タイムマシンを目指す物理学徒がもし居たら
以前悲しいメールをもらったことがあります。オックスフォード大に通っていた息子さんが交通事故で亡くなったお母さんからのメールでした。彼を死なせてしまった悲しみから逃れようと、タイムマシンを研究している物理学者を彼女は本気で探していたのです。
私の研究を見つけたそのお母さんは、きっとタイムマシンに関係あるだろうと期待してメールを送ってくれたのでした。その悲しみのメールを読んでとても心が痛みました。しかしタイムマシンを私自身は作れないことだけを彼女に伝えることしかできませんでした。
タイムマシンさえあれば、事故に遭う前の息子さんのところに飛んでいき、彼を助けられると信じていたそのお母さんに対して、自分は何もしてあげることができなかったのです。
量子重力理論においては、量子情報はきっと厳密に保存すると考える研究者は多いです。そうであれば、その息子さんが生きた証も宇宙のどこかに記録され続けていることになります。今後の物理学研究が明かす新しい時空の理解や世界観において、何か人々の心を癒すものも出てくるかもしれない。そう思っています。それが例えタイムマシンでなくても、魂の救いとなる何かが。
ジョン・ウィーラーという先生がいました。彼の研究の原点はある意味「夢想力」でした。彼の学生だったリチャード・ファインマンと議論をしてる最中に、ウィーラーは唐突にこう言いだしたそうです。世界には沢山の電子があるように見えるが、実はただ1つの電子が時間を行ったり来たりしてるだけだと。それは図1のような感じのアイデアでした。横軸が空間、縦軸方向が時間です。波線は光子を表してます。

陽電子という、質量も自転スピンも正確に電子と同じ値をとるのに、電荷だけが反対な粒子があります。電子の反粒子です。電子と陽電子がぶつかると、光子になって対消滅します。また光子は電子と陽電子に対生成することもあります。この過程を表したのが図2です。

ウィーラーは、時間順方向に進む陽電子を、タイムマシンのように時間を逆行する電子だと解釈しようとしました。すると異なる粒子は必要なくなり、図1のように、ただ1つの粒子だけが時空の中をうろうろしているだけに見えます。世界中にある全ての電子と陽電子は、時間を進んだり戻ったりする、ただ1つの粒子に過ぎないと、彼は夢想したのです。時間を行ったり来たりする1つの粒子の運動を、ある時刻の断面で見たときに、沢山の電子と陽電子が出てくるというアイデアでした。これならば、なぜ全ての電子と陽電子が同じ質量、同じスピンを持つのかも自明になります。相対論的な場の理論では、時間反転で電場の向きは変わるので、電荷が反転するのも自然に見えます。
ウィーラー自身は、このアイデアをきちんとした物理学理論にまとめ上げることができませんでした。ブレーンストーミングの単なる夢想に終わります。でもこのアイデア自体は文脈を変えて、学生だったファインマンが受け継ぎ、量子電磁力学の中で多用されることになります。ファインマンはその成果でノーベル賞をとりました。
ただし完成したファインマンの理論に、タイムマシンそのものは全く出てきません。現在では、タイムマシンは何かの物理学の原理によって禁止されていると多くの物理学者は考えています。
ウィーラーは非常に優れたアイデアマンで、現代で言うところの沢山のバズワードを物理学の世界に残しました。しかし彼自身がそのアイデアを具体的な物理学理論の形にまで纏め上げたものは、ほとんどありません。それでも、彼の夢想が現在まで多くの研究者に刺激を与えています。
若い人が理論物理学を学び、研究する上でも、ウィーラーのような夢想や中二病は大切だったりします。物理学を学んで、自分でタイムマシンを作りたい。こういう夢からスタートする研究人生だって、もちろんアリなのです。ただ大学在学中には、夢想から沢山の仮説を産む発想力だけでなく、自分の論を批判的に考える検証力も身につけて下さい。
AIが爆発的に進化する中、科学する人間にとって最も大切となるのは批判的検証力だと思います。それにはAIに頼らない個々の基礎的理解の積み上げ、それに基づいたファクトチェック、論理の一貫性の精査、そして将来の読みの判断が重要です。また真の独創性が求められます。AIでも語れるような、世界のどこかにあるアイデアのミックスを人間が出せても、その価値はほとんどありません。自然科学を目指す若い人が今後努力すべきことは、原点に帰って、自然をしっかりと凝視観察することに尽きると思います。
実験や観測のデータから規則性や法則を発見することは、AIでもできる作業となるでしょう。でも人間自らが自然の深奥にタッチすることで初めて成される概念構築は、自然の記述においてはAIが提示するアイデアをはるかに超えるものでしょうし、人間のそういう高次の知的作業こそが今後高く評価されていくことでしょう。そのような学問こそが、今後の人類全体にとって必ず重要になると思っています。
生活に追われて知と戯れる無駄な時間など無いと、ある人が不愛想に言っていました。でも戦争で逃げまわるくらいに命の危険が極まった状況では、かえって宇宙や人文系の学問の知を、人は渇望するものです。死を意識すると功利的ではない本質的な知を求める。そのような時にこそ、人々の魂を救える学問でありたい。そう私は思うのです。
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