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量子力学において、粒子の位置や軌道は特別な存在か?

前世紀に量子力学を実在論として捉えようとしたディビット・ボームなどの人々は、粒子の位置や軌道を、他の物理量より優位なものとして扱います。波動関数をフーリエ変換して得られる運動量よりも、泡箱などの粒子測定機中で視覚的に出現する位置のほうが、観測理論において特別な位置を占めるだろうと、無意識に思い込んでいたようです。そのため彼らは、粒子軌道を中心とした理論を構築しようとしていました。

ところが、現代の量子力学では、粒子の位置は特別な物理量として扱われるわけではありません。特に相対論的な場の量子論では、「1つの粒子の位置」という概念そのものが、きちんと定義できるものではないことが知られています。

位置は、非相対論的近似で出てくる物理量に過ぎません。つまり「位置」を神聖視する理由は、現在ありません。

人間は、モノの場所を捉える視覚以外に、たとえば聴覚というものを持っています。耳の中のらせん状の器官である蝸牛管(かぎゅうかん)で、音を電気信号に変えていますが、それは音波の固有振動数が蝸牛管の各部位ごとに変化することを使っています。つまりその機能としては、音波をフーリエ変換しているのです。

この聴覚を使って、音波からの空間認知が形成可能であることもよく知られています。空間に配置された物体に反射して耳に届く音をフーリエ変換しつつ、空間的な広がりを捉えられます。この聴覚で得られる物体の位置というものは、聴覚では二次的な派生情報にすぎません。

眼ではなく、耳で考える知性であれば、粒子の位置やその軌道を、特別な物理量とは考えないでしょう。むしろ、フーリエ変換して得られる運動量や、それに比例する振動数こそが、身体的には基礎になっています。

粒子軌道をもとにして実在論で量子的な効果を理解しようとするボーム理論的な路線は、ベル不等式の破れの実験結果や、情報理論としての量子力学の定式化の出現によっても、古びてしまいました。現在では、波動関数は量子状態トモグラフィ法によって実験で定義される概念であり、「波動関数=確率分布」という構図から、観測問題も最初から存在しなかったこともわかります。

量子ネイティブの世紀である現在では、情報理論的で認識論的な量子力学の理解が広がっています。量子コンピュータなどの新技術も、そのような理解のもとで、より大きく進展していくことでしょう。


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