💟天照大御神は女神であった――天子湖が示す決定的証拠――地文学への招待32

🎀串呂哲学研究ノート 第533号
はじめにーー2つの重要地文を直結する解法
地文とは、大地そのものが語る“神の言語”である。 山や川、湖沼、岬といった自然の形象は、偶然の産物ではなく、古代の叡智が刻み込まれた巨大な記憶装置である。 地文学とは、その記憶を読み解き、神々の歩んだ軌跡を現代に甦らせる学問である。
前号・前々号では、「⛩️内宮と⛰️天子ヶ岳」「⛰️天子ヶ岳と⛰️御正体山」という二つの重要地文を直結し、新たな串呂が立ち上がる瞬間を体験した。 二点を結ぶだけで、古代の神皇たちが残した“見えざる道”が姿を現す――これこそ地文学の醍醐味である。(重要2地文直結法)
そして今回、さらに大胆な一歩を踏み出す。 畏れ多くも「⛩️内宮と⛰️御正体山」を直結し、その線上にどのような地文が潜んでいるのかを探ったところ、真っ先に現れたのが山梨県南巨摩郡南部町の天子湖であった。

天子湖――その名が示す通り、これは女性天皇を象徴する地文である。 串呂哲学では、凸型の山岳は男性名詞、凹型の池や湖沼は女性名詞とされる。
その女性性の典型例として、私は2022年11月、「明神池」-地文学への招待6」で、小室門院元子媛命が女性天皇であったことを示す“明神池”をご紹介した。
今回の串呂でも同じ構造が見られる。 内宮の主祭神・天照大御神は、富士王朝の神皇であられた女神さま。 その女性性を象徴する地文が、⛩️内宮と⛰️御正体山を結ぶ串呂線上に配置されているのである。
⭕⛩️内宮(ないくう/三重県伊勢市宇治館町)
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🎯天子湖(てんしこ/山梨県南巨摩郡南部町)
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⭕⛰️御正体山(みしょうたいやま/山梨県都留市大野)
🟠女性天子(神皇)を示す天子湖を貫通!

この“天子湖の貫通”は、まるで「前進せよ!」と告げる神風の信号のようであった。 そこで私は、さらに線上の地文を調査し、驚くべき配置を確認した。

💞天子湖命名譚の底流に潜む地文学
山梨県南部町の山あいに、ひっそりと水を湛える湖がある。名を「天子湖」という。 その静けさは、まるで古来からそこに存在していたかのようだが、実はこの湖の誕生はごく新しい。

1952年(昭和27年)、日本軽金属が建設した柿元ダムによって佐野川が堰き止められ、谷間に水が満ちて誕生した人工湖である。かつて川沿いに連なっていた集落や段丘は湖底に沈み、現在の穏やかな天子湖へと姿を変えた。
しかし、この湖に与えられた名は、驚くほど古い響きを持つ。
「天子湖」――その由来は、湖の北にそびえる天子ヶ岳にちなむ。古くから地域に根づいていた山名が、ダム湖の誕生によって新たな地形の表面に浮かび上がったのである。
人工的に生まれた湖でありながら、そこに刻まれた名は古層の地文を宿し、むしろ水面の誕生によってその存在感を強めたとも言える。
今号は、新しい湖と古い地名。この二つが交差して、地形の変化と地名の継承が響き合う「天子湖」に新たな串呂哲学の光を当ててみた。
🔴「天子湖」命名譚の底流には、実は地文学が潜んでいたのである!
⛰️御正体山と⛩️内宮の神風串呂――富士王朝の女性天子・アマテラス
⭕串呂起点…⛰️御正体山(みしょうたいやま)
⛰️御正体山 は、串呂至点(調査対象)の正体を鑑定する重要串呂起点(八大串呂起点)のひとつです。 国内唯一の地名(山岳)です。
正体とは「隠されているそのもの本来の姿、本体」の事で、「正体を現す」「正体不明の怪人物」などと使用します。 御正体と御の字が付くのは「その対象は、やんごとなきお方」という事で「皇統、皇室」に関する地文です。

⭕串呂至点…⛩️皇大神宮内宮(こうたいじんぐうないくう)
主祭神…天照大御神
我が国の皇祖神として超有名な天照大御神。だがこの皇祖神についての詳細情報は国民にほとんど知らされていない。
『天照大神 - Wikipedia』には記載されていないのであるが、天照大御神は、富士山麓で降誕し、皇女時代の名を大市毘女といい、長じて豊阿始原瑞穂国の初代神皇に就任された女性天子である。(「神皇記」)
2023年に投稿した「国家民族を救う道3-天照大御神とは」で、この辺りのことを記事にしました。

💞串呂概観ーー富士王朝の女性天子・アマテラス
「⛰️御正体山と⛩️内宮の串呂」を概観したところ、天子湖につづいては、🗻富士山の頂上付近を貫通していました。
巻頭で述べたように、⛩️内宮の主祭神 天照大御神は、富士王朝の神皇であらせられたことを示す地文であると思われます。
🗻富士山のほぼ頂上付近を貫通

⭕⛩️内宮(ないくう/三重県伊勢市宇治館町)
至点 主祭神 天照大御神
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🎯天子湖(てんしこ/山梨県南巨摩郡南部町)
女性天子(神皇)
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🗻富士山(ふじさん/静岡県/山梨県)
富士王朝(豊阿始原瑞穂国)
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⭕⛰️御正体山(みしょうたいやま/山梨県都留市大野)
起点
これで「天照大御神は女性で、富士王朝の神皇であった」という『神皇紀』(宮下文書)に明記されている内容が証明されたのではないでしょうか。

💞重要地文の考察
天照大御神は、富士王朝の女性神皇であったことを踏まえ、この主旨に関連する重要地文を取り上げて考察します。
例よって、時間の制約の中での作業ですので、全ての関連地文を取り上げることは出来ませんので、天照大御神が富士王朝の女性天子であったことを明示する地文を取り上げました。
🟡石神 三串 -🔴-🔴-🔴- の絶対確証の神風串呂です。

❇️大王町(だいおうちょう/宮崎県都城市)
天子、天皇
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❇️天神湖(てんじんこ/宮崎県都城市田野町)
女性の天津神
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❇️紀州石神田辺梅林(きしゅういしがみたなべばいりん/和歌山県田辺市上芳養)
石神 三串 -🔴-🔴-🔴-
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❇️龍神村殿原(りゅうじんむらとのはら/和歌山県田辺市)
龍神=天子
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❇️⛰️国見山山頂(くにみやまさんちょう/三重県度会郡大紀町)
高御座に就任
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⭕⛩️内宮(ないくう/三重県伊勢市宇治山田町)
至点 主祭神 天照大御神
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❇️神野新田町(じんのしんでんちょう/愛知県豊橋市)
神=天子、天皇
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🎯天子湖(てんしこ/山梨県南巨摩郡南部町下佐野)
女性天子、女性天皇
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❇️🗻富士山(ふじさん/山梨県南都留郡)
富士王朝の象徴
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⭕⛰️御正体山(みしょうたいやま/山梨県都留市大野)
起点 既述
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❇️石神(いしがみ/埼玉県新座市)
石神 三串 -🔴-🔴-🔴-
天照大御神の符号
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❇️石神(いしがみ/埼玉県川口市)
石神 三串 -🔴-🔴-🔴-
天照大御神の符号
💞富士王朝の神皇を示す地文群
大王町、天神湖、龍神村、⛰️国見山、神野、そして🗻富士山――。 これらの地名は、いずれも内宮の天照大御神が富士王朝の神皇であられたことを示す“語り部”のように並んでいる。
さらに、石神三串 -🔴-🔴-🔴- は、絶対確証の神風串呂である。
石神とは、天照大御神の御霊代である神鏡を象徴する地文で、いわば天照大御神の串呂哲学上の符号ともいえる。
三重県鳥羽市の石鏡町(いじかちょう)もその関連で、古代には“石を磨いた手鏡”が用いられていた可能性を示唆する。
🍀🍀🍀🍀🍀
🟡石神=神石=石鏡町
ちょっと脇道へ逸れるが、この石鏡町と⛩️内宮を結び、西方へ延長すると、神石高原町役場(広島県)、総社市中原(岡山県)を貫通する。

❇️神石高原町役場(かみいしこうげんちょうやくば/広島県神石郡神石高原町)
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❇️総社市中原(そうじゃしなかはら/岡山県)
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⭕⛩️内宮(ないくう/三重県伊勢市宇治館町)
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⭕石鏡町(いじかちょう/三重県鳥羽市)
石鏡も神石(石神)も天照大御神にゆかりの有る地文と思われる。
天照大御神と言えば「斎鏡の神勅」を連想するほど、天照大御神と御鏡は関係が深い。上記の神風串呂は、その御鏡は石鏡であったことを示唆する。
石鏡=石神=天照大御神
総社市の総社は、⛩️内宮の神社としての格式をあらわす。
中原は「中原に鹿を逐う」のことわざが示すように、中央とか王権の中枢をあらわす。
🍀🍀🍀🍀🍀
「神皇紀」には、天照大御神の義弟・多可王(スサノオ)が冶金技術者・剣刀知(けんとうち)に命じて三種の神器を鋳造したとある。
これは“金属鏡の誕生”を示す記述であり、それ以前は石鏡が用いられていたと推測される。天照大御神の御霊代(神鏡)は石鏡であろう!
💞天神湖という“第二の女性性”を示す地文
串呂線上には、宮崎県都城市の天神湖も配置されている。
天神ダム(1988–2001)によって生まれた新しい湖であり、天子湖と同じく“人工湖による女性性の強調”が「ダム湖 二串 -🔴-🔴-」 として構築されている。
串呂哲学では、天神は天神地祇の「天津神」を示すと解釈している。
従って、天神湖は、⛩️内宮の天照大御神が天津神系の女神であることを示すための、きわめて繊細な地文配置といえる。
❇️天神湖(てんじんこ/宮崎県都城市田野町)
女性の天津神
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⭕⛩️内宮(ないくう/三重県伊勢市宇治山田町)
至点 主祭神 天照大御神
⬇️
🎯天子湖(てんしこ/山梨県南巨摩郡南部町下佐野)
女性天子、女性天皇
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❇️🗻富士山(ふじさん/山梨県南都留郡)
富士王朝の象徴
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⭕⛰️御正体山(みしょうたいやま/山梨県都留市大野)
起点 既述

💞結語
⛩️内宮の主祭神 天照大御神の正体は、富士王朝の女性天子(神皇)である。

🟡読者の皆様に!
【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。
このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。
『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。
神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。
なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。
神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。
🟡神風串呂を学びましょう!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ75才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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