会えなくても、見えなくても、確かにこの世界に存在している#28
出会いと別れの春。
切なくて、ほろ苦いこの季節は、
正直少し苦手。
私の心だけが、
いつも置いてけぼりになるような気がして。
どこかのタイミングで離れて、
もう会わなくなった人たち。
今、その人は私の前にはいない。
それでも、
確かにこの世界のどこかに存在している。
会えなくても、見えなくても、
確かにこの世界に存在している。
ちょうど去年の春、
長女の小学校入学と同じタイミングで、
県外に引っ越しをした。
長女が生まれてからずっと過ごしてきた場所を、離れることになった。
長女は、てんかんの持病と発達障害があって、幼稚園に入園するまでの私は、
ずっと孤独を感じながら子育てをしていた。
そんな中での幼稚園入園。
一気に世界が広がった。
先生たちや、同じように発達特性のある子を育てるお母さんたち、そしてお友だち。
それまで孤独だった私たちを、
たくさんの人が支えて、励ましてくれた。
本当に、幸せな時間だった。
そして卒園のとき。
県外に引っ越す私は、
そのすべての人たちと離れることになった。
胸が張り裂けそうだった。
大切な人たちと、もう会えなくなる。
それが悲しくて、切なくて、
またあの孤独に戻ってしまうような気がしていた。
幼稚園でお世話になった先生方との
最後の日。
私は、涙が止まらなかった。
毎日、娘の話を楽しそうに
話してくれた先生。
私の愚痴や相談にも、
時間を惜しまず付き合ってくれた。
心が折れそうなとき、
泣いている私の背中をさすってくれた。
時には一緒に泣いてくれた。
そんな先生方と、
もう会えないんだと思ったら、
どうしても涙が止まらなかった。
私の世界から、
いなくなってしまうような感覚があった。
私の日常はこれからも続いていくのに、
そこに、みんなはいない。
自分の心だけが、
取り残されたような感覚だった。
その存在が、思っていた以上に大きくて、
目の前がまた暗くなった気がした。
最後のお別れのとき、先生は手紙をくれた。
そして言ってくれた。
「お母さんを応援したい」と。
それらは今でも、私の宝物。
挫けそうになったとき、
その手紙を読み返す。
先生がくれた言葉を思い出す。
私は今も1人じゃない。
会えないからと言って、
あの時間を、思い出を、
失ったわけじゃない。
すべてが消えたわけでもない。
会えなくても、見えなくても、
確かにこの世界に存在している。
私の心の中に、
あの頃の思い出や、あの言葉が、
今もちゃんと残っているから。
これから先もずっと、
消えることはない。
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