【小説】夢能力 #1
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あらすじ
『夢能力(ゆめのうりょく)』
夢の中でのみ使うことができる、人間には不可能とされる事象を可能にする特別な能力のこと。その能力の種類は、人により異なる。
6歳から19歳の間に能力が目覚めることがあり、20歳になるとその能力は消滅する。どの子供が能力に目覚めるのか。能力に目覚める条件はなんなのか。まだ謎な部分は多い──
都内某所。山奥で隠れるように建てられた夢能力研究施設。その中では、様々な夢能力を持つ子供たちが生活していた。
被検体番号B─135、夢能力名はemotion・感情。夢に出てきた人物の感情を知ることができる夢能力を持つアイラもその一人。
いつか外の世界を見てみたい──そんなことを夢見ながら、アイラは退屈な日々を過ごしていた。そんなある日! アイラに施設を抜け出すチャンスが訪れる。
外の世界にあるのは希望か──それとも絶望か──。アイラは自由を手に入れることができるのか。
白く靄のかかったような何もない空間。その世界は果てしなく、どこまでも広がっていて終わりが分からない。
そんなつまらない世界に、取り残されたように存在する二つの椅子。それらは向かい合うように配置されている。
(今日は夢を見る日か……)
見慣れた光景である。ゆえに次に自分がどう行動すべきか、少女は理解していた。
少女は向かい合う椅子に向かって歩き、片方の椅子に座った。
(今日は誰だろう……)
少女がぼんやりと目の前の椅子を眺めていると、突然!
周りの靄が空いている椅子へと吸い込まれるように集まり始めた。その勢いと靄の量は次第に増していき、やがて椅子そのものを隠すほどの規模になる。
これも見慣れた光景──。そしてこの後は……
椅子が靄をかき集める運動をやめた。集められた靄たちは、モクモクと宙を漂いながらドライアイスのようにゆっくりと拡散していく。
それが進むにつれて、靄に隠されていた椅子の存在がうっすらと顕になっていった。しかし、靄の中から現れたのは椅子だけではない。
少女の前の椅子──靄の中から現れた椅子には、男の人が座っていた。黒縁眼鏡をかけた三十歳ぐらいの若い男性。目つきの悪さをも感じられるようなつり目の上には整えられた眉毛。眉間には皺が寄せられ、口は固く閉じている。
「今日はシグマさんですね」
少女が男性に話しかける。しかしシグマと呼ばれた男は、まるで何も聞こえていないように全く反応を示さない。男性は依然として真剣な面持ちで椅子に座り続けている。
少女はそんな男性をじっと見続けていた。すると男性の体の周りに、青と灰色が混じったオーラのようなものが見え始める。
「色は……青が強い。あとは灰色」
少女の独り言が真っ白な空間に虚しく響く。尚も少女は腕を組んで思考を巡らせる。
「怖い表情に、オーラの色は青と灰色。シグマさんは不安に思っていることがあるのかな。そしてそれを我慢している?」
少女が考えていると、男性に変化があった。
男性の表情はニコニコした笑顔に変わり、オーラの色も青と灰色からピンクと黄色に変わった。
「シグマさんの嬉しそうな表情、初めて見た! それに黄色は確か幸福を表す色だったはずだから……良いことがあるのかも!」
自然と少女の表情も明るくなっていく。
その時!
【ピンポンパンポン……】
遠くからチャイムが聞こえて、少女は目を覚ました。
*
【ピンポンパンポン! おはようございます。起床の時間になりました。朝の準備を始めてください】
施設内に響く感情の無い声。その聞き馴染みのある放送で少女──アイラは目を覚ました。
(また一日が始まる。つまらない一日が)
アイラはベッドから起き上がると、毛布を畳んで服を着替え始めた。そして洗面所へ向かうと、顔を洗ったり、寝癖を直したりして朝の準備を進めていく。
(この生活はいつまで続くのだろう……)
施設に入る前の記憶がない。
自分が誰なのかもわからない。
父親や母親が誰かも分からない。
この施設の、この部屋で。自分の被検体番号や生活のルールを説明されたのが、一番の古い記憶──
「いつか……分かる時が来るのかな……」
アイラのか細い声が冷たい壁に吸収される。窓もなければ、おもちゃもない。壁際に設置されたベッドと本棚、部屋の中心に置かれたテーブルだけで部屋のほとんどが占領されている。そこに付随するように存在する、狭い洗面所や浴室、トイレ。まさに生かされるための部屋といった感じである。
アイラは本棚から絵本を一冊取り出すと、ページをめくる。あるページには、キラキラと輝く町の絵が描かれていた。別のページでは、そんな街の中で楽しそうに踊っている人々の姿が──。
この森を抜けた先には、この絵のような煌びやかな世界が広がっているのだろうか。
「外の世界……行ってみたいなぁ……」
ボーッと絵を眺めながら、アイラが呟いた。しかしそんな思いも虚しく、現状では外の世界に行く術もなければ、外出する機会もない。
アイラが外の世界に思いを馳せていると……
コンコンコンッ
部屋のドアを叩く音が聞こえた。
アイラがドアを開けると、そこには「シグマ」と書かれた名札をつけた男が立っていた。つり目なその男は朝食を乗せたお盆を持っている。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい、ありがとうございます」
シグマは部屋中央のテーブルに朝食を置くと、振り返ってアイラをじっと見た。
「ところで……今日は夢を見ましたか?」
「はい……見ました」
シグマはアイラを凝視した後に、表情を変えることなく言った。
「そうですか、それでは朝食後にそのお話を伺いますので、話せるように準備しておいてください」
シグマはそれだけ言うと部屋を出て行った。
シグマはアイラの監視員兼お世話係である。この施設では夢能力者一人につき、専属の監視員が一人ついている。
アイラたちがいるのは夢能力者の極秘研究施設。建物も森の奥深くの人目が付かない場所に建設されている。施設内には全国から集められた多くの子供たちが居るようだが、その数は公表されていない。
また、端から端まで歩くだけで疲れてしまう広さのフロアが、地上二階から地下五階まで存在している。故にその施設の壮大さから人数の特定も難しかった。
アイラは朝食を手早く食べ終えると、自室の扉を開けた。ホテルのような構造になっているため、扉の先は通路になっている。
アイラの部屋の扉、そのすぐ近くでシグマが深刻な表情をしながら胡坐をかいていた。彼はアイラが扉の隙間から顔を覗かせていることに気が付くと、驚きの表情を浮かべた。
「もう食べ終えたんですか? 早いですね。夢について話せそうですか?」
アイラが頷くと、シグマがのっそりとした動きで立ち上がった。
二人は部屋の中に移動すると、机を挟んで向かい合うように座った。
「それでは、今日見た夢の話をお願いします」
シグマがポケットからメモ帳とペンを取り出して言った。アイラはシグマと視線を合わせた後に話を始める。
「今日見た夢にはシグマさんが出てきました」
「私ですか」
シグマの目が僅かに大きくなる。
「夢の中で、シグマさんは怖い顔をしていました。そしてその周りのオーラは青色と灰色でした」
「怖い顔というのは? もう少し詳しく教えてもらえますか?」
シグマはペンを動かしながらアイラを見ることなく訊いた。
「えっと……眉毛の間にぐぐぐっと皺を寄せて、何か困っているような。シグマさんは……何か困っていることがありますか?」
アイラのその言葉で、動きっぱなしだったペンが止まった。シグマはメモ帳から視線を外した後、アイラを真っ直ぐと見つめる。
「さすがの夢能力ですね。自分のことが見透かされているようで少し怖いです」
シグマは冷徹な表情のまま話を続けた。
「実は私、今日が誕生日なんですよ」
「そうなんですか? お、おめでとうございます!」
「えぇ、ありがとう。しかし、妻も娘もそれに気づいている様子がなくてですね。まぁ……最近、仕事が忙しくて家族の時間を十分に取れていない私も悪いとは思いますがね」
困ったように頭を掻くシグマの表情からは、少し寂しさが感じ取れる。
「そういうことだったんですね」
それで青色が強かったわけか──アイラは夢の内容が少し理解できたような気がした。
しかし、悩み事が家族のことだとは。いつものシグマからは想像ができない。
「では夢の続きをお話しください」
「ええっと……やっぱり話さないとダメですか?」
「私もネタバレを喰らう感じがして、気が乗りませんが……夢の話を聞くのも仕事なので仕方がないです」
「それじゃあ……」
アイラは座りなおして背筋を伸ばす。
「しばらくして、シグマさんの表情とオーラの色が変わりました。表情は笑顔になって、色も黄色とピンク色に」
「と、いうことは……」
「明るい色に変わったので、良い結果になるかと……」
「そうですかぁ……」
空気が抜けていくように、シグマが姿勢を崩した。顔は相変わらずキリっとしているが、なんとなく安堵感が窺える。
「あなたのおかげで、気が楽になりました。どうやら素敵な誕生日になりそうです。ありがとうございます」
シグマはお礼の言葉を言いながら、ポケットにメモ帳とペンを押し込んだ。その後、アイラの目を見ながら訊ねる。
「それでは私は報告に行ってきます。この後は部屋に居ますか? それとも移動しますか?」
「ホールに行きます」
「了解しました」
シグマは立ち上がると、一つ体を伸ばした後で、お盆を持って部屋から出て行った。
朝食の後は、10時までは自由時間になる。
夢を見た者は、その内容を自分の担当監視員に伝えてから。夢を見なかった者は朝食後すぐに自由時間となる。
もちろん外出はできないのだが、施設内であればどこでも自由に過ごすことができる。しかし、監視員に伝えた場所から移動してはいけないというルールのせいで、部屋移動はできないのだけれど……
図書室やシネマルーム、ネットルームなど様々な娯楽部屋がある中で、アイラはいつも一階のホールに行くようにしている。
その理由は──
アイラがホールに着いたとき、すでに数人の子供がホール内でくつろいでいた。
「あ! ダイ兄ちゃん!」
その中に見慣れた顔を見つけたため、アイラはその人物の元へと駆け寄って行く。
「よぉ、アイラ。おはよう」
「ダイ兄ちゃん、おはよう」
中学生くらいの男の子──ダイは読んでいた本を閉じて、アイラに微笑みかけた。
ダイとアイラは本当の兄弟ではない。アイラがこの施設に来た時、初めて話しかけてくれた内の一人がダイだった。それ以来、アイラはダイのことを本当の兄のように慕っている。
「エア姉ちゃんはまだ?」
アイラがダイの横に座った。
「まぁ、あいつはいつも遅いからな。夢を見ていたのなら尚更」
「そうだね。ダイ兄ちゃんは夢を見なかったの?」
「あぁ、おかげでアイラが来るまでずっと暇だったぜ」
おどけた様子で話すダイ。その雰囲気は緊張感漂う施設にはそぐわないが、だからこそ、その存在は有難かった。
「そういうアイラは来るのが遅かったが、夢を見たのか?」
「うん、アイラの夢にね! シグマさんが出てきたの」
アイラがダイに自身が見た夢の話について説明していると──
「おはよーさん。二人とも」
高校生くらいの女の子が、アイラとダイに声を掛けた。
「あっ! エア姉ちゃん! おはよう!」
アイラがレエアに飛びつく。
「おはようアイラ。今日もアイラは可愛いねぇ。朝から癒されるよ~。あっ! ダイもおはよう」
レエアがアイラをギュッと抱きしめた。その様子を眺めていたダイは、頭をポリポリと搔きながら苦い表情をしている。
「ついでみたいな挨拶ありがとよ」
「なんだい、そんなに不貞腐れちゃって。ダイもギュッてしてあげようか?」
レエアが右手でアイラを抱きながら、左腕を大きく横に広げた。
ダイはほんのり顔を赤くしながら、無言で手を横に振っている。レエアはその様子を見て満足したような表情を作ると、ダイの横に腰を下ろした。それを待っていたかのように、アイラはレエアの膝の上に座る。
「エア姉ちゃんは、今日夢を見たの?」
「うん、そのせいで最悪の目覚めだったよ」
表情を歪ませるレエアに、ダイが訊ねる。
「どんな夢だったんだ?」
「夢の中で私は船に乗っていた。海でぷかぷか浮いていて気持ちよかったよ」
「いいなぁ、海に行ってみたいなぁ」
「そこまでは良かったんだけど…………ごめん、やっぱやめるよ。楽しい話でもないからね」
レエアは急に浮かない表情になり、話を中断してしまった。しかし、二人はレエアに夢の話の続きをねだることはしない。それは、二人がレエアの夢能力について理解があるからである。
被検体番号A─091、夢能力名はexperience・体験。レエアの能力は、その日に起こる事件や事故を体験できるというモノだった。
「きっと日本のどこかで船が沈むんだろうな……」
レエアがボーッと視線を斜めに上げながらため息をついた。
「こんだけ苦しい思いをしているんだ。せめても人の役に立てて欲しいけどね……」
「ここの監視員は、自分たちのメリットになることにしか興味がないからな。他人が死のうが、自分たちが無事でさえいれば関係ない。ほんと、イヤになっちゃうぜ」
ダイは皮肉を込めた言葉を吐きながら、監視員の方をちらっと見た。
「はぁ、私はこの夢能力を人助けに活かしたいなぁ」
「ここにいるうちは無理だよな」
「いつかは出られるのかな?」
三人の間に沈黙が訪れる。
重い空気感を打破するようにアイラが口を開いた。
「アイラね、外の世界に行きたい! 外の世界はどんな感じなんだろうね」
「外の世界か。本で読んだ知識しかないからな……」
ダイが俯きながら答えた。
「外の世界にはきっと、アイラたちが見たことない物が沢山あるよ」
「私は外に出られたら……沢山おいしい物を食べて、沢山オシャレしたいな。そして素敵な人と出会って恋愛も……」
レエアが夢を語る。その明るい表情を見て、その話にダイが乗っかった。
「俺は……いろいろな所に行きたい。海にも行きたいし山にも。海はしょっぱいって本当なのかなぁ」
笑顔が広がっていく。それは最後、アイラに連鎖した。
「アイラはね……外で沢山遊びたい。自由に走り回りたい。そして……エア姉ちゃんとダイ兄ちゃんと幸せに暮らしたいなぁ」
レエアは自分の膝に乗っているアイラを抱きしめた。
ここにいる三人は皆、外の世界への憧れを持っていた。
一度も行ったことがない外の世界に。
本や映像でしか見たことないその世界に。
「いつか……外に出られる時が来るのかな」
「きっと来る。必ず!」
ダイの弱気な声に、レエアの強気な声が被さった。レエアは二人の顔をまっすぐに見た後、力強く言った。
「いつか必ず……みんなでここを出ようよ!」
その後も三人は時間まで夢について語り合った。いつかその時が来ることを夢見て──。
【ピンポンパンポン! 10時になりました。自分の部屋へと戻り、今日の学習を始めてください】
10時になると、自室に戻るような放送が施設内に鳴り響く。これで自由時間は終わり。この後は──
自室で監視員と勉強会。それが終わったら──
自室で夜まで読書。そうしたら後は──
自室で眠って朝を迎える。それの繰り返し。
そんな代わり映えの無い日々が続いていた。
あの日が訪れるまでは──
*
【ピンポンパンポン! おはようございます。起床の時間になりました。朝の準備を始めてください】
いつもの放送でアイラは目が覚めた。今日は夢を見ていない。
ベッドから起き上がる。
毛布を畳む。
服を着替える。
顔を洗う。
寝癖を直す。
いつもと同じルーティンだ。
コンコンコンッ
部屋のドアを叩く音が聞こえた。扉を開けると、そこにはシグマの姿。シグマが朝食を乗せたお盆をテーブルの上に置く。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい、ありがとうございます」
「今日は夢を見ましたか?」
いつもと同じ質問。アイラは首を横に振りながら答える。
「いえ、今日は見ませんでした」
「そうですか、それは残念ですね」
シグマはそれだけ言うと部屋を出て行った。
ここもいつもと同じ。
朝食を食べた後にアイラはホールへ向かう。ホールにはすでにダイの姿があった。
「よぉ、アイラ。おはよう」
「ダイ兄ちゃん、おはよう」
ダイは読んでいた本を閉じて、挨拶をする。
「今日は夢を見なかったんだな」
「うん」
その後のダイの様子はいつもと違っていた。本を開いては閉じたり、貧乏ゆすりをしたり、どこか普段よりも落ち着きがない。
「なんかダイ兄ちゃん、いつもと違う気がする。何かあったの?」
「おっ! 分かるか?」
ダイの右の口角が上がる。これは悪いことを考えている時のダイの癖だ。
「実はだな。気になる話があるんだ。聞いたらきっと驚くぞ」
やはり。ダイの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
