92人分の個人情報漏洩を「作業ミス」で済ませるな――斎藤知事、兵庫県庁の情報管理と説明責任
兵庫県が公文書公開請求に応じて公開したPDFで、個人情報を隠すための「黒塗り」処理が正しく機能せず、92人分の情報が閲覧できる状態になっていた。問われているのは、担当者の手元で起きた一度の操作ミスだけではない。斎藤知事の県政が、県民の個人情報を預かる行政として最低限の確認を機能させていたのかである。
報道と政経プラスの動画で整理された数字によれば、閲覧可能になったのは氏名75人分、住所48人分、メールアドレス89人分。これは同じ人に複数の情報が含まれる可能性があるため、75+48+89=212人という意味ではない。「92人分」という人数と、情報の種類ごとの件数は分けて考える必要がある。
しかし、数字の読み方を正確にしたところで、問題の重大さは小さくならない。
これは単なるPDF操作のミスではない。行政が「公開してよい情報」と「絶対に隠すべき個人情報」を区別できず、公開後に初めて漏えいに気づいた問題である。情報公開制度への信頼を、県自身が壊したと言っても過言ではない。
「黒塗りしたから安全」は通用しない
今回の動画で紹介した報道と県の説明によれば、意見を集めた文書をPDF化し、個人情報をマスキングした紙を再スキャンした後、公開用のファイルを作る過程で、印刷前の元ファイルを使ったという経緯が示されている。
最終的な公開ファイルを開いたとき、見た目では黒く隠れているように見えても、文字情報が残っていれば、コピーや検索によって内容を取り出せることがある。黒い四角を置いただけでは、個人情報を保護したことにはならない。
行政文書を公開する担当者なら、これは特別な知識ではなく、公開前に確認すべき基本的な事項だ。別の職員がファイルを開き、文字を選択し、コピーし、検索し、別の形式に変換しても情報が出てこないかを確認する。そこまで実際に試して初めて、公開用データの検査になる。
「黒塗りをした」「チェックリストを使った」という作業記録だけでは足りない。公開されるファイルそのものに、個人情報が残っていないことを確認した記録が必要だ。
92人分の情報を「事務処理ミス」で小さくするな
行政の不祥事では、問題が起きるとすぐに「担当者の確認不足」「作業上のミス」という言葉が出てくる。今回も、原因を作業手順の問題として説明することはできるだろう。
だが、担当者個人の不注意に縮小してはいけない。
公開するかどうかを決め、非公開部分を処理し、公開直前のファイルを確定するまでには、複数の判断と確認があるはずだ。そこで誰が責任者だったのか。どの段階で確認が終わったことにしたのか。なぜ、実際にコピーや検索を試す検証が抜けたのか。県が説明すべきなのは、担当者を責めることではなく、ミスが見逃される組織の構造である。
しかも、個人情報は一度外部から閲覧可能になれば、完全に回収できない。県が公開ファイルを差し替え、削除を依頼したとしても、すでに誰かが閲覧・保存・転載していないと断言できるわけではない。
「現在は見られない状態にした」という説明だけで、被害が消えたことにはならない。
再発防止策の羅列では、信頼は戻らない
動画では、県が示した再発防止策として、電子ファイルを送る前のチェックリスト、複数職員による確認、PDFのマスキング処理の見直しなどが紹介されている。
必要な対策であることは否定しない。しかし、対策を並べただけでは不十分だ。
県民が知りたいのは、次のような具体的な点である。
いつからいつまで、どのURLで情報が閲覧可能だったのか
閲覧数、ダウンロード数、検索エンジンへの登録状況を確認したのか
影響を受けた人に、個別の説明と謝罪をしたのか
公開ファイルの差し替えだけでなく、保存・転載の可能性をどう調べたのか
誰が公開を最終承認し、どの確認をもって安全と判断したのか
同じ方法で公開している他の部署や過去のファイルも点検したのか
これらに答えず、「再発防止を徹底する」とだけ言うのは、説明ではなく定型句である。事故の後に必要なのは、反省の言葉ではなく、県民が検証できる事実と記録だ。
情報公開制度を壊すのは、公開の失敗だけではない
情報公開制度は、行政の意思決定を県民が確かめるための仕組みだ。兵庫県自身も、公文書公開の手続を案内し、公文書目録検索システムを運用している。公開請求を受け付けるだけでなく、公開する情報と非公開にする情報を正確に扱うことが制度の土台になる。
公開すべき情報を隠してはいけない。一方で、非公開と決めた個人情報を漏らしてもいけない。この二つは、どちらか一方を選ぶ話ではない。
今回の問題は、公開制度が難しいから起きたのではない。県が公開用ファイルを作った後、そのファイルを本当に安全かどうか検証する工程を、結果として機能させられなかったから起きた。
これは、個人情報を含む文書を扱う行政として、重い失敗である。
県のトップと管理職にも説明責任がある
知事個人がこの作業を行ったと断定する話ではない。現場の担当者を処分すれば解決する問題でもない。
行政組織のトップには、なぜ事故が起きたのか、どこまで影響が広がったのか、今後どう検証するのかを、県民に説明する責任がある。担当部署の管理職には、公開前の確認体制がなぜ機能しなかったのかを明らかにする責任がある。
「担当者のミスでした」で終わらせれば、同じ事故は別の部署で繰り返される。責任を現場だけに押しつける行政は、再発防止を語る資格がない。
兵庫県が本当に情報公開と個人情報保護を重視するなら、謝罪文とチェックリストだけで終わらせず、事故の経緯、責任の所在、確認手順の実施記録を公開すべきだ。
92人分という数字の背後にいるのは、行政に自分の情報を預けた人たちである。住所やメールアドレスは、単なる文字列ではない。生活の場所や連絡先に直結する個人の情報だ。
それを漏らしておいて、「作業ミス」と呼んで処理するのか。それとも、行政の仕組みそのものの失敗として、県が最後まで説明するのか。
兵庫県に問われているのは、黒塗りの方法だけではない。県民の情報を預かる行政として、失敗を小さく見せず、検証可能な形で責任を引き受ける姿勢である。
参照資料
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・斎藤知事の再選後、説明責任はどこへ消えた――兵庫県の財政見通しを「過去のせい」で終わらせない
https://note.com/poliplus/n/n8979b25ce0d9
・神戸の夜景(かまやみひ)アカウント調査
https://note.com/poliplus/n/n8e6beb33b6ba
▼このテーマのまとめ
・兵庫県問題まとめ(総合入口)
https://note.com/poliplus/n/ndae47bad720e
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