはしなくなった。綾香はその熱量に薄々気づきながらも、わざと一層の距離を置くことで自分を守ってきた。しかし、あの夜の一件以来、積み重ねてきた誤魔化しと辻褄は、音を立てて崩れ去った。

いっそのこと、稔之の真っ直ぐな気持ちに応えられたら、どれほど楽だろうか。けれども、あのプールで見上げた稔之の表情は、今でも綾香の心を凍りつかせる。それに、今の綾香には亮哉という存在があった。その証拠に、綾香は今、無意識のうちに亮哉を求めて走っている。日頃は辟易(へきえき)してしまうような亮哉の尊大な態度が、心が激しく揺らぐ今の綾香には、不思議なほどの安心感を与えていた。

朝の待ち合わせ場所でもあった正面玄関まで辿り着いたとき、ちょうど帰る準備をしていた西谷たち写真部一同と、亮哉に鉢合わせした。西谷は、今にも崩れそうな綾香の様子を察し、心配そうに視線を向ける。西谷は下を向いたままの堀田と悠平に外へ出るよう促すと、綾香の方へ歩み寄ろうとした。だが、その肩を亮哉が軽く叩き、制した。亮哉が「ここは俺に任せろ」と言うように短く頷く。

「分かった。じゃあ僕たちは現像をしなくちゃいけないから、学校に向かうよ。水瀬さんは、今日はひとまず帰ってね。明日、部活に来るんだよ」

西谷は、大人びた柔らかな微笑を綾香に残すと、堀田たちを連れて門の外へと出て行った。

綾香と亮哉は、体育館西側の沿道を黙ったまま並んで歩いた。綾香の涙はすでに止まっていたが、瞳の周りは赤く腫れたままだ。

「私、……関谷君に、ひどいこと言っちゃった」

まだ嗚咽の波が引かない綾香は、途切れ途切れに亮哉へ打ち明けた。

「関谷とは長い付き合いなんだろう? そりゃ、衝突することもあるさ」

亮哉は、シャッターを切った直後の綾香の、あの鬼気迫る表情を思い出していた。あの時の綾香の怒りは、傍観していた亮哉の肌にも突き刺さるほど強烈なものだった。綾香と稔之の間には、他人が容易く踏み込めないほど長い時間が積み重なっているのだろう。それは決して、美しい思い出ばかりではないはずだ。近くに存在しすぎれば、悪い部分も見えてしまうし、煩わしさに息が詰まることもある。

亮哉は木陰にある、涼しげな雰囲気のベンチを見つけて腰を下ろした。綾香も、導かれるようにベンチの端に座る。

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木陰のベンチ。自らの過去を打ち明け、
涙を拭う水瀬綾香と、
その言葉を静かに受け止める彩賀亮哉

木々の間から、ミーン、ミーンと蝉の声が聞こえてくる。少し気の早い蝉もいるものだ。腕時計の針は四時を回っていたが、周囲はまだまだ真昼のような明るさを保っている。亮哉は無言のまま、周囲の木々を見巡らせた。亮哉は、綾香が自らの意思で話し出すのを、静かに待っているのだ。

十五分ほど経った頃だろうか。ようやく落ち着きを取り戻した綾香は、小学校時代の、あのプールでの出来事をゆっくりと話し始めた。

「だけど、私もズルいよね。あの事件があってからも、私、ずっと世話を焼いてもらっていたんだ。なのに、今になって昔のことを責めるなんて……」

すべてを吐き出した綾香は、同時に自らの非を認めるようにうなだれた。

「関谷が水瀬さんのことを気にかけるのは、単に好意を持っているからだけではないだろう。ご両親にも世話になっているし、それに、その好意の内容も……一種の家族に対する情愛のようなものも含まれているんじゃないのか?」

「うん……分かってる。だから、私も関谷君に対しては、家族のように接しようとしていたんだ」

しかし、やはり異性同士の幼馴染。微妙な感情のズレが生じてしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。亮哉は足を組み替えた。今、綾香の心は完全に自分に寄り掛かっている。ここで綾香に対して都合の良い言葉を吐けば、綾香を完全に手に入れることができるだろう。だが、第三者が遠くから安全な言葉を投げるのは容易いことだ。そんな一時の誤魔化しで綾香を繋ぎ止めたところで、先が見えている。綾香と稔之が自らの心に嘘をついて、本当の幸せを掴めなかったように。

(僕は、水瀬さんの意思で、僕を選んでもらいたい)

亮哉は稔之と違い、一時の感情や勢いで物事を決定する性格ではなかった。亮哉はスックと立ち上がった。

「水瀬さん、今日のところはひとまず帰ろう。俺が言うのも何だが……これは今日明日で答えが出る問題ではない。そりゃあ本心を言えば、関谷とこれ以上仲良くならないのは俺にとって都合がいいことだが、どうもスッキリしない」

実は、亮哉は綾香の話を聞きながら、数箇所、どうしても合点がいかない部分に気づいていた。

明けて、月曜日。授業を終えて部室へ向かおうとしていた西谷を、亮哉が呼び止めた。

「武ちゃん。萱原さんが前、言っていたよな。関谷の友達が、関谷と水瀬さんの昔のことを知っているみたいだって」

「ああ……中田君がね。……って、まさか彩賀!」

「ふふん。『むやみに人のプライベートを探るんじゃない』だったか? だが俺は武ちゃんと違って、当たらず触らずといった考えとは違うんだ。あれだけ水瀬さんが苦しんでいて、放っておくわけにはいかない。……というか、もう中田という男に会う約束は取り付けてある」

「おいおいおい! 確かに物事を解決するにはまず情報からと言うけれど、そんな早急な……」

全くもう、彩賀はいつも強引なんだから、と西谷は呆れ果てた。

「時間は明日の午後七時。場所は中田のいる寮だ。ちなみに、武ちゃんも同席することは既に決定している」

不敵な笑みを浮かべながら、亮哉は西谷にも強引に約束を呑ませた。

「俺一人じゃ、彼も本心を言わないかもしれない。だが武ちゃんは中田と部長会議で同席したこともあるんだろう? それに、君には人の警戒心を解かせる特技があるからな。じゃあ、部活頑張れよ!」

言うだけ言うと、亮哉はツカツカと廊下を歩み去っていった。西谷は、言い返す気力さえ失い、ただ溜息をつくしかなかった。

そして、翌日の約束の時間。

「ここが中田の部屋か」

西谷を伴って寮を訪れた亮哉は、言うなりドアのベルを鳴らした。しばらくしてガタンと物音がした後、ゆっくりとドアが開き、柔和な表情をした少年、中田伸道が顔を覗かせた。

「中田君。先日はインターハイに向けた練習で忙しい中、無理を言って悪かったな」

口上こそ礼儀正しい亮哉だったが、その姿勢はすでに部屋へ上がり込む準備を終えていた。亮哉の強引な振る舞いに顔を引きつらせながら、西谷も「どうも」と小さく会釈した。 (うちの友人が大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません……) 西谷は必死に目線で謝罪を伝えながら、部屋の中へと入っていく。中田は「別にいいよ、気にしないでくれ」と言うように、西谷に笑いかけながら首を振った。

三人が畳の間に座り込むと、中田は静かに切り出した。

「この話は、俺も部長になったとき、監督から聞いた話なんだ。まあ……どこにでもある話と言えばそれまでだけど、捉え方はそれぞれだからな」

中田は最初にそう断りを入れると、落ち着いた表情で、ゆっくりと亮哉と西谷に向かって語り始めた。

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中田伸道の寮の一室。夕陽が差し込む中、
親友である関谷稔之の過去を語り始める中田。

第八章「インターハイ予選決勝」 完

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