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量子多重人格問題と自己一意性

興味深い質問を頂きました。それは多世界解釈の量子多重人格問題とある程度関係をしています。我々が日常で体験しているように、我々の体というマクロ量子系では、すくなくとも1つの時刻に1つの人格の意識の<私>が現れています。ここでは「自分はこの私だ」と思っている、この「私」の部分を、山括弧の<私>で書いています。多世界解釈では、マクロ量子系としての人間の体には異なる意識基底が考えられます。つまり、1つの時刻に量子的な多重人格を宿すのです。

<私>、つまり自分の意識がただ1つであるということを説明できないことが、多世界解釈の根本的な欠点になっています。

一方で、標準的なコペンハーゲン解釈では、多世界解釈のように理論の線形性だけから、全てを説明しようとする無謀なことはしていません。最初から公理として、<私>の存在と、その意識基底が与えられているのです。そこから、観測主体としての<私>の営みとして科学を始めています。ですから量子多重人格問題は最初から存在していません。

「意識の自己一意性問題」ですが、元々は量子力学と切り離されて、哲学分野で長く議論をされてきた経緯があります。

図1のように、空間的に離れたA地点とB地点を考え、それぞれの場所に外界と完全に隔絶する部屋を作り、そしてその中で、素粒子から全く同じ人間の体を作ります。脳内の記憶状態や手足の状態まで全て同じにします。量子力学で扱うならば、その2体の量子状態を完全に一致させることに対応しています。

図1:異なる2地点に物理的には全く同じ人間が作られている

全く同じマクロ系なので、こっそりと二人を部屋ごと交換しても、原理的に区別がつきません。

図2:二人の人間を部屋ごと交換しても、区別がつかない

ここでA地点の人間に注目すると、図3のように、もちろんこの人は<私>は、この私だと思っています。つまりただ1つだけの意識があり、そしてこの意識はB地点などの他の場所の肉体には宿っていないと感じているわけです。

図3:A地点の人間は、<私>はこの私であると感じている。

でもB地点の体は、A地点の体と全く同じなのですから、A地点の人間は「なぜ私は、B地点の人間ではないのだろう?」と疑問に思うことも可能です。B地点の肉体ではなく、何故このA地点のこの肉体に自分の意識は宿っているのが不思議だというのが、頂いたご質問でした。

最初に整理をすると、まずこの自己一意性の問題は、多世界解釈理論では解決を求められる量子多重人格問題、つまり基底選択問題とは、異なる問題です。

基底選択問題に出てくるのは、たとえばA地点の1つの部屋の中の人間の状態です。図4は、部屋のある場所に人間がいる状態を表しています。

図4:A地点の部屋の中である場所にいる状態

図5は、その場所とは異なるところに人間がいる状態であり、図4の状態と図5の状態は、量子力学でも1回の測定ではっきりと区別できる状態です。

図5:A地点の部屋の異なる場所にいる状態

ところが基底選択問題では、この2つの状態の線形重ね合わせが出てきます。たとえば図6のような、マクロな量子状態の重ね合わせが原理的には実現可能です。

図6:量子的な重ね合わせ状態

1つの体に関して、図6の状態の意識基底を採用するのか、それとも図4と図5の意識基底を採用するかが、多世界解釈では決まらないというのが、基底選択問題です。

ところが、自己一意性問題では複数の体を考えています。たとえば図7のように、同一の2つの体を生成して、それを外とは隔絶した部屋に入れて置くのです。

図7:地球と月に、同一の肉体を入れた隔離部屋を作る

この場合では、地球の体に宿る意識は、何故月の体に宿らなかったのか?というのが、自己一意性問題です。多世界解釈の量子多重人格問題では1つの体の話でしたが、今の場合は2つの体で問題が設定をされているのです。

この自己一意性問題は、哲学でも脳科学でも未だ解かれていない問題です。しかし、このnoteでは、私見を書いてみようと思います。

まず図7で、敢えて外部から体を隔絶させる部屋を考えているのには意味があります。量子力学でこの体というマクロ量子系の状態を一意に与えるためには、環境系から完全にその人体を切り離すことが必要なのです。環境系と相互作用をする場合、その環境系となす合成系全体を考えないと、完全にその体の状態を指定することができなくなるからです。異なる環境系と相互作用をする2つの体は、それぞれ別な状態になってしまいます。

ところが、この隔離状態では、A地点の体に宿った意識は、B地点に自分と全く同じ体が存在することを確かめようがないのです。ですから、量子力学的に正確な問題設定を用意すると、そもそも「何故<私>は、B地点の人間ではないのだろう?」という問いの意味自体がないのです。なので、自己一意性問題は起きません。

では図8のように、それぞれの部屋から体を外に出すとどうでしょう?地球と月とでは、体と相互作用をしてくる環境が全く異なるため、それぞれの体は異なる体験をして、違う記憶状態が生成されます。

図8:部屋から出て、それぞれの場所の環境に晒される体

つまり異なる環境によって生じる差異が、<私>に影響をしてくるのです。この段階で初めて、自分が地球にいたり、月にいたりすることに気づくのです。そして「地球の<私>が、月にある体ではなく、何故地球のこの体に宿っているのか?」と初めて問えるようになります。この意味で、環境で経験をするこの差異こそが、他人とは異なる<私>というものを創発しているとも言えます。

しかし、この段階で、同じ2つの体の「自己一意性問題」は、普通の他人との一意性問題に吸収されてしまいます。量子状態が異なる地球と月の体は、普通の双子の体と同じだからです。地球にいる<私>は、他の地球の人との関わり合いの中でロケットを作り、図9のように、月にいるもう一人の自分、つまり「双子」に会うこともできるでしょう。

図9:月での「双子」の出会い

ですから、特に体が全く同じ2つの人間を考える特殊性は、自己一意性問題の本質に影響を与えません。

では、何故我々の<私>は、他の人間の体ではなく、この自分の体に宿っているのでしょうか。それはもしかしたら、単に自分の脳と他人の脳の相互作用が弱いだけなのかもしれません。我々の脳は、他の人の脳とは直接繋がっていません。そして、図10のように、それぞれ独立した脳が「<私>はこの私だ」と思っています。

図10:相互作用の弱い脳が感じている、それぞれの<私>

ですが、もし相手の脳と自分の脳が近未来の技術で信号を密接に交換しあう状況を作られると、相互作用が強くなります。すると相手の<私>と自分の<私>とが1つに統合されて、図11のように、全体として1つの<私>が立ち上がってくるかもしれません。1つの体の右脳と左脳が統合されて、1つの<私>が立ち上がっているように。

図11:接続された2つの脳

ここで、図12のように、一方の脳を量子コンピュータにする思考実験もあり得ます。

図12:量子コンピュータと融合した脳

その場合でも、量子コンピュータとともに1つ<私>が創発してくる可能性があるのです。

また2つの脳が繋げられる場合で、その脳や体の空間的な距離がかなり離れていても、図13のように、全体として1つの<私>が維持されることもあり得ます。

図13:空間的に拡張された<私>

ただし、情報交換の速度は光速度を超えないため、意識活動自体はある程度ゆっくりである必要があります。

これまでは、複数の<私>が1つの<私>に統合される思考実験を考えました。逆に、1つの<私>が複数の<私>に分裂する思考実験もあり得ます。また、我々は経験として1つの<私>を感じていますが、たとえば体の各細胞に入っているミトコンドリアたちが、今もなんらかの情報交換を密に行っていて、統合された1つの「ミトコンドリア意識」を独立に体内で持っている可能性だってあります。それを我々の脳は把握していないだけかもしれません。つまり、多世界解釈の量子多重人格とは異なる設定で、構造自体が異なる複数の<私>が1つの体内に存在している可能性も否定できません。

人間の母親は子宮に胎児を宿せますが、通常は胎児が意識を担えるほど脳が成長する前に出産を迎え、生まれた後の成長において<私>という感覚が幼児に芽生えます。しかし、他の星にいるかもしれない高等生命の出産では、脳の成長が子宮の中で速く進んでしまって、意識が母親の胎内で既に芽生えている可能性もあります。人間とは異なり、この生命体が親の脳と胎児の脳を直接繋げる伝達系を持っていれば、親の<私>は、自分から子の<私>が分岐する実感をもつかもしれません。上では複数の脳を繋いて、1つの大きな<私>に統合する可能性を論じたわけですが、一方でこのように<私>が分岐していく可能性もあるのは、個人的には興味深いと思っています。

なおこれまでの考察でも、元の自己一意性問題自体は解けてはいません。<私>の統合や分岐において「何故この私なのだろう」と考える問題は、実証科学としては不良設定問題であり、結局答えようのない問題なのです。これが私の現時点での立場です。


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