【小説】めんこい座敷わらし咲く #2 『3本の矢、トヨタ生産方式に支配された工場』
3本の矢と呼ばれる、工場長の子飼いで、まだ30代の高卒の元ヤン3人が工場を仕切っていた。3人はそれぞれが主導権争いが激しく、1日に4時間ぐらいは工場じゅうに響き渡る大怒号でやり合っていた。
その後、大音量の怒声で、相手を威圧し、萎縮させて主導権争いを制し、現工場長が定年退職で退いたとき、その座を受け継ぎ掌握することになる者は、最も無慈悲で、凶暴だった。
そいつが僕の上司になった。あちこちの荷物を蹴り上げるのが癖で、滑稽にも自ら鉄部品の入ったプラスチック製の通し函を蹴り上げ、爪先を負傷して悶絶していた。
会社には工場が7つあって、主力の生産工場は3つあった。僕の飛ばされた工場は、最果ての最底辺の工場で、工場の建屋は60年前のものでボロボロ、歴史的な鋸(のこぎり)屋根の工場建築物の遺構だった。
今まで製造した機械のパーツだけを扱うパーツ販売で、製造設備はなく、パーツはすべて外部に発注し、荷受して、検査して、取りあえず自動倉庫や、平置き倉庫に格納しておき、注文に応じて、ピックアップして、梱包して発送する。または組立で、簡単にアッセンブリして出荷した。
50年前の機械の部品のオーダーがざらにあったから、倉庫には何10万もの在庫があったよ。
単純だけど、油まみれで、汚いきつい仕事だった。パートの作業員は京都市の最低賃金+10円で働かせられていた。
その当時、定年退職後も継続して働く、契約社員がたくさんいた。契約社員になると同じ仕事をしていても給料は半分になる。
僕は京大の院卒で本社の研究開発部で働いていた。降格人事や、減給がないのだけがこの会社の取り柄だ。ずいぶん前だけど、平均年収が400万円の当時、年収が750万円あった。これは秘密にしておいたよ。
ジジイたちは結構元気だったけど、みんな正義感や、男気のかけらもなく、性格が悪く、みんな中卒で、教養はまったくなかったな。僕はよくいじめられて、はめられたよ。この工場の文化だね。
例の、義足をはめたおっさんは元課長で20年前、本社の研究開発棟の4階から飛び降りたんだって。両脚を失い、ついでにおつむの方もおかしくなった。ろれつが回らない。うつも合併していた。
でも僕はこのおっさんに同情したことがない。ずる賢いからね。こんなおっさんにも、奥さんと大学生の息子が2人いるのにはびっくりした。息子は北大だと自慢してた。このおっさんは工場の掃除夫をやっていたけど、工場の誰よりも給料が高く、嫉妬からか、いじめられていたな。
そこは親会社のパーツ販売会社という子会社の工場という立場だった。
本社の方に営業部が40人体制でいるけど、そのうち女性が30人で客先対応していた。その女性らの書いた指示書が不明で、担当者に訊くと、工場長にクレームが入った。「直接私たちに電話なんてかけて来るな!」だって。
僕ら工場の作業員は営業の人間と対等に話してはいけないらしい。
営業とか、資材部のまだ若い女性社員でも、僕らに対しては極めて横柄だったよ。
僕が休職後の初仕事として、荷受け、検査に配属された時、「うつって何?」とジジイに聞かれた。
ホントにうつを知らないようだった。
復職プログラムで、時短で働き、規則で電話もとってはいけない僕に、ジジイから「なんや電話もとれへんのか?」と嫌味を言われた。
宅急便で来る膨大な数の荷物にハンコを押したり、油まみれの鉄部品の納入個数が合っているか数えた。単純で、重たくて、油まみれで、汚い仕事だ。
復職後初日の僕は頭が雑巾を絞るようにねじれそうに痛かったので、頭が回らなかった。
言われていることが一度に頭に入らないよ。そんなてんてこ舞いな僕に、ジジイからは「私の言うことわかりますか?日本語通じますか?」と嫌味を言われたな。
時短で2時間で帰る時は、「なんやもう帰るんか?」と嫌味を言われた。
なにも職場には話が通ってないらしかった。
そのうち分かって来たけど、この工場は、全国に展開している事業所からの精神疾患者のゴミ捨て場だった。
7割が何らかの精神疾患経験者か、治療中の者だった。会社としては病人を解雇できない。
うつ病、双極性障害、適応障害、パニック障害、色々いたよ。寛解した者も、健常者も、ここに来たら病んで、休職して辞めていくことが多かった。差し詰め、精神疾患の再生産だね。
誰かがミスするとトヨタのお家芸のなぜなぜ分析で集団で裁判にかけられた。これにかけられた者はしばらく立ち直れない。
ミスしても、うっかりしていたとしか言えないよ。それをなぜなぜ分析では「なぜうっかりしていたのか?」と聞いてくる。それを6階層真相に迫る。そんなの無理だ。たいていは自白調書を取らされることになる。
生産現場というのは、ここだけではなく、どこでも凄まじいということが後でわかってくる。
元ヤンの工場ガイドツアー中、自動倉庫の入出庫口で忙しそうに部品をピックアップする女性がいた。
今朝、僕が驚いた「西太后」だった。日本人離れしたきれいな人で、20代半ばか後半に見えたよ。化粧を落として、すっぴんだった。目と目が合って、僕に挨拶した。
この人はのちに僕の恋人になる。西太后と思ってごめんと思ったね。
あとから聞いたんだけど、今朝、僕を見たとき、なんと可愛らしい天使が舞い降りたと思って我を忘れたんだって。
それで暗い中、慌てて僕の座るパレットに座って、化粧を塗りたくって、悲劇が起きたそうだ。
僕はもとは研究開発部にいた。成果主義のフレックスタイムだったので、タイムカードという概念が全くない。
初めに教えられたけど、会社を出る時にはすっかり打刻を忘れた。そしたら、翌日の朝、この元ヤンが僕を工場の裏に連れて行き、「お前何考えとんのじゃ!おう?おら?」と怒鳴り上げ、散々焼きを入れた。
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