白でも黒でもない私 #146
私は、白黒思考に陥りがちだと思う。
0か100か。
100点ではないなら、0点だと。
でも本当は、白と黒の間には、
数えきれないほどのグラデーションがある。
その名もない色たちを、
いつの間にか見落としてしまう。
私は、少し完璧主義なところがある。
こうして記事を書くときも、書くからには
完璧なものを出したいと思ってしまう。
一語一句、過不足のないものを。
それ自体は悪いことではないと思う。
でも問題は、それが本当に“完璧”なのかどうか。
自分が完璧だと思ったとしても、
読む人にとってそうかどうかは、
また別の話だから。
本当の完璧なんて、どこまでいっても
辿り着けないものなのかもしれない。
じゃあ、完璧じゃないものは0点なのか。
きっと、そんなことはない。
100点と0点の間の、
どこかにあるはずなんだと思う。
白か黒かの二択じゃなくて、
一本の線の上にある、どこか。
本当は、それだけのことなのに。
でも、曖昧なものは見えにくい。
はっきりしないものは、
どこか不安で、落ち着かなくて、
つい白か黒かに分けたくなってしまう。
その曖昧さを受け入れる余裕がないときほど、人は極端になってしまうのかもしれない。
もし、その曖昧さや不完全さを、
そのまま許せたなら、
本当はもっとたくさんの色を知ることができるのかもしれない。
鉛筆で描かれた絵は、
白と黒だけで描かれている。
でも、濃淡によって、
いくつもの色が生まれる。
真っ白でも真っ黒でもないからこそ、
そこに深みが生まれる。
人も、きっと同じなんだと思う。
不完全なままでいることを許せたとき、
白でも黒でもない、
その間の色で生きていけるようになる。
灰色とか、グレーとか、
そんな名前すらいらないのかもしれない。
何だかわからない。
でも確かに存在している“色”。
名前すらないそんな色の存在を、
そのまま許せたのなら。
ぼんやりとした、
何者でもない自分の存在も、
この世界のひとつの色として、
認められるのかもしれない。
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