運慶仏をつくる【第17話】 持国天二像の開眼
二体一対で開眼供養を盛大に
二体の持国天像がようやく開眼した。
長い、長い道のりだった。
noteで持国天像の制作記を最初に公開したのが2023年5月で、いったん完成させたつもりでいた……。
ただ、その年の秋に東京国立博物館で特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』で本物に再会し、制作意欲が再び火焔光背のように燃え上がった。「古色彩色」で仕上げたキットに手を加えるとともに、新たに「復元彩色」の像もつくりはじめたという経緯は、本連載で書いてきたとおり。

■持国天立像 興福寺中金堂風彩色
一体目のキットで、もともと「古色彩色」バージョンと呼んでいたが、途中から「興福寺中金堂風彩色」と呼んでいる。
完成を間近にして、気になったことがふたつあった。
ひとつは材。
モデルと思われる興福寺中金堂の持国天は木造仏(カツラの寄木造り)なのだが、ブラウン系で塗って、ところどころに金泥が残っているように仕上げると、なんだか金銅仏のように見えてしまう。
もうちょっと木造らしくしたいと思った。
もうひとつは、お顔の造形だ。
キットのモールドは素晴らしいの一言なのだが、お顔の造形が興福寺中金堂の持国天とはやや異なっている。キットは、どちらかというと猛々しく、憤怒の形相なのだが、興福寺中金堂のお像はもうすこし物静かというか、苦虫をつぶしたようなというか、悲しみをうちに秘めているという印象がある。
そのあたりをできるかぎり再現したいと考え、ポリパテで形をつくりなおしたうえで何度も塗り直した。
完成させた作品がこちら。




■持国天立像 海住山寺風彩色
二体目のキットで、当初は「復元彩色」バージョンと呼んでいたが、実際に造立当初のように塗ってみると原色や補色の組み合わせがあまりにも強烈で、ちょっと違和感があった。
そこで、ほどほど落ちついた状態を目指すことにして、彩色がよく残っている海住山寺の持国天立像を参考に塗りなおすことにした。
ただ、この二像、全体の造形や甲冑の形状や衣装の文様が異なっていて、そのまま参考にすることはできない。また、白っぽく剥落した個所があちこちにあり、想像で補う必要がある。
それを逆手にとり、文様のはっきりしない個所は洛中洛外図の金雲のように剥落を配置することでごまかした。
その結果がこちら。



ということで、持国天二像が開眼した。
般若心経のテープ(20年以上前に臨済宗妙心寺派のお寺さんから頂いた)を流し、サッポロクラシック1缶で盛大な開眼供養もすませた。
今度こそ、わが家の東方の守りは完璧だ。
次回は、完成した持国天を、せっかくだから奈良・飛鳥園風に撮影してみたい。そのための機材(といっても、たいしたものじゃないんだけど)も発注済みだ。
【後日談】
本記事を読んだ家族から「開眼供養の案内がこなかった。とても残念だ」というクレームが入ったので、前回は習礼ということにして、あらためて盛大に執り行った。

【第18話】飛鳥園風の写真を撮りたい につづく
【第16話】文様をそれなりに描きこむ にもどる
【第1話】まずは「持国天古色彩色」の修復を にもどる
