柏マルイ閉店イベントで公開された開店当初の資料~千葉の商都 50年前の姿~
今回は、2025年7月27日に閉店した柏マルイの話題から。柏マルイが新築移転した1973年開店当時の資料一式が展示されていたので、実際に見ていない方向けに端的に箇条書きで纏めた物をリリースします。→以下は私からの追加コメントや感想です。
本当は写真でお見せしたいところなのですが、撮影禁止(皆さんなんだかんだ撮ってました。特に止められることも無く…)の注意書きが立っていたので、一次資料はお出しできません。
1.柏マルイ自体に関する項目

広告塔の「OIOI」は閉店日には撤去済み
1.開店当初の広告塔は、柏駅側が「丸で囲った漢字の井の字」、二番街側は「細字で横幅が広く各文字の下部が繋がった"MARUI"のローマ字」が採用されていた。
→1987年までこの広告塔だったらしい。前者については知っていましたが、二番街側のデザインは初見。いま見ても古さは感じないフォントでした。それにしても当時の若者向けの店に、バブル景気入りたての時期まで、暖簾に書いてありそうな古風な「井の字」をネオンで光らせていたとは…。時代。
2.オープン記念クイズは10名様ハワイご招待
→凄い時代。前回の柏マルイを特集した記事で「丸井はみんな駅のソバ」を意識した画像altを入れましたが、使用当時のクイズに掲載を確認。ちょっと感動しました。
3.ファミリかしわの地下1階は昔からゲーセンだった
→閉店前に確認してもGiGOが入っていました。フロア説明に「ジョッキークラブ」「フライングサーカス」とか書いてありました。前者はまだ何となく想像がつきますが、後者はなんでしょう。 「ジョッキークラブ」は競馬史実ゲーかは分かりませんが、73年はタケホープとハイセイコーの双璧の時代だそう。カブラヤオーが暴走を始める前年でもある。随分昔ですね。
4.フロアマップにあった主な取り扱い商品で目を引いたものは「ダイヤモンド」「日本人形」「"カラー"テレビ」「レコード」「ダイニングセット」「ボウリング」「スキー」
→時代ですねぇ。丸井は昔から月賦払い(現在はクレカ)の手数料ビジネスで収益を挙げている企業なので、百貨店協会非加盟ながら高額な物が多めです。ボウリングが項目として上に来るのが良い。ボウリング場のピーク時は1972年らしいので、ちょうど時勢と合致します。
5.極めつけはレストランフロアにある「ブランコ」「二輪車・三輪車」
→子どもが多かった時代の象徴。屋上より1フロア下に記載。これは遊具として置いてあったのか、実際に販売していたのか。
6.丸に井の字を広告塔を終え、FIRST・VATになる前に、広告塔が赤い「CICI」だった頃があった
→閉店寸前まで柏だけ白の印象がありましたが、一時的に国分寺スタイル(赤のCICI)だったようです。
7.クレジット決済の返済は店頭で行っていた
→丸井と言えば高額商品の月賦払い・クレジット決済。開店当時の段階で払込窓口の存在を確認しました。いまではエポスカードが、ちいかわとコラボして「お買い物検定◯級」みたいなカジュアルなカードも用意されていますが… 昔はそもそも口座引き落としの概念が無かったようで、店まで行って決済していたようです。ボクみたいにうっかりしてる人は生きていけないね。
2.1973年の柏の街についての項目

1.現在のニューサンキの位置と思われる場所に緑屋があった
→同業の月賦百貨店。現・クレディセゾン。神奈川県民の方は雑居ビルのプライムと言った方が通じが良いか。長崎屋(現ドン・キホーテ)の正面であることは確定。区画整理で丸井のイラストより道路が一本増えてそうなので、正確な位置かは不明。それにしても同業他社をオープン地図に載せるというのは自信の表れか。
2.現在の柏セントラルプラザがある位置に西友があった
→赤地にホワイトのSラインの西友の広告塔がしっかり描かれていました。区画整理で多少区割りが変わっているようです。
3.現在の柏ステーションモールの位置と近似の場所に「柏ステーションボウル」が存在した
→出ましたボウリング場。これは誤植を疑いましたが、建物の形も異なり、高島屋は一番古い本館?のみが描かれていました。完全な別物のボウリング場が存在していたようです。…これは余談ですがTX館って、いまのどっち館でしたっけ。つくばエクスプレスみたい。
4.柏駅西口から野田市行きのバスが存在した
→これはビックリしましたね…。野田線が並行して走ってるというのに、それでも頼りなかったようで。TXが無かった時代はキャンパスのあたりは陸の孤島だったんでしょうし、経由が違ったのかな。これも人手が余っていた頃の話。
5.大木戸丘・自衛隊前・鎌ヶ谷を一挙に回るバス路線が存在した
→これも凄まじいですね。自衛隊前は地図を見ましたが、おそらく六実でしょう。当時は新柏駅・新鎌ヶ谷駅・北総線西白井駅が存在せず、高柳が平成後期まで一面の原野だったという事情を考慮しても長距離運行。運行は東武バスだったようですが、野田線がそんなに信用ならない?
今回はこれにて。実は柏そごうの閉店時の資料も手元にあるっちゃあるのですが、そちらは建物そのものの建設記録に近い印象でした。そのため、当時の柏の街を知ることができる資料という意味で丸井の展示は貴重でしたね。なかなか都市・小売クラスタとしては面白い内容でした。歴史の長い大型商業施設の閉店時には、大抵の場合その店の歴史を振り返る資料展が店内のどこかで開催される場合が多いので、ぜひとも立ち寄ってみてください。
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