日記 | いろんなピリピリを感じた、東京
先週、関東へ行った。夕方に用事が済んでしまい、思いがけずぽっかりと自由な時間ができた。せっかくだからと、そこから電車1本でアクセスできる池袋へと足を延ばす。
久々の東京。
平日の微妙な時間帯だったからだろうか、想像していたほどの混雑はない。
土地勘もなく方向音痴なので、とりあえず駅付近のビルを出たり入ったりする。
(そういえば、池袋には一棟がまるごと「ジュンク堂」のビルがあったはず)
それを思い出し、スマホの地図アプリを頼りに、ジュンク堂を目指した。
空が薄暗さを増し、ビルのネオンが彩りを増し始める。
通りに、A4サイズのカードを手にした若い女の子たちが点々と立っていることに気づく。
大半はの子は、ロリータ風もしくはメイド風な服を着ている。
カードには「500円」「1500円」の文字。コンカフェか、あるいはガールズバーのキャッチだろうか。それにしても、あの金額は何を指しているのだろう。ワンドリンク制の価格? それともチャージ料? バラツキのある数字に好奇心が湧き、同時に妙な妄想が膨らみはじめる。
(もし今、私が「500円」と書いたA4用紙を持ってここに立ったら、人々はどんな反応をするだろうか⋯⋯)
若さ溢れるキャピキャピとした女の子たちの中に突如として出現する、40過ぎの長身のおばさん。手に持っているのは、手書きの「500円」。
(⋯⋯意味深すぎて怖っ!!)
なんだこのバカみたいな妄想は!と自分に呆れ果てるタイミングで、9階建ての大きなジュンク堂へと辿り着く。
やっぱり本屋は、いい。
「せっかくだから」と意味もなく医学や洋書の棚に行ってみたり、経済書の前で難しい顔をしてみたりするだけで、なんだか少し賢くなった気分になれる。そうやって知性を高めた(気になった)後に、文庫本や芸術、デザイン、手芸の本などを眺めると、いつも以上に「解った」感じがするのが不思議だ。自己暗示というやつだろうか。
1階にZINEコーナーがあった。初めて手に取るZINE。
ZINEはもっと気軽な感じでざっくりしたものというイメージだったが、かなりきちんとしている。
「ZINE、作ってみたいな」と思っていた創作のハードルがぐぐっと上がり、先ほどの自己暗示の魔法も解けて、少ししゅんとした気分になる。
そうやって一喜一憂していると、いつものようにだんだんとお尻がムズムズしてくる。
「本屋に行くと、もよおす」という人間が、この世には一定数いるらしい。私ももれなくそのタイプである。 だが、本屋のトイレにはどこか「あまり綺麗ではないのでは」という謎の固定観念があり、できれば使いたくない。
お尻にギュッと力を入れて固く締め上げながら、それでも気づけば2時間以上もジュンク堂を楽しんでいた。
さすがにお腹が空いた。
駅近くに移動してレストラン街を探し、一番空いていたタイ料理のお店に入る。
タイ料理は久しぶりだ。地元にはエスニック料理店がほとんど無いので、それだけで少しテンションが上がる。
タイビールにナッツの炒め物とパクチーサラダに、エビチャーハンのようなご飯もの。そして酸っぱ辛いスープも注文した。メニューには唐辛子マークの本数で辛さが表示されていて、スープはマークが1本だけだったのに、いざ食べてみると意外と辛い。
おいしいけれど舌がピリピリして、料理を舌にのせる度に極弱い電流を流されたような感覚になる。
そうこうしているうちにラストオーダーの時間が過ぎ、店の隅から掃除が始まり出した。漂う閉店間際の圧力。
辛さに痺れる口内をビールで流し込むようにして料理を掻き込み、スープは泣く泣く残してしまうことになった。
気づかないうちに、池袋をだいぶ満喫していた。
ホテルに着いたのは、日付が変わる頃だった。
翌日は東京駅へ向かう。
用事が済んでまた時間ができたので、
たまたま見かけた「ピングー展」に入る。
(なんだこの可愛すぎるペンギンは!)
と、ひとつひとつのクレイモデルをじっくり観察する。
私の前には、おばさま3人の集団がいた。
「わぁ〜可愛い」「可愛い〜」「可愛いわぁ」
「ほら、ソリよ」「ソリね〜」「ソリだわ~」
「まぁ〜大きい」「大きいわ〜」「大きいわね~」
じつに見事な共鳴反応。
すると私の脳内で、またしても余計な妄想スイッチが入ってしまう。
(ここで私が4人目のおばさんとして『大きいのよね〜』と自然に混ざったら、一体どんな空気が流れるのだろうか⋯⋯)
妄想から、ついうっかり口走ったらいけないと思い、順路からそっと離れておばさまたちから距離をとった。
ランチ時間帯のレストラン街はどこも混雑していた。
比較的空いていたサラダうどんのお店を見つけ、列に並んで店内に入り、かしわとナスの天ぷらがのった冷やしうどんと、ジンジャーエールを注文する。
運ばれてくるのを待ちながら、帰りの新幹線の時間をスマホで再確認する。少しゆっくりできそうだった。
私の後ろのテーブルから、若い女性2人の会話が聞こえてきた。
「最近行ったシミ取りクリニックがすごく良くてぇ、院長と知り合いだからMちゃんにも紹介したくてぇ」
「え〜ありがとうございます〜!あ、でも私、シミ取りは青ビルのとこに通ってますー。常連だからいつも〇〇サービスしてもらっててー」
(⋯⋯おや?これはいわゆる、『マウント返し』というものでは?)
詳しく聞いていると、シミ取りは1つ3000円。気になるところ以外も指摘され、結局予算の3倍かかったが、「きれいになれたからよかった」のだそうだ。
美にそれだけの金額と情熱をかけられる彼女たちを、純粋にすごいなと尊敬していると、頼んでいたうどんが運ばれてきた。
つゆを回しかけ、ツヤツヤと輝く揚げナスにかぶりつく。
(ぁ゙ぁ゙あ゙っあ゙っづいぃぃィァァァ!!!)
ナスから溢れ出た熱々の油が、じゅわっと上顎と舌を容赦なく焼き尽くす。しかもナスの皮、なかなか噛み切れない!
誰もいなければ叫んで「べぇっ」と吐き出したいところだが、ここは東京。何より、後ろの彼女たちの高尚な美容談義の腰を折るわけにはいかない。私だって、このマウント合戦の続きが聞きたいし。
私は執念でナスの皮を噛みちぎり、熱々の油と漏れ出そうになるデスボイスを、ナスの塊もろとも飲み込んだ。
涙目で必死にジンジャーエールを流し込むと、今度は炭酸が口内の火傷をザクザク刺激する。
(なんで普段頼みもしないジンジャーエールなんて注文しちゃったんだろ⋯⋯)
味の完全に分からなくなった痛む口で、うどんを細々と食べながら背後の戦況に耳を澄ます。
「最近マチアプで会った、いい条件の揃った男性といい感じ。割とイケメンだしぃ」
に対し、
「職場の女子がみんな韓国で脂肪吸引してるから、私も来月行くんですー」
に対し、
「ネイルは〇〇がいいよー。あ、□□に行ってるの? 私はちょっと合わなかったかもぉ」
に対し、
「チームの上司がちょっとシワを気にしてるらしくて、私の通ってるクリニック教えてあげたんです。あ、確かその上司、Yさんと同い年かもしれませんー」
高度な牽制のし合い。
私は火傷の痛みと都会の洗礼に耐えながら、気がつくと、鼻をすすりながらうどんを食べていた。
お会計のため席を立って椅子を整える際、さり気なく背後の女性へ視線を滑らせる。
目に入ったのは、先日美容院で眺めたファッション誌『Oggi』からそのまま抜け出てきたような女性だった。手入れされた艶やかなロングヘアに、ボディラインの際立つトップス。どこからどう見ても完璧な「都会で働くイケてる女性」の背中であった。
彼女の脇に置かれた、ティッシュボックスほどの小さなバッグ。その狭い空間の半分を占領するように、美しい薄ピンク色をしたガラスの香水瓶が飛び出していた。
こんな実用性のない小さなバッグに、なぜわざわざ重い香水を?と思った瞬間、脳内に稲妻が走る。
(⋯⋯違う!これは、相手に『見せる』ための香水だ!!)
私の気持ちは敬意からの拍手喝采でいっぱいだった。スタンディングオベーションだった。
バッグから覗くピンクの瓶と、笑顔で戦いを続ける2人に、心の中で静かに一礼し、会計を済ませて新幹線のホームへと向かった。
たくさんの、様々な刺激をもらった東京。
完治しつつある口の火傷のざらつきを舌で感じながら、今、のどかな田園風景を眺めて思い出にふけっている。
↓東京駅へ向かった朝のこと
↓先日行った美容院のこと
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