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量子力学では、なぜ位置と運動量は非可換なのか?

学部生だったとき、演習の先生が量子力学の非可換性について、「蹴ってから謝るのと、謝ってから蹴るのとでは、結果が違うよね?ただそれだけ。」のような話をしていました。量子力学ではなく、非可換性がない古典力学のほうが、むしろ圧倒的に変わっているのです。

「量子力学において、なぜ位置と運動量は非可換なのか?」という質問をされることがありますが、私の意見では、その問題の立て方が悪いのです。最初に「古典力学において、なぜ位置と運動量は同時測定できると考えていたのか?」を考察すべきです。そして、よくよく考えると、その同時測定可能性の根拠は、そもそも無かったことに気づけるはずです。

量子力学において、位置や運動量などの物理量は、物理操作と1つの基準測定で定義をされる概念です。これについては下記noteを参考にしてください。

各物理量に対する「物理操作+基準測定」のセットは、実験で同時に実現できないものが多いのです。例えばシュテルン=ゲルラッハ(SG)実験でも、スピンy成分とスピンz成分を同時に測ることはできません。SG装置をy方向に向けることと、z方向に向けることを同時に実現できませんよね。他の実験でも、スピンy方向を測る設定と、z方向を測る設定を同時に実現できないのです。

ここでスピンy方向を測る「設定」は、量子力学基礎論分野では、「文脈」と呼ばれることもあります。つまり文脈が同じ物理量でなければ、同時測定はできないし、それを線形代数を使った記法で書けば、その物理量行列(演算子)が非可換となるというわけです。これは、粒子の位置と運動量でも同じです。単にそれだけです。

むしろ、いつ演算子が可換になるのか、いつ物理量は同時測定になるのかを問うべきで、それは定義に戻ればわかります。これについては、上に貼ってある「堀田量子第2.5章」のnoteを参照してください。つまり、1つの物理操作と、固定された基準測定で、最初から同時に定義をされていた物理量だけが、同時測定可能であり、線形代数記法で書けば、その演算子は可換になるのです。

「量子力学において、なぜ位置と運動量は非可換なのか?」という問いは、深遠そうに見えますが、量子力学における物理量の定義を、議論の始めにきちんとしていなかったために生じた混乱に過ぎません。その数学の理解ではなく、物理の理解のほうが浅いままだと、本来自分で簡単に答えられる問いも、「不思議だ」「神秘だ」などと、誤解をしてしまうのです。

演算子とか代数とかの数学の見かけに騙されて、物理量の非可換性を「深遠な、物理学における未解決問題だ」と、軽率に言う人もいるのですが、ちゃんと考えるとわかる話に過ぎません。見かけの「数学」が、その人にとっての衒学になっているのです。物理学徒の皆さんは、道具に過ぎない数学よりも、その数学が語る背景の物理を、しっかりと考えましょう。


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