運慶仏をつくる【第3話】 持国天と1年半ぶりに再開
【本物はやはりオーラが違う】
東京国立博物館で開催中の特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』に、ようやく行くことができた。

今回の特別展は、名に違わぬ「特別展」だ。
弥勒如来坐像を中心に無著と世親の兄弟が脇を固め、その周りを四天王が警戒するという輪形陣で、しかもすべてが慶派だ。
事前情報によると、展示室には静謐な空間が広がっているということなので、拝観者を静かに迎え入れてくれる東大寺戒壇堂のような佇まいを期待してしまったのだが、案の定の大盛況で、大仏殿なみの賑わいであった。
まぁ、あたりまえか。しかたがない。
とにもかくにも、持国天と対峙する。
北円堂特別公開の際に中金堂で拝観して以来だから、1年半ぶりの再会である。普段は、中金堂の須弥壇の上に安置されているから、これほど間近で拝観することはできない。
じつは2017年にも、ここ東博で開催された興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」に出展されていて、至近距離での拝観が可能だったのだが、そのころは海洋堂のキットは未発売。あくまでも古美術ファンとして鑑賞したのであり、モデラーとして細部をチェックするなんていう不粋なまねはしなかった。
今回は違う。
という意気込みをよそに、再会してまず感じたのは本物の発するオーラのすごさだ。
「あなたがモデルの模型をつくってるんですよ」なんて、とても言い出せる雰囲気ではない。そんなこと言ったら怒り出しそうだし(まぁ、すでに怒っているんだけど)、ただただ頭を下げて「まいりました」の一言だ。
とはいえ、心が落ち着つくのをしばし待てば、モデラー視点であらためて気づいたことが二、三ある。
岩座の出来はキットのほうがいい
気になったのは、流木を組み合わせた岩座の出来だ。
正直に言えば、キットのほうが上だと思う。
キットの台座部分を2回もつくったので、流木の一つひとつの形や位置をだいたい覚えているのだが、実物はキットと比べると隙間だらけで、なんともしょぼい。
さすがにこれは慶派工房の作じゃないだろう。例えば、無著・世親の洲浜座の造形と比べればその差は明らかだ。

この岩座。調べてみると、やはり後補という説が有力なのだそうだ。
仮に慶派の小仏師たちのオリジナルだとしても、当初のものではないはずだ。興福寺の伽藍が消失した際に、像といっしょに岩座を持ち出したものの、個々の流木がばらばらになって一部を紛失し、残りをなんとか組み合わて体裁を保ったということも考えられる。
全体をより白っぽくしたほうがいいかな
次に気づいたのが、彩色が落ち胡粉下地と思われる白色が思ったより目立つこと。
2017年の「運慶展」の図録には、持国天の全身像とアップが載っているのだが、その印象よりはるかに白色がまさっている。
失礼ながら、裳(裙)の内側を下から覗きこむというセクハラまがいの観察をしてみると、ほとんど白色の状態である。
現状のキットは、マホガニーやレッドブラウン、タン、セールカラーなどで古色彩色に塗り、ごく一部を持国天のテーマカラーである緑色を添えて仕上げているのだが、もっと全体的に白っぽく塗りなおしたほうがよさそうだ。
寄木造りであることは一目でわかる
この像が寄木造りだということは、古美術ファンや仏像愛好家にとっては周知の事実だろう。
ただ、一般のモデラーにとってはそうでもないようで、ネットに掲載されている作例の多くが金銅仏として塗られている。まぁ、東大寺の大仏や広隆寺の弥勒菩薩などの有名どころは金銅仏だし、木造仏であっても、金泥や漆が経年変化して金属製に見えるケースが少なくないからしかたがない。
キットの組立説明書には「経年木彫カラーの塗装手順」と明示されているものの、作例の塗装が金銅仏然としていることもあって、勘違いしてしまうのもムリはないだろう。

しかし実物を間近で見れば、風化した木肌が見え隠れしていることがわかる。
キットを再塗装する際にも、そのあたりをうまく表現したいものだ。
次回は気合を入れ直して、キットの修復を進めていく。
