OBSERVER(オブザーバー)|第7話 違和感
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LOG 06 欠落
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LOG 07 違和感
翌朝。雨は止んでいた。
気象予測履歴には、雨そのものが存在していなかった。降っていないことになっている。しかし久瀬の手元には、昨日濡れた漆黒のスーツの、乾ききっていないわずかな重みが残っていた。
七海が端末を覗き込む。
「やっぱりですか」
「ああ」
久瀬は画面を閉じた。
「雨はなかったことになってる」
七海は眉をひそめる。
「私も見ました」
「そうだな」
「じゃあ降ったじゃないですか」
正論だった。久瀬は答えられない。
事実として降った。記録としては存在しない。
矛盾。
監査局が最も嫌うもの。
その時、通知が鳴る。
【新規死亡案件 No.1151】
場所は市立中央図書館。
死亡者は二十六歳女性、司書。
図書館は静かだった。
机に伏した状態で発見された。開いたままの貸出記録。
最後に返却された本。
タイトル:『観測者』
争った形跡なし。
薬物反応なし。
外傷なし。
端末には最後の入力。
《これで終われます》
数万冊の紙の本が並んでいるはずなのに、そこには埃の匂いすらなく、冷え切った空気とインクの匂いだけが漂っている。
久瀬は現場を見回す。
本棚が妙に整いすぎている。
苦しんだ形跡がない。
眠るような顔。
それが、久瀬には何より異様だった。
違和感。
棚の奥。黒いコートを着た彼が立っていた。
久瀬はすぐ向かう。
「待て」
彼は本棚の陰へ消える。
追う。角を曲がる。誰もいない。
だが床に、折り畳まれた古い紙が落ちていた。紙には何も書いていない。
しかし久瀬が触った瞬間だけ、文字が浮かぶ。《観測するな》
「何これ」
「見えるのか?」
思わず聞く。七海は怪訝そうな顔をした。
「紙ですよね?」
久瀬は少し息を吐く。七海には真っ白な紙に見えている。
図書館の映像を確認した。しかし、久瀬が紙を拾う瞬間、棚の奥に彼は映っていなかった。
解析室。別モニターが点灯する。送信元不明。
件名:【宮坂直人】
動画ファイル。日時は三年前。
宮坂直人、生きている。
再生ボタンを押す。
映るのは観測研究棟の廊下。
宮坂の机は片付いていない。
コーヒー。
付箋。
本。
宮坂は急いでいた。何かから逃げるように。
そして、突然立ち止まり、誰もいない空間を見て言った。
『まだ早い。久瀬には知らせるな』
その一瞬、画面端の画素が不自然に反転し、黒いコートの男の影が映る。
映像が乱れ、停止する。久瀬は拡大する。荒い。だが分かる。
間違いない。同じ人物だった。
三年前、宮坂はすでにこの異常のなかにいた。そして久瀬を巻き込むまいとしていた。
「久瀬さん、手が……」
七海の声にハッとする。
無意識に机の縁を凝視していた久瀬の指先が、白くなるほど強く強張っていた。
七海が呟く。
「一体誰なんですか」
久瀬も知りたかった。
夜、解析室を出た久瀬は、駅前広場を通って帰宅していた。
ベンチに彼が座っている。
久瀬は歩み寄る。彼が笑う。
「ようやく来た」
「誰だ」
「君はまだ、僕を認識してない」
少しだけ寂しそうに笑う。意味が分からない。
彼は続ける。
「だから説明しても無駄」
久瀬は苛立つ。
「宮坂を知っているな」
彼の表情が変わる。少しだけ真剣になる。
「知ってる」
彼は空を見上げた。そして、静かに言った。
「宮坂は最後まで人間だった」
低く、どこか平坦な響きだった。
その声のトーンも、言葉を区切るテンポも。
久瀬自身のそれと、不気味なほどに一致している気がした。いや、まるで自分の脳の奥から、自分自身の声が遅れて鼓膜に響いてくるような、形容しがたい悪寒が走る。
「君は、まだそこじゃない」
胸がざわつく。理由もなく、嫌な予感がした。
その瞬間、視界にエラーが走る。
【───:31%】
数字だけが表示されている。
だが、その数字が何なのか。それは表示されなかった。
システムはいつもそうだった。
必要な情報だけを与え、必要ではない疑問を残す。
彼の姿が人混みに溶ける。
その夜、久瀬は夢を見た。若い宮坂が笑っている。
『お前は向いてない。観測者』
窓際の男が久瀬を見て、初めて名前を呼んだ。『透』
枕元の端末が勝手に起動する。
【プロセス進行中】
頭の奥で何かが回転していた。
忘れていた記憶が、───ゆっくりと噛み合い始める。
【観測ログ No.07】
───:31%
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