山の暮らしの物語36 絵日記に残る 日食
<このシリーズは
戦後、ある山村に実在した一家をモデルとして、創作したものです >
日食
ゆきちゃんが二年生になると、絵日記が毎日の宿題になりました。
ゆきちゃんは、日記は一生懸命に書いたようですが
お絵描きの方は苦手らしく、描かないページもあり、けっこういい加減なものでした。
でも、ちょっと面白い発見もあるのです。
今回は、遠い昔の絵日記に残る 歴史的なシーンをご紹介します。
ネット記事より転載
1958年(昭和33年)4月19日,金環日食が南西諸島から伊豆諸島にかけて起こりました。
又、この日の日本列島は晴天に恵まれ,全国各地で深い部分日食が見られました。
この記事によると、日食が起きたのは、昭和33年4月19日でした。
山の学校でも、子供達が下敷きを持って校庭に出て、大騒ぎで部分日食を観察したようです。
そして、ゆきちゃんはこの日の出来事を、絵日記に残してあります。
かすれていますが、一番上の日付に 四月 十九日 とあるのがわかるでしょうか。

なんとも、すごい絵 (^^) で
ご紹介する私も、照れちゃいますが
当時の子供の絵はこんなものだったのか
ゆきちゃんが、とびきりお絵描きが苦手だったのかは、分かりません。
そして、この絵の中には
きっと同級生のまあちゃんも、四月に一年生になった従姉妹のメイちゃんもいた事でしょう。
きれいな赤い文字は
ゆきちゃんが大好きだった 担任の女先生のものらしいです。
ごんぱち ( 山菜 )
こちらの日記は、日常的な山の暮らしのワンシーンのようです。

この頃、小学二年のゆきちゃんのおうちには
弟の文ちゃんのために、子守りの姉やさんがいて
住み込みで一緒に暮らしていたようです。
その子は現在の中学生くらいで、学校に通っていたとは思えません。
詳しくは分かりませんが、
たぶん、お給金など出なかったのではと想像します。
食べさせるだけ、いわゆる口減らしだったのではないかと。
そんな時代だったようです。
村中が貧しい暮らしでしたが
ゆきちゃん一家は、少しは暮らしにゆとりがあり
ゆきちゃんも、人形や、おもちゃのピアノ、蓄音機、レコード 絵本など
いろいろ買ってもらっていたようです。
だから、母さんが畑仕事で忙しい時期には、子守りを頼めたのでしょう。
その姉やさんが、弟の文ちゃんを背負い
ゆきちゃんは、お人形さんをおぶって
二人で、家のまわりのあちこちに出かけたらしいです。
野いちごを摘んだり
山菜を採ったり
谷川でサワガニを捕ったり
時には、山を降りてご近所まで遠出したのかもしれません。
山菜の中でも、ごんぱちは、ポンッと折って
その場で皮をむいて生で食べられるのです。
ちょっと酸っぱいけれど
お菓子の少ない当時の子供達のおやつだったみたいです。
現在でも、この地方では、山菜として人気があります。
「ごんぱち」は、正式には「イタドリ」
地域によっては「すかんぽ」とも呼ばれ
春になると、日本各地の山に自生する山菜の一種である。
太くて若く、よくのびた茎は簡単に折れて
油炒めや煮物、和え物、佃煮などの調理方法があるが、
油との相性がよく、サッと炒めるとコリコリとした歯ごたえとほんのりとした酸味が美味しい。
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