日記+ | ゆで卵チャレンジを、ご存知ですか?
⋯⋯なんて、誰かに話しかけるような大層なタイトルをつけてみましたが、こんなチャレンジ、どなたも知るはずがないのです。だってこれは、私が密かに楽しんでいる、完全に偏った孤独な趣味のお話なのですから。
「喉越しが良い」
こう聞いて、皆さんはツルツルとしたうどんや、キンと冷えたビールをイメージされると思います。
でも、私の場合は少し違います。
私が好むのは「ゆで卵の喉越し」。
固ゆで卵のパサパサの黄身が口中の水分を根こそぎ奪い去り、それを喉の奥に無理やり送り込む、あの瞬間のえも言われぬ快感がたまらなく好きなのです。
この喉越しを楽しむに至ったきっかけは、小学低学年のある日のことでした。
寝坊か何かで登校班の出発時間に遅れそうになり、焦った私は、朝食のゆで卵をあわてて口に入れました。ろくに噛まずに飲み込もうとしたその瞬間、パサパサの黄身が口中を瞬時に砂漠化させ、ゴロゴロとした白身の塊が喉を完全にふさぎました。
息が詰まり、鼻の穴がフガフガと膨らみ、苦しさで涙が滲んできます。
子どもながらに「これはまずい」と本能で察し、藁にもすがる思いで牛乳のコップに手を伸ばしましたが、無情にも牛乳はすでに飲み干された後でした。
声も出せない。助けも呼べない。
私は一人、胸をドンドンと叩きながら、必死に嚥下を試みました。胸の奥がキリキリと痛みだす中、喉の筋肉という筋肉を総動員して、その塊を無理やり内部へと押し込んでいきます。
「ごくん」というよりは、「ぐ、ぬ、」という鈍い音。
塊がゆっくりと喉を通って胃に落ちていくのを感じた瞬間、引いていた血液が、一気に全身をグワッと巡る感覚がありました。
(⋯⋯生き返った!)
あの時、死の恐怖のすぐ裏側で味わった、圧倒的な開放感と生の実感。
それが、現在の私を突き動かす「ゆで卵チャレンジ」の原点でした。
最初は、ただの偶然の事故。
けれど、ゆで卵が食卓に上がるたび、私はあえて、あの「詰まりかける瞬間」を再現しようとしている自分がいることに気づきました。
しかしさすがに、あの時の体験そのままの再現は、生死に関わり危険極まりありません。
私は数年の歳月をかけ、喉越しを究極なものにするための研究を重ねました。
まず、卵はもちろん固ゆでです。
12分以上、できれば15分ゆでてカチカチに仕上げます。殻を剥いて、縦半分にカット。
続いてサイズ及び白身と黄身の配分。
Mサイズであれば、縦半分カットのさらに半分、即ち4分の1程度がベストです。
配分は、白身:黄身 = 1:2

これが、最高の喉ごしとなる黄金比です。ゴロゴロの白身に、黄身の粉っぽさが程よくまとわりつきます。
そして、喉への送り方。これは非常に熟練の業を要します。
口の中に入れた卵を、上顎と舌で潰します。すぐに黄身が牙を剥き、口中にパサつきを感じるので、それを舌でまとめ、「いける(飲める)」という状態に仕上げます。卵には個体差がありますから、数回(2〜10回)噛んで微調整します。
この状態のものを、一気に喉の奥へ滑り込ませるか、あるいは2〜3回に分けて重厚な塊をじっくり流し込むか。その時の気分や体調に合わせて楽しむのです。
こんなお話をなぜ今しだしたのかというと、昨日諸用で関東におり、一泊しておりました。
今朝、優雅にモーニングをいただこうと近くのカフェに入りましたら、なんと、お皿の上に「ゆで卵」が鎮座しているではありませんか!

外出先での「喉越し」は、経験がありませんでした。
人目を気にしながらの、決死の喉越し⋯⋯そんなスリリングな状況に、若干ときめく自分がいたことは認めます。
私は意図的にゆで卵を最後まで取っておきました。
ただ、万が一失敗してむせ散らかし、おしゃれなカフェで大惨事を引き起こすわけにはいきません。
冷めかけたコーヒーを少し残し、命綱(保険)としました。
(本当は、牛乳が最強のレスキュー部隊なのですが)
さて、いよいよ実戦です。
静かに読書をするおばさま、スマホを眺める若い女性。軽快なリズムでパソコン作業をする男性。
平日の朝の、至って平穏なカフェの風景がそこにありました。
そんな中で、まさか隣の席の女が、今から「ゆで卵で自らを仮死状態に追い込み、生を実感しようとしている」などとは、夢にも思っていないでしょう。
私は、静かに、確実に、ゆで卵を喉へ押し込みました。
一瞬遠のくジャズのBGM、痛む胸、引く血の気⋯⋯。そして再び、全身を血液がグワッと巡るとき。
関東の、見知らぬカフェの片隅で、私は生きている実感を確かに感じていました。
これまでの人生、色々な人と出会ってきましたが、未だかつて「ゆで卵を喉に詰まらせる瞬間に一番生を実感する」なんて趣味に、共感してくれる人は現れていません。
それに、正直に言えば、これを誰かに「やってみて!」と勧める勇気は、私にはありません。
なぜならどう考えても、この趣味のベクトルは、生命の危機に寄りすぎているからです。
万が一、私の真似をして本当に救急車を呼ぶ羽目になっても、私は一切の責任を負えません。
(チャレンジする際は、絶対に、手元に牛乳を完備してください。これはフリではなく、本気の生存戦略です)
でももし、共感してくださる方が現れたら⋯⋯!
そんな希望を抱きながら、私はまたゆで卵を飲み込むのです。
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