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量子力学の「爆弾検査問題」は不思議か?

相対論では、双子の兄がロケット旅行をしてくると、地球の弟のほうが年をとっているという「双子のパラドックス」は有名ですが、これはちゃんと考えると説明が付くもので、実は不思議でもパラドックスでもありません。同様に、量子力学で不思議とされるパラドックスとして「爆弾検査問題」というものが知られています。これは「無相互作用測定(interaction free measurement)のパラドックス」とも呼ばれることがありますが、これもちゃんと考えれば、不思議でないことが分かります、今回はこれを説明してみましょう。

その準備として、図1のように、完全反射をする鏡を光子の進路に配置をします。

図1:完全反射鏡を配置した量子光学系

図1では長方形で囲まれた2つのユニットが繋がれており、各ユニットを光子が通過する時間は非常に短いΔtとします。図1の左上から最初のユニットに入射した光子は中央の鏡で反射され、斜め上の鏡で右横方向に進行し、更に鏡で斜め下方向に進路を変えられて、中央の2枚目の鏡で反射されて、斜め上方向の進路で最初のユニットから出ていきます。2つのユニットの間には水平に配置された鏡があり、それによって光子は再び斜め右下方向に進路を変えて、第2のユニットに入ります。後は第1ユニットとプロセスの繰り返しをして、光子は第2ユニットの斜め右上方向から出てきます。

さて、図1の各ユニットの中央に置かれた鏡を、すこし透けた鏡に置き換えましょう。図2では灰色の長方形でこの鏡を表示しています。この灰色の鏡は、ある低い確率で光子を透過します。

図2:小さな確率で透過できる鏡を中央に置いた量子光学系

各ユニットの左の上下から光子を入力しましょう。1つのユニットを通過した光子では、その波動関数の振幅(古典光ならば、電磁ポテンシャル)が、(1)式のように灰色の鏡によって変換されます。

(1)式:透過鏡による光子の振幅の変化

ここでωは鏡の配置の設計で決まる正のパラメータです。今ωの逆数に比べてΔtはずっと小さいとします。すると(1)式の三角関数の引数も小さくなるため、テーラー展開を使って(2)式が得られます。

(2)式:短時間展開

次に、図2で灰色の鏡を入れたユニットをN個用意し、それを横に繋いだ量子光学系を作ります。

光子が全部のユニットを通過するのにかかる時間は

(3)式

で評価されます。n個目のユニットを通過した光子がn+1個目のユニットから出てきたときには、光子の振幅は

(4)式:n→n+1での光子の振幅変化

という変換を受けます。ここで初期の入射光子は左上から入射するため、、その初期振幅は

(5)式

で与えられています。(4)式の変換がN回つづくため、最後のユニットから出てきた光子の振幅は

(6)式:連続したN回の変換

と計算されますが、(4)式の変換は振幅を表す空間での回転ですから、(7)式のように、その回転角度をN倍にして1回だけ回転行列を掛けて評価することができます。

(7)式:N倍した角度の回転を1回だけ施した変換

ここで、(3)式のトータルの時間Tを使うと、

(8)式:N個のユニットが与える変換

という関係が得られ、そして

(9)式

という時刻Tを設定すれば、

(10)式:ωT=π/2の場合にN個のユニットを通過した光子が受ける変換

ということなります。従って光子は、(5)式の初期状態から

(11)式

という終状態に変換され、最初のユニットに上から入射した光子は、最後のユニットでは下から出てくることになります。

図3:最後に下から光子が出てくる、N個のユニットを繋いだ量子光学系
(12)式

さて、ここからが「爆弾検査問題」の説明になります。図3の各ユニット内の下の領域に、光子を簡単に吸収して破裂する爆弾を入れます。

図4:爆弾が入れられたユニットでの量子光学系

低い確率で下の経路を通過する光子は、途中にある爆弾に必ず吸収されます。その爆弾の後ろにはもう光子は出てきません。各ユニット内の2番目の灰色鏡からは、非常に小さな確率で次のユニットの下方向への入射がありますが、きちんと評価すると、それはこれからの計算に影響しないことがわかるため、それを無視できます。したがって、図4の場合の光子の変換は、図5の量子光学系での変換に、高い精度で一致します。

図5:光子の非干渉型の設定

図5の中のn番目のユニットから出てきた光子が、n+1番目のユニットに入射した後の振幅は

(13)式

で与えられます。したがって、n+1番目のユニットから光子が上に出てくる径路の振幅は

(14)式

と計算されるため、N個のユニットを通過した後の光子が初期状態と同じ上に出てくる振幅は

(15)式

となります。ここでTを固定して、Nを無限大する極限を考えてみます。すると、

(16)式

という関係が使えるため、光子が上の径路に出てくる振幅の極限は

(17)式

となり、光子の初期振幅と全く変わっていないという結果が得られるのです。

上から最初のユニットに入射した光子は、最後のユニットの上に出てくる.

これは一見「不思議」です。爆弾が入れられていない場合では、光子の振幅は(12)式のように変化するのに、爆弾が入れられると、爆弾がない上側の径路のみを光子は各ユニットで通過をしていることになるからです。光子が鏡を透過する前に、まるでテレパシーで光子が下の領域にある爆弾の存在に気づいて、下の径路に行くことを避けているようです。

N無限大極限では、光子は下の径路を通過する振幅が零となるため、爆弾が光子を吸収することもなく、どの爆弾も破裂しません。そして、光子が上から出てくれば、爆弾がユニット内に入れられていることが判明し、一方で、爆弾が入れられていない場合には、光子は下から出てくるのです。これが、量子力学の「爆弾検査問題」です。爆弾は結局破裂しないので、あたかも光子と爆弾は相互作用をしていないようにも見えることが、「無相互作用測定のパラドックス」とも呼ばれる所以です。

さて、このパラドックスは不思議ではないことを次に説明をしましょう。まず量子力学が正しければ、図4の爆弾検出は可能であり、間違っていません。では、なぜ不思議ではないのでしょうか?

まず「不思議」と人に思わせる仕掛けは、プロのマジシャンが行う観客の意識の誘導と似ています。たとえば、爆弾の演じる本質的な役目は、何でしょうか?それは下の径路を進む光子が、再び中央右側の灰色の鏡に届かないようにすることです。実は、図6のように、各ユニットの下側の最初の完全反射の鏡を抜き、またユニット間の下側の鏡を抜いた場合と、図5の場合とでは、光子の変換は同じになります。

図6:爆弾無しで鏡を抜いただけの設定

図6で灰色の鏡を下に透過した光子は、そのまま直進して、次の灰色の鏡には到着できません。すると(13)式と同じ評価ができて、(17)式と同じように、光子は上からでてきます。つまり、相互作用も測定も、何もしない一般的な場合でも、光子は上から出てくるのが、極普通なのです。N無限大極限での図4の設定で、光子が上の径路のみを通るのは、下に爆弾があるからではありません。灰色の鏡を透過した形跡の信号を大幅に増幅する図3の干渉効果が図4では無いため、図4の光子は上の径路のみを普通に進むしか選択肢はないのです。このことを、印象操作によって「不思議」と思わされただけなのです。

小さな透過率の影響を見るには、N個のユニットではなく、図7のように、Nの2乗個のユニットを繋げる必要があるのです。

図7:Nの2乗個のユニットの連結

実際そうすれば、

(18)式

のように評価が変更されるため、ほぼ確実に爆弾は破裂をし、そして「不思議さ」も消し飛んでしまうので、「パラドックス」というマジックの面白みも無くなってしまいます。図4や図6の設定では、そもそも最初から、灰色の鏡を光子が透過する確率が小さすぎたのです。図4のようにユニットの数をたかだかN個にしたところで、下に光子が行く振幅は小さいままだったので、完全反射鏡の図1の設定との定量的な差がなく、図4の爆弾にも大きな影響を与えられないという事実があるだけです。これがマジックの種です。干渉が起こる非自明な図3の結果を自明だと最初に勘違いさせて、図4の当たり前の結果のほうが非自明で不思議だと、人に思わせているのです。

さらに種明かしを続けると、この図3と図4の比較の実験は、量子的な1つの光子でする必要はなく、古典領域のマクロな振幅をもつレーザー光で実現可能でもあるのです。図4の設定では小さすぎた鏡の透過効果を、振幅の重ね合わせの効果で、増幅したのが図3の場合であり、そして(12)式の結果なのです。本来はNの2乗個のユニットが必要なところを、図3のように古典光でも起きる重ね合わせの干渉効果で、ずっと少ないN個のユニットだけで透過鏡の小さな影響を観測できたという話にすぎません。図3の場合も図4の場合も、特に量子性が効いているわけでもありません。したがって、最初の「量子力学のパラドックス」という言い方も、読者を敢えて誤誘導するマジックのテクニックの1つだったと言えます。

なお図8のように下の径路を通る光子の進路は同じまま、その光子と相互作用をして、下の径路に光子が居るという情報を記憶しながら、光子にデコヒーレンスを起こす紫色の物体を置くだけでも、(17)式の結果は出てきます。N個のユニットに渡る干渉が妨げられるからです。または、その紫色の物体が、ありがちな環境系のように振る舞うときも、古典領域のマクロな振幅をもつレーザー光の光子の位相がランダムになるために干渉は起こりません。したがって、そのときにも同様に(17)式の結果になります。

図8:下の径路を通過する光子と紫色の物体の間の相互作用でのデコヒーレンスが干渉を阻害する

哲学者は解決を目指すのではなく、問いを作ることばかりに熱心であると、ときに言われますが、物理学では違います。とくに物理学者が「不思議だ」「パラドックスのようだ」と感じたことは、徹底的にそれを考察をして、きちんと腹落ちをするように解決をするのです。「不思議、不思議」と騒いでいるだけでは、実証科学は進みません。一つ一つの疑問を丁寧に考えて解決しようという姿勢と、論考の具体性が求められるのです。それを、物理学徒の皆さんは忘れないようにして頂ければと、私は願っております。


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