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ウィグナーの友人は重ね合わせを自認しないから、ウィグナーにとっても重ね合わせにならないと主張できるか?

日経サイエンスに、「ウィグナーの友人」の思考実験に関する下記の記事が出ていました。

これはサイエンティフィックアメリカン誌の記事の翻訳で、その元記事に対するnoteを下記に書きました。

日経サイエンス誌の記事やその元記事では、量子力学の欠陥として観測問題があることになっていますが、これは前世紀の古い価値観に基づいた、意味のない主張です。

「ウィグナーの友人」とは、単なるロボットではなく、意識をもった存在を指しており、たとえばシュレーディンガーの猫を観測して、その生死を一意に認知できる能力をもった人間などを想定しています。

外部観測者にとっては、シュレーディンガーの猫は生の状態と死の状態の量子重ね合わせになっています。同様に外部にいるウィグナーにとっては、その友人の猫に関する記憶も「生きている」という記憶と、「死んでいる」という記憶の重ね合わせになっており、どちらか1つに決まっていません。これが標準的な量子力学の答えです。でも、これを感情レベルで受け入れらない人が、矛盾だとか量子力学の欠陥だとし、それは明確な「観測問題」であると主張したりするのです。

しかし、それは単なる「お気持ち」の問題であり、量子力学という理論自体には矛盾も欠陥もないのです。上の「ウィグナーの友人」のnote記事にも書きましたように、たとえば、量子力学を受け入れられない人は、ウィグナーの友人であるチャーリーの立場で、本質的に以下と同じようなことを言います。

『量子力学では、「猫が今生きている」というチャーリーの記憶も、「猫はもう死んだ」というチャーリーの記憶も、猫の生死状態に対応して重ね合わせになっている。それは絶対おかしい!チャーリーは1つだけの意識をもった人間だ!部屋の中にいるチャーリーの意識は、ずっと連続的に働いており、その意識にとっては、各時刻に猫は生きているか、死んでいるかのどちらだ。だから、外に居るウィグナーにとっても、客観的な事実として、猫もチャーリーも重ね合わせなんかに、なってない!』

この意見の前提には、「もし意識をもったチャーリーが量子的重ね合わせになるとしたら、チャーリー自身も自分が重ね合わせになっていると自覚できるはずだ」という思い込みがあるのだと思います。

しかし、量子力学での状態の量子的重ね合わせでは、その内部観測者には重ね合わせの違和感は全く出てこないのです。その観測者が、どの時刻でもしっかりと意識を持っていても、です。今回はそれを確かめておきましょう。

例として、意識をもったアリスが今からある場所に行くかどうかを悩んでいる場合を考えてみます。アリスは仕方がないので、手元にある2準位スピン粒子の測定をして、それが上向きだったら行く。下だったら行かないと意思決定することにしました。

図1は、最初からスピンは上向き状態にある場合です。悩んでいるアリスはその粒子を触って(相互作用をして)、それが上向きであることに気づきます。そして、「行く」と決定しています。

図1:スピン上向き状態の場合のアリスの行動決定過程

この場合、アリスの意識は途中で飛ぶこともなく、連続的に働いています。もちろんスピンを触った後に自分が「行く」「行かない」という重ね合わせになっていると感じません。単に「行く」と決心しているアリスがいるだけです。

一方で、図2のように、スピンが下向きだったら、その粒子を触ったアリスは「行かない」と意思決定をします。

図2:スピン下向き状態の場合のアリスの行動決定過程

この場合でも、アリスの意識は常に働いており、途中で無くなることもありません。そして粒子を触った後も、自分が「行く」「行かない」の重ね合わせになっているとは全く感じてません。

ところが量子力学では、外部観測者のボブにとって、図3のようにアリスとスピンの図1の歴史の状態と図2の歴史の状態を「足し算」することができます。シュレーディンガーの猫の場合と、同じようにです。


図3:ボブの立場での量子的な重ね合わせ

ここで重要なことは次のことです。足し算はボブの立場でできているだけなので、二つの歴史の中のそれぞれのアリスは、それぞれ自分が重ね合わせなっていることには気づかないままです。各々のアリスの頭の中に「あっ、自分は今重ね合わせになっている」という記憶が、どこにもないからです。

ところが、量子力学では面白いことに、初期時刻の状態においてスピン上向き状態と下向き状態の「足し算」は、(1)式のように、横方向に向いた1つのスピンの状態で書けてしまうのです。

(1)式:スピン状態の足し合わせ

つまり図3の状況は、図4の状況と同じだということです。

図4:ボブにとっての初期にスピンが横向きだった状態からの時間発展

図4で注目すべきなのが、初期時刻にアリスの状態もスピンの状態も重ね合わせになっていない点です。なのに、時間が経つと、アリスは粒子を触って、それが上向きであるか、下向きであるかのどちらかになるのです。そして、外部観測者としてのボブから見れば、アリスとスピンの合成系の状態全体は、最後に重ね合わせになっています。内部のアリスは、それに気づかないのに、です。ボブから見れば、アリスは「行く」と決心した状態と「行かない」と決心した状態の重ね合わせであり、「行く」とも「行かない」とも決まっていないのです。

たとえアリスが意識をもっていても、図5の時間の流れと、図6の時間の流れの中のアリスの意識の動きは、全く同じなのです。同様に図7の時間の流れと、図8の時間の流れの中のアリスの意識の動きも同じです。

図5:スピンが上向きの場合
図6:スピンが横向きの場合に上向きが観測された場合
図7:スピンが下向きの場合
図8:スピンが横向きの場合に下向きが観測された場合

外部のボブにとっては、確かにアリスの意識は異なる記憶の状態の重ね合わせなのですが、量子力学では、アリスはその自分の重ね合わせには全く気づけないことが確認できました。矛盾を起こさずに、アリスはそれに気づかなくて済むのです。

したがって、ウィグナーの友人であるチャーリーも、自分が重ね合わせになっていることには全く気づけません。でも、ウィグナーにとっては、チャーリーは確かにに重ね合わせなのです。ですから、重ね合わせになるチャーリーに意識があっても、量子力学という理論自体には、全く矛盾はないのです。

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