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生命と自然法則の形

大変お世話になった御大の先生から、カミオカンデの水槽ができたばかりの頃の話を聞いたことがある。壁中に貼り付けられた巨大フォトマルの感度は凄まじく、水中に棲んでいた極わずかの微小生物が死ぬときに発するという微光もノイズとして見えていたと聞き、一寸の虫にも五分の魂と少し感傷的になったのを覚えている。

これは、タンクに初めて水を溜めたときの話らしい。まだタンクに微量付着していた微生物である。生きているときには細胞膜で仕切られていた化学物質が、その膜が壊れることで混り、化学反応を起こして光を出しているようだ。生きている状態の生物から出る光子(生体フォトン)を研究する分野も最近では大きな広がりを持っていると聞く。一方で、そのような微弱な光を捕らえるための、量子測定理論や量子情報理論に基づいた高性能の測定機の開発も進んでいる。生命科学と物理学とのそのような協同は、今世紀に大きな発見を人類に与えるかもしれない。

生命における化学的な現象の根本は、量子電磁力学の作用を表すたった1本の式で記述される。だがこれをもって生命現象を全て理解したと言うべきではない。この式は圧縮符号化された暗号のような存在であり、自然が行うその復号化は、無限に多様な生物と生命現象を生み出す。この式は、無限大の辞書を無限圧縮したようなものだ。

物理法則が全部解明され、それを書いた未来の教科書は有限個の数式しか含まないかもという予想は、素粒子分野の悪い還元論の名残だと思っている。たとえ宇宙の法則がたった1本の数式に集約されても、それは無限圧縮符号化された記号に過ぎず、宇宙を理解するためにはそれを無限に復号する必要があるからだ。

現代物理学における様々な基礎的な対象の作用(運動を定める根源的な量)を表す、量子電磁力学を拡張したこの下式でも同様である。

これも、知られている宇宙の法則を無限圧縮した記号にすぎない。この作用の式だけを書いて宇宙法則の全てだと主張することは、科学的には妥当ではない。宇宙の初期条件、境界条件、ときには人間原理まで総動員しないと、作用の数式に中に含まれる宇宙の暗号を復号化できないからである。

また作用の式自体の使い方の探求も本質的である。それを量子力学に代入(入力)をして、初めて作用の式は翻訳されて、自然を記述していく。その量子力学という法則自体を、自然がなぜ採用したのかという深淵な問題は、今では物理学の大きなテーマの1つになっている。今後の物理学徒たちに委ねたいとても重要でかつ面白いテーマだ。

人間が感知し得る宇宙の法則は、全て量子情報の言葉で将来書かれるだろうと、量子情報物理学の預言者として、私は記しておきたい。五感をもとに始まった「科学」を営むものは、意識をもった存在(意識を獲得した将来のAIも含む)でしかありえない。そしてその存在が宇宙を理解するためには、情報を必ず介在させる必要があるからだ。世界は量子力学に支配されているのだから、その「情報」とは厳密には量子情報に成らざるを得ない。

(写真クレジット:東大宇宙線研)



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