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仕事が覚えられなかったポンコツナース、10年越しの凱旋

仕事が覚えられない。
頭に靄がかかったようで、ぼんやりしてしまい
うまく考えられない。

そんな自分に悩んだことはありませんか?

私は看護師人生の半分ほどを、
手術室で働くオペナースとして
過ごしてきました。

オペの仕事自体は好きでした。
それなのに、次第に仕事が覚えられなくなって
いきました。

手順書を読んでも、細かい手順が頭に
入ってこない。
必死に覚えようとしているのに
頭はクリアに働いてくれない…

そしていつしか私は、
仕事ができない自分が嫌いになっていました。


もしかすると、今同じように
悩んでいる人がいるかもしれません。

今回はそんな
「仕事が覚えられなかったポンコツナース」の
話です。

あれ? 仕事が覚えられない……

オペナースになった頃、
非日常的で特殊な環境だったこともあり
仕事自体は楽しくてやりがいを感じていました。

皮膚科から婦人科、消化器外科など
様々な診療科を担当することができて
楽しく学ぶことができていました。

また、医師や臨床工学技士、
医療機器メーカーの方など色んな人と接する
機会もあり『充実している』
そう思っていました。


仕事を続けていくうちに
脳外科や心臓血管外科など、より複雑な
診療科も担当することが増えていきました。
そして少しずつ感じるようになったのです。

「あれ?仕事が覚えられない…」

当時の私は
「自分の限界、能力不足?」だと
思っていたんですね。

手順書を見ても細かい手順が頭に入ってこない…
結局、不安でいっぱいなまま当日を迎える…

術中も必死に流れを読んで、
先を考えながら動こうとする。
それなのに、頭に靄がかかったようで
クリアにならない…

夢の中で見る当時のオペ室そのもの


でも、調子がいい時はスムーズにできるんです。
今振り返ればこれは落とし穴じゃないかと
思います。

「できる時もあるんだから、本当はできるはず」
そう思うと、できない日の自分を
「能力不足」や「努力不足」だと考えてしまう。

そして、もっと頑張ろうとする


でも私は、ここで一度も考えませんでした。
「なぜ、できる日とできない日が
 あるんだろう?」
と。


そしてお局ナース、誕生

このように複雑な診療科を担当するにつれ、
遅出や夜勤が増えていきました。

生活リズムが不規則になり食事も乱れ、
疲れているのが当たり前でした。

いつもイライラしていて
人に対して棘のある言葉や態度も増えて
いきました。

そんな自分が嫌でたまりませんでした。


そしてそのイライラや
フラストレーションを甘い物や
お酒で誤魔化すことも増えていました。

食事の後は
🍨甘い物
 ↓
🍘スナック菓子
 ↓
🍫また少し甘い物

食べている間と直後だけは、
なんだか心がホッとして
少しだけ落ち着いたのを覚えています。


もちろん、イライラや棘のある言動はなるべく
表に出さないよう必死に隠していました
(多分滲み出てたけど)…

でも当時同じ部署にいたパートナーには
ぶつけることが多かったですね。

コントロールできない自分が嫌で、
今振り返ると心のどこかでは助けて
ほしかったんだと思います。

でも口に出したことはありませんでした。

口に出せなかったというより、
自分が助けを求めていることにすら
気づいていなかった…

今はそんな気がしています。


疲れている、 それが普通だった

仕事の日も、休みの日も
決して「元気」と言える状態では
ありませんでした。

・朝から体が重い
・昼食後の強い眠気に襲われる
・夜は眠れないのに朝は起きられない
・ぐっすり寝た感じがしない
・頻繁な頭痛(病院に行っても異常なし)
・憂鬱感や無気力感が強い
・ひどいPMSや生理痛

こうした不調に悩まされていました。

朝は寝ていたい


とはいえ、この状態が当たり前すぎて
当時の私は「疲れているだけ」
そう思っていました。

本気でどうにかしようとは考えて
いませんでした。

「運動不足もあるしな」
「年を取ったのかな…?」
「1週間くらい休めたらいいんだけどな〜」
その程度です。


そして私は
「仕事が覚えられないのは能力の問題」

「イライラするのは性格の問題」

「疲れているのは仕事だから仕方ない」

「無気力なのは自分が怠けているから」

全て別々の問題だと思っていたのです。

”ひとつの身体で起きていること”なのに、
その時の私は一度も結びつけて考えることは
ありませんでした。


リセットしたかったけど…

「環境を変えれば何かが変わるかもしれない。」
そう思って転職しました。

でも待っていたのは
新しい環境への適応、新しい人間関係、
新しい仕事。

頭はさらに働かなくなり、
仕事はなかなか覚えられず
「普通」を演じるだけで精一杯でした。


最終的には
・誰とも話したくない
・早く逃げ出したい
・お腹の痛みや胃の不快感といった消化器症状
・でも病院では異常なし

当時の私は自分を
「能力がない」「性格が悪い」「怠けている」と
責め続けていました。


でも今振り返ると、あの頃の私は
栄養状態も含めて本当にボロボロだった
のだと思います。

“仕事を覚えられない人”だったのではなく、
そもそも頭も身体も十分に働ける状態では
なかったのかもしれない…

それでも毎日仕事へ行き、
「普通」を演じながら必死に働いていました。


当時の私に言葉をかけるなら
「よく頑張ったね!」
今なら、そう言えます。


だから今は身体のサインを
「歳のせい」「性格のせい」で
終わらせたくありません。

「自分って、こんな性格だったっけ?」

少しでもそう感じたことがあるなら
一度立ち止まって、
身体からのサインを観察するのもいいかも
しれません。


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