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普通じゃなかったのかもしれない|うつ病になる前の生活と、壊れていった心

今回は番外編として、
私自身の経験を少し紹介します☺︎

「はじめてのnote」やプロフィールで
うつ病だったことに触れていました。
しかし、どんな経過でうつ病と診断されるに
至ったかを詳しく書いてなかったので
当時の生活を紹介したいと思います。

・どんな働き方をしていたか
・どんな生活・食事をしていたか
・どんな不調を感じていたか
・うつになってからの心境や生活
・治療や社会復帰について

を、できるだけコンパクトにまとめました。

「もしかして自分も…?」
「なんとなく当てはまるかも」

そんな方の参考になれば嬉しいです。


ちなみに、まさか自分がうつ病になるなんて
夢にも思っていませんでした。


【何をして働いていたか?】

看護師として主に”手術室看護師(オペ看)”
として働いていました。

病棟勤務の時期もありましたが
振り返るとオペ室が一番好きで、
やりがいも感じていたと思います。

「無事に手術が終わる」ことが
一つの区切りで、ある意味
ゲームクリアのような感覚もありました。

もちろん命を預かる仕事なので、
そこは常に真剣でしたよ☺︎


主に大学病院で働いていたため、
皮膚科・眼科・整形外科から脳外科、
心臓血管外科までほぼ全ての診療科を
経験できたのは貴重な経験でした。

ドクターやコメディカルと関係を
築けたことも、楽しかった理由の一つです。

ただし勤務形態はかなりハード。

早出・日勤・長日勤・遅出(3パターン)
これらに加えて夜勤もあり不規則なシフトな上、
休憩が全く取れずにぶっ続けで働く日も
珍しくありませんでした(懐かしい…笑)
夜中2時に帰宅することもありましたね。


【どんな生活をしていた?】

そんな生活だったので帰宅後は勉強して
(それすらも満足にできないことが多々あり)、
あとは寝るだけ…という日々。

食事はというと、

☀️朝:パンとコーヒー
🕛昼:コンビニや売店のお弁当
   ➕必ずお菓子やアイス
🌙夜:お惣菜や外食
   ➕お菓子やアイスをドカ食い

今思えば、食べることで
ストレスを発散していたんでしょうね…


さらにドクターとの付き合いで飲みに行く
ことも多く、多い時は週3回、夜遅くまで
飲んでいました。


🍻飲み会が多かった理由

術中のコミュニケーションを円滑にするため。

些細なすれ違いがミスにつながり、
それが患者さんの術後QOLに
影響する可能性もあるので、
人間関係にはかなり気を使っていました。


【感じてた不調は?】

こんな生活を続けているうちに、
少しずつ「おかしさ」は出てきていました。


高校生の時から片頭痛があったのですが、
頻度が増えていました。

・不眠、朝起きれない
・日中の強い眠気
・肩こりと肩甲骨周辺と首の痛み
・疲れが取れない
・朝の倦怠感
・ひどいイライラ
・憂鬱感 etc.

頭痛は我慢できないくらい痛む時もあり、
脳神経内科に通っていた時期も…

また、生理痛もひどく寝込む時もあり、
一番ひどい時は救急車を呼んだこともあります…


このように、肉体的な不調から始まって
徐々に精神的な不調が増えていきました。

「自分は何もできない…役に立ってない」
といった気持ちが強くなっていた
タイミングでコロナ禍が始まってしまい
(転職も重なっていました)、環境の変化からか
余計に落ち込み沈みがちになって
いったのを覚えています。

プライベートも色々あったしね笑


ただ当時は、
「忙しいから仕方ない」
「自分が要領悪いだけ」
「年を取ったんだ」
そう思っていて(諦めていて)、
体や心の異変に気づけなかったんです。


ここからは当時つけていた日記をもとに、
不調が一気に表に出た頃の状態を
簡単にまとめてみます。


【鬱になってからの心境、生活】

何もする気が起きず、
一日中ベッドで動画を流しているだけ。
内容はほとんど頭に入っていませんでした。

外出はコンビニに行く程度。

お風呂や身支度などのセルフケアもつらく、
2〜3日に一度がやっと。

理由もわからず急に涙が出ることがあり、
食欲がなくなる日もあれば、
衝動的に食べてしまうこともありました。


日中は強い眠気があるのに、
夜は眠れず、入眠は明け方。
眠っても浅く、何度も目が覚めていました。


人と話すことが苦痛で、
「普通にしなければ」と思うほどしんどくなる。

親や先輩などの前では無理に
元気に振る舞っていました。


【治療はどうしたか】

まずメンタルクリニックを受診し、
内服治療から始めました。

向精神薬と睡眠薬をいくつか試しながら、
主治医と相談して量を調整。


薬のおかげか調子のいい日もありましたが、
不調が続く時期もあり、状態はかなり
不安定でした。

食事に関しては食べられない日があったり、
逆に一気に食べてしまったり…。

心も体も安定していなかったと思います。


一番つらかったのは、
「お金」と「働いていない自分」への不安。

同年代は普通に働いているのに
「働けない自分は無価値なんじゃないか」
「いなくなった方がいいんじゃないか」

そんな考えが頭から離れませんでした。


今回この記事を書くために当時の記録を
読み返して正直に思ったのは

「うわー病んでるな…当時の自分ヤバすぎる」
でした(笑)

これ本当に自分?よく生きてたなぁ、えらい!!
と、今では思えます。

だからもし今
自分を責め続けている人がいたら
「いつか自分で自分を褒められる日が来るよ」
と伝えたいですね。


社会復帰と今につながる治療

ここまで回復できたのは、本当にいろいろな
出会いに恵まれたおかげだと思います。

ある程度体調が落ち着いてから
社会復帰を目指して就職活動を再開しました。

その中で出会ったのが
「分子栄養学」という分野でした。


再就職先のクリニックで
◆栄養状態を整えること
◆適度な運動の大切さ

この二つを学び、実際に自分の体でも
変化を感じることができました。


ただ、正直に言うと体質改善はすぐに結果が
出るものではありません。

今は前向きに生活できていますが、
ここまで来るのに約3年。

その間、働いてはいましたがメンタルも体調も
安定しない時期が続いていました。


それでも、諦めずに続けていけば
「本来の自分」を取り戻せる。
今はそう信じています☺︎


【まとめ】


気持ちを吐き出すために、
当時は日記として記録していました。

そして今は、その経験を「誰かの役に立つ形」
として届けたいと考えています。

栄養状態の見直しや運動を取り入れた後の
自分自身の変化も、細かく記録していました。

同じように悩んでいる方にとって、
「回復に向かうためのヒント」になればと思い、
具体的な過程を一つの記事にまとめています。

有料ではありますが、必要としている方に
届いたら嬉しいです。

記事はこちら👇


まずは今回の無料記事が、
「自分だけじゃないんだ」と感じる
きっかけになれば嬉しいです☺︎

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