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書評:第78回毎日出版文化賞『量子力学の100年』(佐藤文隆著 青土社 2024年)

佐藤文隆先生の著作『量子力学の100年』(青土社 2024年)が、第78回毎日出版文化賞(自然科学部門)を受賞されました。

本書は、量子力学の100年にわたる進展を深く掘り下げ、その本質を明快に描き出しています。佐藤先生の豊富な知識と洞察が詰まった一冊であり、専門家はもちろん、一般読者にも理解しやすい構成が魅力的です。今回の受賞は、現代物理学のアウトリーチを含めた先生の貢献が広く認められた結果であり、心からの祝福を申し上げます。

佐藤先生は宇宙物理学の理論家として世界的に知られており、『富松=佐藤解』と呼ばれる一般相対論のアインシュタイン方程式の厳密解の発見や、ビッグバン宇宙で光の進路を遮っていた高温プラズマが無くなる『宇宙の晴れ上がり』の時期の研究などを含む多数の業績を残されています。また、優れた教育者として、後進の研究者たちに対しても物理の核心に迫るような問いかけをし続け、深い思索と探求心を促す指導をされてきました。

今回受賞された『量子力学の100年』は出版時にご恵投を頂きました。本書の中でも特に注目させて頂いたのは、量子力学の観測問題に焦点を当てた章です。この章では、量子力学における観測の本質をめぐる議論の歴史的推移が詳細に論じられています。その中で、拙書『入門 現代の量子力学』(講談社サイエンティフィク)を、新世代の著者による新しいスタイルの教科書としてご紹介いただき、大変光栄に思っております。佐藤先生がご自身の著作において、後進の研究者の教科書について紙面を割いてくださったことに深く感謝申し上げます。

『量子力学の100年』の中から関連する一部を引用させて頂きます。まず先生の今後の量子力学教育に関わる提言やメッセージとして、以下の記述があります。

量子モノから量子情報へ

『量子力学の100年』p54

多分、10年ほどの間に量子力学学習の教科書が大きく変わってくると考えている。また変わらなければならないと考えるものである。

『量子力学の100年』p65

その一方、そのためにはこれまでの物理学者の意識の巨大な抵抗を乗り越えねばならず、多分世代交代の中でしか進まないであろう。

『量子力学の100年』p65

将来的にはポパーがいうように『物理学は主観主義哲学の拠点』になるのかもしれない。たいていの研究者たちの意識がどう変わっていくか?これに影響するのが教科書の書き方だろう。

『量子力学の100年』p82

物理学は「モノ(物)」の「ことわり(理)」を探究する学問ですが、量子力学においては、この100年でその「モノ」に対する観方が大きく変わったことが際立っています。佐藤文隆先生はまず、20世紀の理論物理学の巨匠であるスティーブン・ワインバーグの著作を取り上げ、当時の量子力学における観測問題に対する視点を紹介されています。当時、量子力学の観測問題は大きな混乱の渦中にありました。その混迷した状況についてワインバーグも著作の中で苦悩に近いコメントを残しています。その記述の後で佐藤先生は、現代的なアプローチで刷新された教科書として、拙書『入門 現代の量子力学』を以下のように取り上げて下さっています。

大家ワインバーグに比べれば格落ちかもしれないが、新しい世代による教科書である堀田昌寛著『入門 現代の量子力学』を見てみよう。ここでの『観測問題』、すなわち『収縮』の扱いは気抜けするほどにあっさりしたものである。

『量子力学の100年』p84
堀田昌寛著『入門 現代の量子力学』(講談社サイエンティフィク)p102
堀田昌寛著『入門 現代の量子力学』(講談社サイエンティフィク)p102

(堀田量子引用後)
状態ベクトルや密度行列を外界にあるものと見ないとこんなに簡単なのである。サイコロの六つの状態の各目の出る確率分布が六分の一だったのに、振って結果が3という目なら確率分布は3目状態が1、他の目は0に『収縮』することなのである。

『量子力学の100年』p84

幽霊はなぜ浮いていられるのかを物理現象として説明するのは難しいが、幽霊が頭の中のものなら悩む必要はない。

『量子力学の100年』p85

つまり拙書に書かれていますように、状態ベクトルや波動関数が実在ではないだけでなく、「観測問題」自体も幽霊のようなものに過ぎず、実証科学の立場では、その問題はそもそも存在すらしていなかったということなのです。詳しくは私の下記記事をご参照頂ければと思います。

当時の量子力学の状況について、佐藤先生は哲学者・西田幾多郎などを例としてあげ、いわゆる文系知識人の多くが量子力学をあっさり受け入れたのに対し、物理学者の多くは「抵抗を重ね、種々の実験結果に強制されてやっと二〇世紀末に飲み込んだ」とされています。この前世紀の物理学者たちが抱いていた「恥じらいの実在論者」という姿勢についても深く考察されています。ベル不等式の破れの実験結果を素直に受け取るならば、実在という概念が既に否定されていることは当時から明らかです。それにもかかわらず、多くの物理学者たちがその実在概念を完全に手放すことができなかった「悲しい」状況だったのです。これらの物理学者たちは、物理的世界が「実在する」という強い信念を抱き続けながらも、量子力学の示す不確定性や観測の役割に対する違和感を拭い去れずにいました。この「恥じらいの実在論者」の葛藤は、量子力学における観測問題がいかに物理学者たちの深層に影響を与えたかを物語っています。

ところが21世紀となった現在、量子力学は「量子情報」という新しい観点から再構成をされ、深く理解されるようになりました。佐藤先生の今回の著作から幾つかまた引用をしてみます。

「量子力学は情報理論」

EPRで提起された謎が実験による解明を経て、二一世紀に入った頃からは、量子的『情報の理論』として深化を深めている。

『量子力学の100年』p146

『情報の理論』とは、量子力学の数理理論に登場する状態ベクトルや波動関数といった数学的量は実在の表現ではなく、実在についての『情報の理論』であることが鮮明になったという意味である。

『量子力学の100年』p146

すなわち、老舗の物理学本舗から暖簾分けしてもらって量子情報は始まった、と。ところが、新量子がコモディティ化した遠い未来では、量子情報が物理学本舗の椅子に座り、素粒子理論や超弦理論は量子情報本舗の末端の一支店に転落する下剋上が起こっているかもしれない。

『量子力学の100年』p27

いまやこの性質を表現するには量子力学におけるモノを『モノ』として捉えるよりもむしろ『量子情報』と呼ぶのに相応しいものであることが明確になっている。

『量子力学の100年』p54

また、佐藤先生は、最近内容を補足して文庫化された『物理学の世紀』(講談社学術文庫)の最後でも、前世紀にアインシュタインやプランクから批判を受けたエルンスト・マッハによる「マッハ主義」が、今後の物理学に復活してくる可能性についても言及されています。特に、今後の物理学が最終的にはそのマッハ主義によってそのサークルを閉じるという主張をされていますが、個人的にはこの点に深く共感をいたします。

マッハ主義は、物理現象を観測や経験に基づいて理解しようとする立場であり、局所実在の概念が否定をされた量子力学によって、実証主義的な新たな解釈が求められる中で、再評価されるべき理念だと私も考えています。佐藤先生の洞察は、物理学の歴史的文脈を踏まえた上で、未来に向けた新たな視点を提供しており、非常に興味深い考察なのです。

これまでの量子力学の歴史を概観し、整理した上で、今後の量子力学の発展、特に教育や教科書の刷新が求められる重要性を訴える佐藤文隆先生の著作『量子力学の100年』は、まさに毎日出版文化賞にふさわしい作品であると再度申し上げたいと思います。読者にとって、非常に有意義な内容となっています。量子力学教育においても、佐藤先生の提案する視点が新たな指導法や教科書のあり方に影響を与えることを期待しています。佐藤先生のこのように優れた文化的な貢献が、この賞においても認められたことは、物理学界全体にとっても大きな喜びです。


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