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高卒40代が上場企業に転職して1年。変わったことと、変わらなかったこと

お疲れ様です、ぽんずです。

今月末で、今の会社に転職してちょうど1年になります。

高卒、転職6回。40代半ばのオッサンが上場プライム企業に飛び込んで、1年。せっかくなので振り返ってみようと思いました。

変わったことは、たくさんあります。仕事の内容、任される範囲、周囲の対応。でも、ワイ自身は何も変わっていなかったんです。

今日は、その両方について正直に書いてみます。


転職後、最初の3ヶ月は透明人間だった

転職して最初の1ヶ月は、ほぼ仕事がありませんでした。

やることといえば、社内資料やマニュアルの読み込み。周りの人はそれぞれ忙しそうに打ち合わせに出かけていく中、ワイはひたすらPCに向かっていました。

高卒の40代半ばが中途で入ってきた。周囲が疑心暗鬼になるのは当然です。「この人、大丈夫なの?」という空気は、肌で感じていました。

正直、しんどかったです。前職ではそれなりにやってきた自負がある。でも新しい職場では何の戦力にもなれていない。同じ部署の人たちが次々と会議で席を外していく中、ワイだけがポツンと残っている。あの感覚は、なかなか堪えるものがありました。

でも、腐るわけにはいかなかった。子ども4人を抱えて、上場プライム企業に入れたんです。「今は種まきの時期だ」と、ずっと自分に言い聞かせていたのを覚えています。

だからワイは、上司にずっと声をかけ続けました。「暇なんで仕事ください」「キャパは全然余裕です」「あれ、ワイがやりましょうか?」と。40代半ばのオッサンがガツガツしている。カッコ悪かったかもしれません。でも、待っていても何も始まらないと思っていました。

以前、この時期のことを詳しく書いた記事があります。

小さい仕事のクオリティを少しだけ盛る

1ヶ月が過ぎた頃から、ポロポロと単発の仕事が振られるようになりました。Excelでのデータ分析、ちょっとした資料作成。どれも大きな仕事ではありません。

ワイはこれを、少しだけ盛って返すようにしていました。

たとえば、データ分析を頼まれたらダッシュボードにして数字を可視化する。パワポ資料を頼まれたらクオリティにこだわって、シレッとプレゼンまでやる。「頼まれたこと+α」を毎回意識していたんです。

あと、ワイが特に意識していたのは、人の嫌がる仕事を率先して拾うことです。

議事録を取る、会議の日程調整をする、誰に聞けばいいかわからない問い合わせを引き受ける。どれも地味で、やりたがる人がいない仕事です。でも、こういう仕事こそ周りから見えやすい。

「あの人、なんか動いてるな」と思ってもらえたら、次の仕事が降ってくる。その繰り返しでした。

ちなみに「盛る」という言葉で思い出しましたが、経歴の盛り方について書いた記事もあります。想像と空想の違いの話です。

気づいたらPM(プロジェクトマネージャー)だった

入社3ヶ月ほど経った頃、部長から「AIやってみるか?」と声をかけられました。これが転換点です。

とはいえ、最初からAI推進の責任者だったわけじゃありません。最初はイチ作業者です。情報を集めて、資料にまとめて、上に報告する。それだけでした。

でも、やっていくうちに仕事の範囲が広がっていったんです。

役員向けの資料を作る。社内外の関係者と調整する。定例会のファシリテーターを務める。誰かがやらなきゃいけないけど、手を挙げる人がいない仕事を、またワイが拾っていった。

気づいたら、前職と同じプロジェクトマネージャーの役割を担っていました。

狙ったわけじゃないんです。目の前の仕事を拾って、調整して、回していたら、自然とそうなっていた。部下も1人、また1人と増えていきました。

PMという仕事は、たぶん「人の嫌がる仕事の集合体」です。スケジュール管理、根回し、調整、ファシリテーション。華やかな仕事はひとつもない。でも、誰かがやらないとプロジェクトは動かない。

ワイはこの役割が嫌いじゃないんです。むしろ、自分に向いていると思っています。地味な仕事を黙々とやるのは、ワイの得意分野ですから。

全部がうまくいった訳じゃない

いいことばかり書いてきましたが、うまくいかなかったこともあります。

ひとつは、AI推進の進め方です。

ワイはチームにAIを広めるとき、「まず使ってみて」を優先しました。難しいことは考えなくていい、とにかく触ってみて、と。この判断自体は間違っていなかったはずです。

でも、結果として起きたのは「丸投げ文化」でした。同僚が「AIでチャチャっと作ってもらおう」と言ったとき、モヤッとしたんです。ワイ自身はAIと提案書を作るのに3時間かけていたのに、と。

「使うフェーズ」から「一緒に作るフェーズ」への橋渡しを、ワイはちゃんと設計できていなかった。ツールを広めることと、使い方の文化を育てることは別の仕事だったんです。この話は以前、詳しく書きました。

もうひとつは、部下が辞めたことです。

以前の記事で書いた、経歴を盛って入社してきた部下。結局、退職することになりました。ワイのチームに合流する前に決まっていたことだったので、止めようがなかった部分はあります。

でも、もっと早くワイのチームに合流していたら、少しは変わっていたかもしれない。そう思うと、やりきれない気持ちが残っています。

1年を振り返って「うまくいった」と言えることが多いのは事実です。でも、この2つの反省は、ちゃんと覚えておきたいと思っています。

結局、ワイは何も変わっていない

こうして振り返ると、1年でいろいろなことがありました。仕事の内容も、任される範囲も、周囲の対応も、入社直後とは全然違います。

でも、ワイ自身は何も変わっていません。

目の前の仕事を泥臭く全力でやる。常に全体を俯瞰する。人の嫌がる仕事を率先して拾う。このスタンスは、入社初日から今日まで同じです。

というより、前職でも、その前の会社でも同じでした。田舎の工場で基幹システムを導入したときも、勝手に報告会を開いて、関係者を巻き込んで、愚直に回していた。やっていることの規模は変わっても、中身は何も変わっていません。

以前、プライドの鎧がないことについて書いた記事があります。

ワイには守るべきプライドがなかった。だから誰にでも聞けたし、どんな仕事でも拾えた。それが結果的に、新しい環境で立ち上がるための一番の武器になっていたんだと思います。

変わったのは周囲の方です。「この人、大丈夫?」が、「この人に任せてみよう」に変わった。ワイが変わったんじゃなくて、積み上げたものが周囲の見え方を変えた。たぶん、そういうことなんだと思います。

1年前の自分に伝えたいこと

もし1年前の自分に会えるなら、こう伝えたいです。

おい、ワイ!「この会社を選んだことは、間違ってなかったよ」っと。

毎日の仕事に愚直に向き合ってきたこと。誰もやりたがらない仕事を拾い続けたこと。カッコ悪くても「仕事ください」と声をかけ続けたこと。その全部が、ちゃんと今につながっているから。

もし今、転職したばかりで不安な方がいたら。あるいは、新しい環境で自分の居場所が見えない方がいたら。

大丈夫とは言い切れません。でも、目の前の仕事を丁寧にやって、少しだけクオリティを盛って返す。誰もやりたがらないことを引き受ける。それを続けていれば、周囲の見え方は変わっていくんじゃないかと思います。

少なくとも、ワイの場合はそうでした。

「転職1年の振り返り」のまとめ

上場プライム企業に飛び込んで1年。

変わったことは、仕事の内容、任される範囲、周囲の対応。変わらなかったことは、この3つです。

  • 目の前の仕事を泥臭く全力でやる

  • 常に全体を俯瞰する

  • 人の嫌がることを率先して拾う

うまくいったことも、いかなかったこともあります。でも、全部ひっくるめて「この1年は間違ってなかった」と思えるのは、たぶん自分のやり方を変えなかったからです。

だから、2年目も、同じように泥臭くやっていきます。

それでは、お先に失礼します。


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