うまくいかないとき、心が押しつぶされそうになる #91
やることなすこと、
うまくいかなかったとき。
自分の中から、自分を責める声がする。
その声に、押しつぶされそうになる。
でも、そんなときこそ考えてみる。
その声は、
上手くできなかった“事柄”に
向けられているのか。
それとも、
私という“存在”そのものに
向けられているのか。
押しつぶされそうになっているとき、
その声は大抵、自分という“存在”を
まるごと否定している。
例えば、人と話していて、
うまく言葉が出てこなかったとき。
「ああ、うまく話せなかったな」
ここまでは、ただの事実。
でも、
「うまく話せなかった自分は、ダメな人間だ」
それはもう、事実じゃない。
上手くできなかったことと、
自分という人間は、本当は切り離して
考えなければいけないはずなのに、
頭の中の私は、たった一つの出来事から、
「全部ダメだ」と決めつけてしまう。
その声をそのまま受け取ってしまったとき、
人は押しつぶされそうになる。
それはもう、正当な振り返りじゃなくて、
“過剰な否定”だから。
その声はきっと、
自信のなさからくるものだと思う。
弱い自分を守るために、強くあろうとして、
生まれるものなのかもしれない。
でも、弱っているときに叩かれても、
人は強くなれない。
むしろ、少しずつ壊れていってしまう。
自分に、「大丈夫だよ」って
言ってあげられる自分の方が、
本当は、ずっと強くなれるはずなのに。
今この瞬間、
うまくできない自分がいたとしても、
それで自分の価値まで決まるわけじゃない。
上手くできないこともある。
上手くできない自分もいる。
でも、だからといって、
ダメな人間だと決めつけるのは、
裁判もされないまま、いきなり重い判決を
言い渡されるようなものだと思う。
何がいけなかったのか。
どこまでが間違っていたのか。
これからどうすればいいのか。
そうやって考えていく過程こそ、
本当は一番大切なはずなのに。
自分の背中を押すために、
少し厳しくなることはあってもいい。
でも、叩いて、叩いて、
壊れるまで叩き続ける必要なんてない。
上手くいかなくて、
押しつぶされそうになったとき、
自分に聞いてみたい。
私は今、自分のことを、
叩きすぎていないだろうか。
自分が守りたいものを、
自分で壊そうとしていないだろうか。
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