見出し画像

OBSERVER(オブザーバー)|第4話 連鎖

▼ログ履歴参照
 LOG 03 削除済み

閲覧権限:承認済


LOG 04 連鎖


【新規死亡予測通知 No.1144】
対象:西園寺真琴
所属:大学院生・御影研究室所属

久瀬は画面を見たまま固まっていた。

偶然。
そう判断するには、出来すぎている。

宮坂直人。
藤崎悠斗。
そして今回。全員が同じ研究室。
同じテーマ。未来予測。

七海が端末を覗き込む。
「……またですか?」
久瀬は頷いた。
「関連性が強すぎる」
「教授に連絡する?」

「先に」
久瀬は立ち上がった。
「現場へ行く」

対象者の居住区は市街地東部。
死亡予測時刻まで二時間。まだ生きている。
本来なら予測は公開されない。
だが監査局には閲覧権限がある。

七海が歩きながら言った。
「あの」
「なんだ」
「もし止められたらどうしますか?死亡を」
監査局は未来を管理する。
変える組織ではない。少なくとも建前では。
だから、久瀬は正しい答えを知っている。だがなぜか言葉が出なかった。

七海が苦笑する。
「悩んでる」
「悩んでない」
「悩んでますよね」

視線を逸らす。七海は少し笑った。
久瀬は小さく息を吐き、無意識に端末の縁を強く握りしめた。
七海のその呑気な笑い声に、狂いそうな思考がわずかに凪ぐのを感じた。

到着。
西園寺真琴は研究室内にいた。
まだ生きている。
当然だ。死亡時刻はまだ先。

「監査局」
西園寺が言う。
「来ると思ってました」
久瀬は眉をひそめる。
「なぜ」
「宮坂先輩の件、調べてるんですよね」
「何か知ってる?」
七海が聞く。

西園寺は少し考える。正確には、頭の中のデータベースから正しい回答を検索しているように見えた。
「知っています。宮坂先輩のことも──」

西園寺は、まるで明日の天気予報でも伝えるかのような平坦なトーンで言った。
「だから、私も死にます」

沈黙。

七海が顔を上げる。久瀬は西園寺を見る。
西園寺は本気だった。冗談ではない。脅迫されている様子もない。
恐怖もない。穏やかだった。
それが異常だった。

「理由は」
久瀬が聞く。
西園寺は不思議そうに首を傾げた。
「幸福だからです」
心臓が止まりそうになる。同じだ。宮坂と。藤崎と。
「何が幸福なんだ」
思わず声が強くなる。
西園寺は驚いた顔をした。なぜそんな質問をされるのか分からないみたいに。
「全部です」
静かな声。
「私は満たされています。不安もありません。問題もありません」

七海の顔色が変わる。久瀬も気づいていた。
言葉が似すぎている。
まるで誰かが書いた原稿を読んでいるみたいだった。

西園寺との面会を終えて監査局へ戻る途中、端末が震える。

【新規死亡案件】
対象:西園寺真琴
状態:執行済み

七海が息を呑む。
「まだ二十分も……」
「予定より早い」
久瀬はアクセルを踏み込んだ。
「研究室へ戻る」

到着した頃には、建物の前には救急車の赤色灯が回っていた。
救急隊。警察。
床には倒れた西園寺。
外傷なし。心停止。

幸福度:91
ストレス:5
異常なし。

なのに死んでいる。さっきまで平坦な声で「幸福だから死ぬ」と言っていた人間が、完璧なデータだけを残してモノに変えられていた。
七海が言う。
「おかしいですよね」

久瀬は窓の外を見る。雨だった。 肌にまとわりつく、湿ったアスファルトの匂い。 あの日も、こんな雨だった。
予測は正しい、データも正常。
なのに、目の前で人間の命だけが、まるですりガラスを拭うように簡単に消し去られていく。

その時、端末が振動した。新規通知。
久瀬は開く。

そして、息を止めた。
【死亡予測通知】
No.1144
No.1145
No.1146
No.1147

増えている。一気に。
七海も凍りつく。
「……四件?」

久瀬は画面を見る。
いや、違う。数字が更新され続けている。

1148
1149
1150――
止まらない。

件数、十七。

《御影研究室関係者》
誰かが、研究そのものを消そうとしている。

その夜、緊急会議が開かれた。
監査局本部。全員の顔が硬い。
スクリーンには十七名。
最上段、西園寺真琴の名前の横に《執行済み》の赤い文字。

上席が言う。
「一日で十七件」
重い声。
「前例がない」
誰も答えない。情報管理官が口を開く。
「原因は研究データ流出の可能性があります」
久瀬は顔を上げる。
「流出?」
「宮坂直人が扱っていた予測不能領域」
情報管理官は淡々と言う。
「社会不安を誘発する危険情報です」

七海が眉をひそめて言う。
「だから突然死ぬ、とでも言いたいんですか?」

会議室が静まる。情報管理官は七海を見た。
「口を慎みたまえ」
冷たい声だった。
何か引っかかる。

この人は、本当に何も知らないのか?
あるいは、知りすぎているのか。

会議終了後、久瀬は御影に連絡した。応答なし。完全に消えている。
七海が言う。
「逃げた?」
久瀬は首を振る。根拠はない。しかし、そんな人ではない。

その時、端末に一件のファイルが届く。
送信者不明。
まただ。動画だった。

ノイズだらけの映像。暗い部屋。
誰かが座っている。
数秒後。顔が映る。
宮坂直人。

久瀬は息を呑む。七海も固まる。
映像の宮坂はカメラを見る。何かを言おうとしている。
だが音声はない。
代わりに、画面へ文字が出る。

《観測するな》

ノイズ。

《見つかる》

ノイズ。

《あいつは人間じゃない》
《もう見られている》

映像が途切れる。画面が暗転する。
七海が小さく呟く。
「……あいつ?」
久瀬は答えられない。

次の瞬間、動画が履歴ごと自動削除された。
何も残らない。

帰宅途中。夜の駅前。
人が行き交う。いつも通り。
完璧な都市。完璧な秩序。

なのに、久瀬は気づいてしまった。
子どもが笑う。サラリーマンが笑う。駅員も笑う。誰も怒らない。
行き交う何百人もの足音や話し声があるはずなのに、久瀬の耳には、それがひどく遠く、ガラス越しに聞く剥製の街のように静まり返って聞こえた。
異様なほどに穏やかだった。

その時、人混みの向こう。また、彼が立っていた。
街灯の下でこちらを見ている。通行人は誰もぶつからない。
久瀬は初めて彼へ向かって自分から歩き出した。

距離が縮まる。
十メートル。
八メートル。
五メートル。

彼が笑う。そして言った。
「やっと気づいた?」
久瀬は立ち止まる。
「何に」
彼は肩をすくめる。
「世界が静かすぎること」

通行人が横切る。視界が白く切れる。
次の瞬間、彼はいなかった。

【観測ログ No.04】
予測外死亡:17件
状態:異常拡大


#創作大賞2026
#ミステリー小説部門

▼ログ更新
 LOG 05 空白


▼観測ログ一覧


いいなと思ったら応援しよう!