見出し画像

【小説】夢能力 #3

#1はこちら!

前の話へ


 アイラが部屋に戻ると、ドアの前にシグマが立っていた。

「今日の予定の変更はありません。早速勉強を始めましょうか」

 いつもと同じように、自室でマンツーマンの勉強会が始まる。

 しかし今日は、全く学習に集中できない。

 爆発がいつ起こるのか──

 爆発が起こったらどう逃げようか──

 そのようなことを常に考えていたため、学習に身が入らず、その都度アイラはシグマから注意を受け続けた。

 しかし、そんな想像も虚しく、時計の短針は数字を重ねていく。



 そして夜。就寝時間になってしまった。



【ピンポンパンポン! 今日も一日お疲れさまでした。まもなく就寝の時間です。それではおやすみなさい】


 無機質な放送を聞いて、アイラは読書をやめてベッドへ向かった。
 落ち着くために読書をしていたが、結局内容は頭に入ってこなかった。時計を見ると時刻は21時。今日が終わるまではあと3時間しかない。

 横になっても眠りにつけない。いや、眠ってはならない。もしもの時に逃げ遅れてしまう──

 アイラは起き上がり、再び本を取ろうと棚に向かった時──



バゴォォォン!



 轟音と共に施設が揺れた。



(爆発だ──)


 慌てて部屋のドアを開けると、アイラと同じように部屋の外を覗く子供の姿がちらほら見受けられた。
 通路にいた数人の監視員は、こそこそと顔を近づけ合って話をしている。
 フロアの階段から、切羽詰まった表情の監視員が現れた。ラムダだ──

「一階で何かが爆発した! 監視員は近くの夢能力者を連れて脱出せよ!」

 通路の端からラムダが叫んだ。



その時!



 凄まじい爆音とともに、勢いよく飛んできた扉が叫んでいるラムダの背中に直撃。ラムダがその場にうつ伏せで倒れた。
 どうやらすぐ近くの部屋でも爆発が起きたらしい。
 その部屋から伸びる火の手が、倒れているラムダに向かって徐々に伸びていく。

「おい誰か! 助けてくれぇ! 火が、火がぁ!」

 足を骨折したのだろう。這うように進むラムダの元に助けに行く監視員はいなかった。

「逃げろぉぉぉ!」

 誰かの叫び声と共に、フロア内はパニックに陥った。
 建物の至る所から爆発音が聞こえる中、夢能力者と監視員たちは、我先にと別の階段へと向かっていく。
 その集団にアイラもついて行く。

「熱い! 誰か!」

 炎に蝕まれていくラムダに背を向け、逃げ惑う者たち。その姿は人間の真意を表していた。特に監視員は惨たらしい。
 「ニュー」の名札を付けた監視員は人を突き倒しては進み──

 倒れている人を踏みつけては進み──

 悪魔のような表情で逃げていた彼も、爆発に巻き込まれて体が吹っ飛ばされてしまった。

(ここは地下2階だから……早く1階に上がらないと!)

 絶えずどこかから爆発音が聞こえている。逃げ場を失った煙も立ち込めているため、一刻の猶予もなかった。
 通路には人が倒れている。夢能力者だろう子供。監視員の姿もあれば、白衣を着た研究員の姿もあった。
 聞こえてくるのは、火が燃える音や建物が崩れる音、そして人の泣き声や悲鳴。



 まさに地獄絵図──



 血を流したり、焼け焦げたりして倒れている彼らを避けながら、アイラは階段を目指していく。



 *



「おい! アイラ!」

 アイラが階段を見つけて地下1階に上がった時、後ろから声を掛けられた。
 アイラが振り向くとダイが階段を上ってきている。

「ダイ兄ちゃん!」

 アイラがダイに飛びついた。ダイはアイラの頭を優しく撫でる。

「思ったより大事になったな。どこに爆弾が仕掛けられているか分からないし……至る所から出火していて危険だらけだ」

「エア姉ちゃんは──」

 ダイは険しい表情をしながら、首を横に振った。

「でも、きっと無事だよ。生きて外の世界で会うって約束したし……」

「探しに行こうよ!」

「残念だけど探している余裕はない。今は自分の命を優先しよう。早くここから脱出しなければ丸焦げになってしまうぞ」

 二人がいるのは地下1階。ダイが階段を上り始めたため、アイラがその後に続く。しかし──

「これはひどいな……」

 地上へと続く階段には瓦礫が積み重なっており、通れるような隙間さえもなかった。

「ここが通れればすぐに逃げられるのに! 仕方がない、別の道を探そう」

 ダイを先頭に、一階へとつながる階段の探索が始まった。
 行っては戻り、行っては戻りを繰り返して、道を一本ずつ潰していく。
 普段はこれほど動くことはない。そのため二人の……特にアイラの体力には限界が近づいていた。
 それでも必ず生きて脱出するという気持ちが、二人の体を鼓舞し続ける。





 1階への階段を探している時、少し開けた場所で、助けを求めて叫んでいる少女を見つけた。

「誰か! 誰か助けて!」

 中学生くらいの少女が数十メートル先で、絶えず叫び続けている。
 その姿を確認したダイは、立ち止まり振り返ると、アイラに目線を合わせるように片膝をつけながら真面目な顔で話し始めた。

「いいかアイラ、今は自分たちの命が最優先だ。俺とアイラの命。分かるか?」

「うん……」

「だから、外に出るまでの間、怪我をしている人を助けようとかは考えなくていい」

「でも……アイラ、助けられる人は助けたいよ……」

 ダイが首を横に振る。

「その人を助けようとして、自分が死んでしまったら意味がないんだよ」

「じゃあ、怪我をしている人を無視しろって言うの?」

「その怪我は俺たちのせいではない。たとえ……その人が死んでしまったとしても、それはしょうがないことなんだ。俺たちにはどうすることもできない。俺たちは……俺たちが生き延びるために行動しよう」

「うん……」

 渋々頷くアイラの頭に、ダイが手を乗せた。

「できるだけ倒れている人とも目を合わせないようにするんだ。分かったか?」

「うん……」

「よしっ! 行くぞ!」

 ダイの一声で二人は再び走り始めた。

 ここでも爆発が起きたのだろう。木の柱やカーテンなどに着火した炎は、天井に向かって火の手を伸ばし、爆発によって生じた瓦礫が通路に散らばっていた。足元が悪いその中をダイとアイラが駆け抜けていく。

「助けて! 誰か!」

 すぐ近くからは助けを求める少女の声が聞こえる。しかし、ダイの視線が少女に向くことはない。
 ダイは少女を見ることなく、その横を通り過ぎていった……が、アイラにはそれができなかった。横を通るときに、その少女と視線を合わせてしまったのだ。

「そこのあなた! お願い、助けてちょうだい!」

 彼女の懇願は間違いなくアイラに向けられている。こうなってしまった以上、見殺しにするのもきまりが悪い。
 アイラが足を止めた。それに気づいたダイが引き返してアイラの元へ駆け寄っていく。

「アイラ、どうした?」

「ダイ兄ちゃん、あの人。まだ生きているよ!」

「さっきも言ったけどな、自分たちの命が最優先なんだ。行くぞ!」

 ダイは無理やりにでも連れて行こうと、アイラの腕を掴んで引くが、アイラは動こうとしない。

「でも……」

 アイラの視線が再び助けを求めている少女の方に向けられた。そんなアイラの落ち込んだ姿を見て、ダイは皺を顔の中央に集めて歯軋りをした。そして倒れている女の子の元へ駆け寄っていく。
 その後に続いたアイラだったが……倒れている彼女の脚を見た時に思わず悲鳴を上げそうになった。

 どうやら倒れた柱の下敷きになってしまったらしい。その柱が彼女の脚を押し潰している。

「大丈夫か?」

 ダイが訊くと、少女は目を剥いて答えた。

「大丈夫じゃないわよ……逃げていたら木の柱が倒れてきて。お願い、柱をどかしてほしいの。そうすれば私は走って逃げることができる」

 彼女は自分の脚の状態に気付いていないのか──。

 柱をどかしたとしても、彼女は──

「脚はもう──」

「アイラ!」

 ダイの声がアイラの言葉を遮る。その時のダイの表情は……今まで見た中で一番真剣な顔をしていた。

「おい! ええっと……なんて呼べばいいんだ?」

 ダイが気まずそうに訊いた。その質問の意図を察して少女が答える。

「友達からはリカって呼ばれているわ」

「リカ、今の君の脚の状態では……走って逃げることはできないと思う」

「逃げられないって……馬鹿にしないでちょうだい! 私こう見えてもね、意外と運動神経いい方なのよ」

 重い空気を軽くしようとしたのだろうか。リカは明るい口調で話すが、ダイとアイラの表情は真剣そのものだった。

「なに? 二人とも深刻そうな顔しちゃって」

 さすがに只ならぬ状態だと察したようだ。リカの表情も強張っていく。

「リカ、落ち着いて聞いてくれ」

 リカが頷いたのを目視した後に、ダイが落ち着きを取り繕った声で話し始めた。

「倒れた柱が脚を押しつぶしていて……リカの脚が逆方向に曲がっているんだ。到底走ることはできないだろうし、立つことも難しいかもしれない」

 リカは何も答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。

「え? あなた……何を言っているの? こんな時に……冗談はやめてよ!」

「冗談じゃない!」

 リカの怒声と張り合うように、ダイが声を荒げた。

「本当のこと、なんだよ……」

 先程の声とは対照的な弱々しく、悲しみを纏った呟きが、ダイの口からこぼれ落ちた。

「だって……痛みもないし」

「事故のショックによるものだろう。アドレナリンが出て、痛みが一時的に抑えられることがあるって前に本で読んだことがある」

「そんな……」

 リカの顔が絶望に染まっていく。無理もない。
 施設の中はまさに地獄。そんな中、立つことさえもできないと言われたら──死を宣告されたようなもんである。

「私……このまま燃えて死んじゃうの? ここで、何もできずに……ねえ!」

 リカの手がダイの服の袖を掴んだ。
 声を掛けるべきなのは分かっている。しかしその時、ダイは声を掛けることができなかった。どんな言葉を掛けるべきなのかが分からなかった。

「ねえ! 答えてよ! 私はこのまま死んでいくの?」

 ダイの服を掴む力が強くなっていく。尚もダイは口を噤んだまま。

「ねえ! なんで私が! なんで!」

 声を掛けられない、でも何かしなくては──そのように考えたダイは、自分の袖を掴む手をそっと優しく、脆いものを丁寧に扱うように握った。
 リカは最初、驚いた表情を見せたが、ふと我に返ったように落ち着きを取り戻していく。

「ご、ごめんなさい、感情的になってしまって。あなたは何も悪くないのに、あなたに当たってしまった。本当にごめんなさい……」

「気にしなくていい。こんな状況、誰でも混乱するものさ」

 リカの表情が、最初に出会った時と同じものになった。それが素なのか、作られたものなのかは分からない。

 二人の手が離れた。

「私ね、空気を読むのが得意なの。あなたたちだって生きるために必死なことは分かっているし、負ぶって助けてくれなんて私は言わないよ。ただね……」

「ただ?」

 リカの目に力が宿った。その力強い眼差しをダイに向ける。

「生きるのを諦めたくない。私って諦めの悪い女なの。だから……最後に一つ、お願いを聞いてほしい」

「俺たちにできることなら……」

 リカは「ありがとう」と言って笑顔を作る。

「脚に乗っている柱を退けてほしい。こんなところで動けないまま死ぬのは嫌なの。もし柱を退かしてくれたら……私は這ってでも脱出して、生き延びて見せるわ」

 リカは真っ直ぐな目を絶えずダイに向けている。

「ダイ兄ちゃん……」

 ダイの後ろでアイラが呟く。その声にダイは振り向いて言った。

「助けるのは最初で最後だぞ」

「うん!」

 ダイはリカの目を見ながら話しかけた。

「俺たちで柱を持ち上げる。合図を出すから、そのタイミングで抜け出してくれ。それでどうだ?」

「うん、ありがとう!」

 リカは喜びを浮かべながら答えた。

「よし、持ち上げるぞ!」

 ダイとアイラがリカの足元──倒れている柱の方へ移動した。
 試しに柱を持ち上げてみるが……びくりともしない。

「結構重いな……」

「難しそう?」

 アイラの表情が曇った。

「とりあえず、一度タイミングを合わせて持ち上げてみようか」

 ダイが少し声を張り上げる。

「『せーの!』で息を合わせて持ち上げるぞ。リカも準備はいいか?」

「了解!」

 リカがうつ伏せのまま答えた。

「いくぞ! せーのっ!」

 三人が一斉に腕に力を入れた。ダイとアイラは柱を持ち上げようとするが……ほんの少し動いたかどうかという感じだった。
 そのため、リカがはまだ抜け出すことができない。

「もう一度いくぞ! せーのっ!」

 ダイとアイラは手に力を入れなおす。しかし、二度目も結果は同じだった。柱は持ち上がることなく、依然としてリカの体は柱の下。

「ダメ! やっぱり抜け出せない……」

「まだだ! もう一度! せーのっ!」

 三度目のダイの掛け声。しかし、柱は動くことはなかった。リカも必死に腕を動かして這い出ようとしているが、体は前に進まない。
 このままだと、リカは──ダイの頭に嫌な想像が過ぎった。

「もう一度やって──」

「もう大丈夫だよ。二人とも。ありがとう……」

 今にも消え入りそうな声が柱の下から聞こえてきた。
 その声を聞いてもなお、ダイの気持ちは折れてはいなかった。

「いや、もう一度──」

「もういい!」

 リカが声を荒げた。ダイとアイラは柱から手を離すと、リカの顔が見える位置へ移動する。
 リカは二人の顔を見上げた後に口を開いた。

「これ以上、二人に迷惑はかけられない。助けようとしてくれただけで十分。本当にありがとう……」

 三人の間に沈黙が訪れた。その沈黙を破ったのはダイ。

「リカはそれでいいのか……?」

 周りの音にかき消されるような、か細い声でダイが呟いた。もしかしたら、その言葉はリカまで届いていなかったかもしれない。

「生きたいんだろう? 生きるのを諦めるのか?」

 ダイの言葉に再び訪れる沈黙。

「──きたいよ」

 掠れたリカの声が聞こえた。

「生きたいよ。でも……抜け出したとしても、生き延びられるかも分からないし──」

「分かった」

 ダイがリカの言葉を遮る。

「リカが言うなら、もう終わりにするよ。ただし!」

 ダイが声を張る。その目は光を失っていなかった。

「俺も諦めの悪い男でね。最後にもう一回だけ柱を持ち上げてみようと思う」


次の話へ

いいなと思ったら応援しよう!