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量子力学での「実在性」は測定方法に依存している。

量子力学では、普通の意味での実在が実験で否定をされています。

量子力学の実験で現れる物理量の値は、測定機自体が生み出すものなのです。測定前から実在していたものを、測定で観測しているわけではありません。

古典力学では、粒子の位置と運動量は、同時に正確に測定できると考えられきましたが、量子力学ではそれも否定をされます。粒子の位置を測定したい場合には、運動量の精密測定はあきらめて、位置測定に特化した測定機を用意する必要があるのです。そして運動量を測定したい場合には、位置の精密測定を断念せざるを得ないのです。

粒子Aの位置を測定したい場合には、たとえば図1のように、幅が小さな波束状の光をAに当てて、その散乱光を顕微鏡で捉えて、その位置の実験値を得ます。

図1:粒子の位置測定の例

一方で、同じ粒子Aの運動量を測定したい場合には、たとえば運動量の値がはっきりしている平面波状の光子を当てて、粒子と光子の間のコンプトン散乱での運動量保存則を使って、粒子の運動量を測定します。

図2:粒子の運動量測定の例

重要なことは、図1の設定と図2の設定を同時に実現できないことです。一般に、位置の精密測定と運動量の精密測定を同時に実現する測定機は存在しないことが、量子力学の不確定性関係から分かっています。

古典力学のノリで、粒子の位置の値を実在だと思いたい場合には、「特定の実験設定での実在」という但し書きが量子力学では必要となるのです。この実験設定のことを「文脈性(contextuality)」と呼ぶこともあります。位置の実在性を議論する図1と、運動量の実在性を議論する図2とでは、「その文脈性が異なっている」という言い方をするのです。

量子力学で敢えて物理量の実在を考えるときには、このように実験設定(文脈)をきちんと指定する必要があるのです。古典力学的なセンスならば、実験毎に異なる実在概念を「実在」とは呼びたくはないと思いますが、量子力学ではいわゆる客観的な実在が、そもそも存在していないのです。

「いやいや、それでも客観的な実在はあるでしょう?」と抗ったのが、有名なアインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの3人(通称EPR)の主張でした。

量子力学は実在を捉え切れていない不完全な理論であり、その背景にはきちんとした実在論があるかもしれないと主張したのです。

実在性に関する彼らの言い分を現代流にまとめると、以下のようになります。まず2つの粒子AとBの量子もつれ状態を考えます。その状態では2つの粒子の全運動量の値が零となるようにします。Aの運動量の値とBの運動量の値の合計がいつも零であるようにするのです。量子力学でも、ある極限として、そのような状態を考えることが可能です。

そこでEPRの3人は、図3のようにすると、粒子Aの位置と運動量を同時測定できると言うのです。

図3:EPRが主張した、粒子Aの位置と運動量の同時測定法

まず最初に粒子Bの運動量の値を測定します。その値に-1を掛けたものが、粒子Aの運動量の値です。粒子AとBの置かれている場所は十分に離れており、相対論的な因果律のため、この粒子Bの測定は粒子Aの状態を変化させないとEPRは考えました。次に粒子Aの位置測定を行います。得られる粒子Aの位置の値は、粒子Bの測定前の粒子Aの位置の値そのものだと、相対論的な因果律の前提から主張できるとしたのです。すると、粒子Aが測定前に持っていた位置の値と運動量の値が正確に、かつ同時に測定できるではないかというのが、EPRの主張でした。その実在を記述し損ねた量子力学という理論は不完全であり、実際には粒子の位置と運動量は同時に存在する実在であると考えたのです。

しかし、このEPRの主張はボーアなどの反論にあって、現在では間違っていると考えられています。EPRのおかしな部分は、次のようにも指摘できます。彼らが主張をした粒子Aの位置と運動量の実在性の根拠は、粒子Aと粒子Bの運動量の合計が零であるという性質をもつ、特別な量子状態にあります。しかしこの量子状態を少しずらして、運動量の合計が零ではなく、確率的な分布を持つようにすると、粒子Bの運動量の値から粒子Aの運動量の値を決めることができなくなるのです。つまり粒子Aと粒子Bの任意の量子状態に対して、粒子Aの位置と運動量の同時実在性は保証されていないのです。彼らの状態では位置と運動量が実在していたのに、ちょっとだけその状態を変えた途端に、その根拠が消えてしまうのならば、そもそもそれを「実在」と呼んでいたことが不注意なのです。古典力学での実在とは、任意の状態で実在だったはずですが、量子力学ではそのような客観的な実在は存在しないのです。

またボーアが指摘したように、EPRの方法で得られる粒子Aの位置の測定値は、粒子Bとの量子もつれ状態を作る前の粒子Aの位置の値とは一般に異なるのです。本来は図4の上のように、粒子Aだけで或る量子状態にあった設定を考える必要があります。これは粒子Bとは独立な状態です。その状態での粒子Aの位置の値を本来は知りたいはずなのですが、EPRの図3の状態にするためには、図4のように粒子Aと粒子Bとを相互作用させる必要があるのです。

図4:粒子Aの運動量測定のための相互作用が粒子Aの位置に乱れを与える

この過程において、粒子Aの元の状態での位置の値には、不確定性関係を通じて、相互作用中に乱れ(擾乱、じょうらん)が必ず発生してしまうのです。したがって、図3で改めて測定をした粒子Aの位置の値は、粒子Aの元の状態での位置の値ではなくなっているのです。ただし、粒子Aの運動量の値は乱さないまま、図4の操作は可能です。なので図3で得られた粒子Bの運動量の値が、図4の上の状態での粒子Aの運動量の逆符号の値であることは保たれます。ですから、量子力学の文脈性で言うならば、図3は飽くまで「粒子Aの運動量測定」であって、粒子Aの元の状態における位置の値の測定ではなかったのです。

このようにもし量子力学で実在性に拘り続けたい場合には、それは測定方法に依存する「実在」となる点が、量子力学の特徴なのです。


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