OBSERVER(オブザーバー)|第5話 空白
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LOG 04 連鎖
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LOG 05 空白
十七件。
偶然では説明できない。久瀬は端末を閉じた。
考える。整理する。
だが、整理するほど理解できなくなる。
翌朝。
監査局の手前。七海が猫に餌をあげていた。
「禁止だ」
「見逃してください」
七海が訴えるような目で久瀬を見る。
「過度な栄養は毒だ。気をつけろ」
久瀬が目をそらして言う。
七海はにやりと笑った。
しゃがみ込んだ七海の服の袖が、アスファルトの泥で少し汚れている。そんな無駄や汚れを気に留めない七海の拙さが、冷え切った朝の空気の中で、久瀬の目には奇妙なほど暖かく映った。
監査局。
空気が重かった。廊下を歩く人間が少ない。
皆が同じニュースを見ている。御影研究室関係者の集団失踪。
まだ死亡は確認されていない。しかし予測は出ている。
残り時間は短い。
七海が隣を歩く。
「寝ました?」
「少し」
嘘だった。ほとんど寝ていない。
七海はすぐ気づいたらしい。
「クマできてますよ」
「そうか」
「そうですよ」
七海は少しだけ笑った。久瀬はその顔を見てなぜか安心した。
調査室。
対象者リストを再確認する。
空白。
三日前、午後十一時三十二分。全員同時。記録なし。
存在しない。
久瀬は画面を見る。あり得ない。
藤崎の残した意味不明なノートが、一瞬だけ脳裏をよぎる。
「見つけました?」
七海がコーヒーを置く。久瀬は画面を指した。
七海の表情が変わる。
「消されてる?」
久瀬は首を振った。
「違う。最初から記録されていない」
削除なら痕跡が残るはずだ。
七海が小さく呟く。
「監視カメラもですか?」
「ああ、全部だ」
「……怖いですね」
久瀬も同じだった。
その時、調査室の扉が開く。情報管理官だった。
「その案件から離れてください。上層部命令です」
久瀬は顔を上げた。
「理由は」
「上層部命令です」
「理由になっていません」
空気が張る。
七海が小さく息を止めた。
情報管理官は表情を変えない。
「久瀬監査官」
「はい」
「あなたは最近」
一拍。
「判断に私情が混じっている」
まただ。会議の時と同じ。
久瀬は聞く。
「それが理由ですか」
「十分な理由です。監査官は予測を観測する立場です。介入する立場ではありません」
どこか焦っているようにも聞こえた。
情報管理官が去った後、七海が言う。
「何か隠しているようにしか見えません」
「そうだな」
久瀬は否定しなかった。
現時点では、十分あり得る。
高権限。
情報隠蔽。
捜査妨害。
条件は揃っている。犯人。そう考えるのが自然だった。
だが、何か引っかかる。
もし犯人なら、あまりにも分かりやすい。
昼、再び大学へ向かった。
御影研究室。
封鎖済み。立入禁止。人はいない。
しかし、久瀬は一つ気になっていた。
研究室で何が起きたのか。研究室の端末は停止していた。
七海が言う。
「これ」
久瀬は近づく。
古い補助記憶装置。バックアップ媒体。
最近ではほとんど使われない。
七海が接続する。復元開始。
数秒後、動画が表示された。
ノイズ。研究室。誰もいない。
タイムスタンプ。
午後十一時三十一分。
空白の直前。映像が揺れる。
そして、誰かが映る。
宮坂直人だった。
久瀬は息を止める。七海も黙る。
宮坂は急いでいる。何かから逃げるみたいに。
そしてホワイトボードへ近づく。
ペンを取る。何かを書く。
その瞬間、映像が乱れた。
激しいノイズ。画面が白くなる。
再生停止。終わり。
「一体何を書いたんでしょうか」
七海が呟く。
久瀬は答えない。
だがホワイトボードはまだある。研究室の奥、久瀬は歩いた。
ホワイトボードには、強く消し拭いた跡があった。鼻を突く、揮発性の高い消去液のツンとした匂い。世界が宮坂の言葉を慌てて消そうとした、その焦りの痕跡のようだ。
懐中電灯の光を斜めから当てる。うっすらと、残っていた。
《この世界は嘘をつく》
久瀬は息を呑んだ。
その一文だけが、今まで積み上げてきたすべての前提を静かに崩し始めた。
帰り道。雨が降っていた。
人々は傘を差して歩く。
誰も急がない。誰も怒らない。誰もぶつからない。
七海が立ち止まる。
「久瀬さん」
久瀬は振り返る。
七海は交差点を見ていた。
「あれ、おかしくないですか?」
信号待ち。信号は青だ。
なのに、数十人の歩行者が、示し合わせたように微動だにしない。傘を傾けることもなく、ただ前だけを見つめて立ち尽くしている。
久瀬の頬を、叩きつける雨の冷たさが濡らした。だが彼らは、冷たさを感じる神経すら凍結されているかのように、瞬き一つしない。
雨粒だけが傘を叩いていた。誰もその音を聞いていないみたいだった。誰一人として互いの顔を見ない。
──世界のネジが、急に止まってしまったかのような、異常な静寂。
次の瞬間、全員が同時に歩き始めた。信号は変わっていない。青のまま。
久瀬は寒気を覚える。
夜。帰宅。端末を開く。
十七名のデータ。
空白時間。御影失踪。宮坂の動画。
全部が繋がりそうで、繋がらない。
その時、視界の端の窓ガラスに誰かがいた。
彼だった。
久瀬は振り返らない。今度は逃げない。
「誰だ」
そして、ガラスの向こうから声。
「質問が違う」
久瀬は目を細める。
彼は少しだけ悲しそうに笑う。
「誰じゃない。何だ」
久瀬は言葉を失う。彼は窓越しにこちらを見る。
久瀬自身を見ているようだった。そして、静かに言った。
「まだ思い出してないんだね」
雷が鳴り、光が走る。一瞬、部屋が白くなる。
次の瞬間、誰もいなかった。
端末が通知音を鳴らした。
開く。そして凍りつく。
【新規案件】
対象数:17
ではない。
対象数:24
七人増えていた。
増えた七人は、全員違う職業。
記者。医師。元研究員。システム監査技師。
《宮坂直人と接触歴あり》
久瀬は息を止める。
根本的な何かが、宮坂の残したものを、消そうとしている。
【観測ログ No.05】
状態:解析不能
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